カガリに逃げられ、キラとやっと「再会」することができた次の日、
俺はまたしても弁当持参でこの場所へやって来た。
今日の弁当の量は通常。多分カガリは来ないだろうと思ってはいたが、
それでも足を運ばずにはいられなかった。
そして案の定──カガリはそこにいなかった。
二人だけの戦争
1時間目の授業が終わった後、カガリはキラのクラスへと飛び込んだ。
「キラっ行くぞ!まずは3年生の教室だ!」
キラは目をまん丸にして呆然とカガリを見返してきた。
「え…確かカガリ、昨日1年の教室からって…」
「もうっ!どっちでもいいから!行くぞ!」
カガリはキラの手を取ってずんずん引っ張って教室を出て行く。
そんな2人をキラのクラスメイト達は先程キラが見せたのと同じ表情で見送った。
カガリはずるずるとキラを引っ張ってまずは3年生の教室を巡り、生徒会長になる!
と宣言してまわった。
それを聞く3年生は一様に冷めた表情でカガリの言葉を聞いているのかいないのか…
その中には例の3人の姿もあったが、ただ不穏な目つきでこちらを見ているだけで
黙っていた。
次に2年生の教室を巡った。
その時は流石にみんな応援ムード…というより面白がって囃し立てた。
特にカガリとキラのクラスでは2人の周りに人垣ができ、
こうなった経緯や、生徒会の他のメンバー等について質問攻めにあった。
そして1年生の教室──ここが一番凄かった。
カガリもキラも、顔立ちはそこそこ整っているせいか、どの教室に行ってもアイドル扱いだった。
積極的な子がカガリとキラの周りを取り囲み、
そこまでの勇気がない、でも2人に興味津々な新入生たちは、遠巻きに2人の姿を見つめていた。
しかしそれは殆ど──女生徒だった。
「どうしてキラ先輩が生徒会長じゃないんですか〜?」
「ええ〜、カガリ先輩で構わないじゃない!」
「私たち、ファンクラブ作ってもいいですかぁ〜?」
「応援してます!頑張って下さいね!」
結局2人はナチュナル全クラスを回りきるのに休み時間全てを使い切ってしまった。
その最後のクラス、1−1に行った時の事だった。
このクラスも例にもれずすっかり女生徒に囲まれたカガリ達だったが、
ようやく解放され、さて各々の教室に戻ろうとしたその時だった。
「あの…キラ…先輩?」
おずおずとかけられた声に2人が振り向くと、そこには綺麗な顔立ちの少女が立っていた。
その長い赤毛と勝気な瞳が印象的な少女が魅惑的な唇を開く。
「サイのお友達でしょ?」
「サイを知ってるの?」
少し頬を染め、驚いた表情でキラが逆に問いかける。
カガリはそれをただじっと見ていた。
「ええ。よく、ね。それでキラ先輩にお願いがあるの」
「なに?」
「さっき、うちのクラスの子達に『生徒会のメンバーは自分の友達だ』って言ってましたよね?
私も…入りたい、生徒会!」
「なっ…!」
ずっと黙って会話を聞いていたカガリがまず驚きの声を上げ…
「いいよ」
直後耳に届いたキラの返事に一瞬言葉を失くす。
「キラっ!」
カガリはキラの袖をグイッと引っ張って階段の方へと戻って行った。
キラもそれに逆らわず、カガリに引かれて行く。
廊下を曲がって階段を上り始めたとき、
「せんぱ〜い!約束ですよ〜!」
甘ったるい声が廊下に、カガリ達のいる階段に響いた。
「お前っ!どういうつもりだよ!」
カガリは階段の踊り場でキラをドンッと壁に押し付けて問い質した。
「いや…つい…」
「つい!でいちいち頷いてたら学校全部が生徒会だ!今から行って断って来い!」
「いや…でも…他の子はちゃんと断るし…あの子にはOKしちゃったから…ね?」
「ね?じゃない!」
しばし2人は見つめあう。1人は穏やかに、もう1人は睨みつけて──
「だってカガリ…役員は僕が決めていいって言ったじゃない」
その言葉にカガリの細められていた瞳は大きく開かれた。
「いっ、言ったけど、でも──!」
「じゃ、そういう事で。あ、放課後フラガ先生が職員室まで来いってさ」
キラはカガリの脇をすり抜けて階段を2段飛ばして駆け上がっていった。
「キラ!ったくもう…!」
カガリは悔しそうにキラが消えていった階段を見上げた。
「フラガせんせ〜い、何か用ですか〜」
職員室のドアを開けるなりそう大声で叫んだカガリは
他の先生や用事で職員室に来ていた生徒の注目を浴びながら、フラガの机へ突進して行った。
「お前…いつもムダに元気いいな…」
呆れたように呟くフラガは何故か元気がないように見えた。
渋々席を立ち、足取りも重そうに職員室を出て行こうとする。
「おい、人を呼び出しといて、何処行くんだよ〜!」
カガリも慌ててフラガの後に着いて行く。
「昨日言ったでしょ?『お膳立てしてやる』って」
そう聞いた途端、カガリの顔がパァッと輝いた。
「あ、言ってたな!で、どんなお膳立てだ?」
カガリとは対称的にフラガの表情は暗い。
「あ〜あ、何で俺、あんな事言っちゃったかなぁ…」
頭をボリボリ掻きながら、困り果てたように呟いている。
全然質問に答えてないじゃないか…
カガリは首を傾げながらもフラガについて行くと、一旦校舎の外に出てしまった。
それでもなおフラガは気にせずズンズン進んでいく。
このまま行くと…まさか…これは…!
カガリの予想は的中した。
特進クラスの校舎が見えてくる。
その入り口に1人の男が立っていた。
だんだん近付いてくるその姿を見て──カガリは仰天した。
「本来ならこの校舎にはナチュラルの生徒、いや、教諭でも入れない筈なのだがね。
だが──君達はもう既にこの校舎に立ち入ったらしいね」
カガリはフラガの背中に隠れた状態でその言葉を聞いていた。
な、ななななななな何なんだ?この先生?は!
長身でスラッとしたなかなかスタイルの良い、先生だとは、思う。思うがしかし。
まあ金髪で長髪なのは許そう。私も金髪だし。
だか…何なんだ!?あの目許のマスクは!?
あれには一体、何の意味があるんだ!?
カガリは思わずフラガの背中のシャツをクイクイ引っ張っていた。
それに気付きこそっと顔だけカガリの方に向けたフラガは小声で囁く。
「お前の言いたい事はわかってる。でも今は答えられん。後でな」
「聞いているのかね?君達」
冷ややかな声に思わずカガリはビクッとしてフラガの背中で更に身体を縮ませた。
「聞いてるってば。だから今日はこうやってお願いに来たんじゃないか。
君が一緒なら校舎の中に入れるんだろ?」
「まぁ…気は進まんがね。仕方あるまい。さ、来たまえ」
それだけ言うとサッと身を翻し、スタスタと校舎の中に入って行く。
フラガとカガリは顔を見合わせ、フラガは苦笑いを浮かべて、カガリは恐る恐る
校舎のへと足を踏み入れた。
放課後の廊下は人影もまばらだが、その全ての人間が不躾な視線でジロジロ見てくる。
カガリはそれにいちいちガンを飛ばしながらも、フラガにこそこそ話しかけた。
「なぁ…あの先生…いつもあんな口調か?」
「まあね…ていうか、お前はそんな事が訊きたいわけじゃないんだろ?」
「そりゃ…一番気になるのはあの──」
「何をコソコソしているのだね?君達は」
急にクルッと振り向き、睨んでいるのかいないのかわからない視線を向けてくる。
というか、表情が…わからない。
「いや、別に。あ、もう着いたみたいだな」
フラガの指摘通り、その角を曲がればもう生徒会室だった。
カガリとフラガより1歩前に出、ドアの前に立ったクルーゼは優雅にドアをノックする。
中から返事があった。
──この声は──
クルーゼがやはり優雅にドアを開けると、
昨日と同じく椅子に腰掛けたアスランが立ち上がるところだった。
クルーゼの後ろから部屋に入ってくる2人の姿、特にカガリを見て驚いた様子を見せるが、
カガリは思わず視線を逸らし、頬を心持ち膨らませた。
「アスラン、君はもう昨日会ったのだったね。一応紹介しておこう。
こちらがナチュラル担当の教諭、フラガ君と…そちらの生徒は…誰だったかね?」
クルーゼはそう言いながらカガリの顔を覗き込もうとした。
カガリは再びフラガの背中に身を潜めた。
「カガリ・ユラ・アスハ。こちら側の生徒会長だ」
フラガが笑いを堪えながらそう紹介してくれる。
「ふぅん…カガリ・ユラ・アスハ、か…なるほどね」
クルーゼはそう呟き、意味深な表情で口元を歪めた。
カガリはフラガの背中からちょろっと顔だけ出し、クルーゼを見遣った。
あれ、笑ってるのか?それとも…ああっ、もう!そのマスクのせいでわからんっ!
「じゃ、俺達はこれで」
──は?
カガリはフラガを見上げて首をかしげた。
「だから。君達2人で話し合いなさい。これが俺の“お膳立て”」
「ちょっ、ちょっと待てよ!」
「ま、頑張って。俺だってこの男に話つけるの、嫌だった、いや、大変だったんだから〜
人の苦労を無駄にしないでね、カガリちゃん」
そう言いながらフラガはこっそり右手親指で仮面の教師を指差した。
それに気付いているのかいないのか、クルーゼはクルーゼでアスランに声をかける。
「わかっているね?アスラン。節度ある言動をとるように」
「はい…」
「ではフラガ君、我々はそろそろ行こうか」
クルーゼが再びこちらを振り返り、カガリはまた思わずフラガの背中に隠れた。
フラガはそんなカガリを背中から追いやり、前へ押し出した。
「じゃ、ここから勝手に帰るなよ?また時間が来たら迎えに来るから
それまでおとなしくここにいる事。いいね?」
「あ、あの、ちょっと…!」
カガリの混乱をよそに、先生達2人はとっとと生徒会室から出て行ってしまった。
そして生徒会長2人がぽつんと残された──
「──ここに座って」
部屋から出て行った先生達の姿を視線で追ってドアを見たままのカガリに俺は声をかけた。
カガリはゆっくりこちらに顔を向けたが──その顔はひどく険悪なものだった。
俺は小さく息を吐いて少し呆れながらももう一度声をかけた。
「そこに黙って立ったままでいても仕方がないだろ?早く──」
俺が言い終わらないうちにカガリは乱暴な足取りで俺の向かい側の椅子にドスンと腰掛け、
ムッスリした表情のまま腕を組んだ。
「まだ怒っているのか?」
「当たり前だろ!」
漸く口を開いたかと思えばドスのきいた可愛げのない台詞──
俺も流石に少しイライラしてきた。ここまで聞き分けのないやつだとは思わなかった。
「もういいじゃないか。こうやって生徒会長同士、今から話し合うわけだし、
これで俺達が知り合いじゃないなんて思う人はいなくなる──」
「そういう問題じゃないっ!」
カガリはバンッと両手で机を力いっぱい叩き、勢いよく立ち上がった。
「いきなり大きな音を立てるな!吃驚するじゃないか」
俺は座ったままでカガリを睨みあげた。
「お前がバカな事言うからじゃないか!」
「俺の言った事のどこがバカな事なんだ!お前の方がよっぽど…」
「よっぽど、なんだよ?」
“バカじゃないか”と言ってやろうとしたが寸でのところで口を噤んだ。
なのにカガリは挑戦的な視線を俺に向ける。
本当に口に出そうかとも思ったが、結局大きく息だけ吐き出し気分を落ち着けてからこう言った。
「…とにかく座ってくれ。話し辛い」
カガリも少し落ち着いたようで、しかしやや乱暴に椅子に座ると
再び腕と足を組み、ふんぞり返ってこう言い放った。
「じゃあなんで知らないフリしようとしたか、私に分かるように説明してみろ」
──多分説明してもわかってもらえないだろう。今まで言ってわかってないのだから。
無駄になるとわかっている事をいちいち話してなどいられない。
こうやって設けられた場も、いつ迎えが来て打ち切られるかわからないのだから。
だったら──言わせてもらう。俺の方にだって不満はあるんだ。
「じゃあ聞くが──カガリはあの日、何故昼休みにあそこへ来なかったんだ?」
俺の言葉にカガリは一瞬きょとんとした表情をした後、再び不貞腐れたように呟いた。
「今はその話じゃないだろ!私の事、知らないフリした──」
「ふぅん…カガリはそうやって自分に都合の悪い事は誤魔化すのか」
「なっ…!」
カガリは組んでいた腕と足を解いて身を乗り出してきた。
「確か前日、約束したよな?俺の母の事で話し合おうと言っておいてカガリは来なかった。
それは何故?」
理由は既にキラから聞いて知ってはいたが、あえてカガリに尋ねてみる。
途端にカガリはこちらに乗り出していた体を引っ込め、
目線を忙しなくキョロキョロ動かして、明らかに動揺した様子を見せた。
「し、仕方ないだろ…!あの日は…教科書を忘れてキラに借りにいって…」
「借りてすぐ来られるだろ?昼休みは長いんだし」
「か、借りたのは3時間目の後で…昼休みは返しに行ったんだ。そしたらフラガ先生がいて…」
「何か悪さでもして先生に捕まってたのか?」
俺が何も知らないフリをして白々しく尋ねている事にカガリは弁明する事に気を取られているからか
全く気付いていない。
「そんなんじゃない!生徒会長の話をしていたから…そこでいろいろ話してて…」
「ふぅん…それが俺との約束をすっぽかす正当な理由になると思ってるんだな、カガリは」
「い、いや…」
「その間俺はずっと待ちぼうけ。日にちを間違えたかと思って昨日も待ってみたけれど…
まあそれは俺が勝手に待ってただけだ。バカなのは俺の方だな」
「そ、そんな事ない…!で、でも、昨日も…?」
ずっとつり上がっていたカガリの眉がどんどん下がっていく。それでも俺は言葉を止めなかった。
「そしてどうやらカガリは今の今まで俺と約束した事なんてこれっぽっちも覚えていなかったんだな」
「そ、それは…」
「俺がこうして言わなければ一生思い出すこともなかったみたいだし…」
カガリはすっかりしょげ返って、両手を膝の上に置いて俯いて黙り込んでいる。
ちょっと言い過ぎたかな、と俺は少し身を乗り出してカガリの顔を覗き込んだ。
「もういいよ、怒ってないよ、俺は」
『俺は』を少し強調してそっと囁くと、カガリはおそるおそる顔を上げて俺を上目遣いで見た。
「ほ、本当に…?」
少し微笑んで小さく頷くと、カガリは漸く安心したように強張っていた顔の筋肉をゆるめた。
「ただし。今から俺の質問に答えてくれたら──」
カガリは不思議そうに少し首を傾けた。
「教科書をキラから借りたって言ってたよな?」
「…?ああ…そうだけど、それが?」
カガリは首を傾けたまま俺をじっと見つめてきた。
「この学校は入学してから2年間はクラス替えはなしだ。基本的には」
“基本的には”と言ったのは、ごく稀にナチュラルからコーディネイターへ変わる者がいるからだ。
カガリはさらに話を続けるように俺をじっと見つめながら頷いた。
「現在カガリは6組、キラは1組だが…そんな校舎の端と端のクラスで、
しかも昔からの知り合いでもない2人がどうやって知り合ったんだ?」
昨日キラに同じ質問をしてはぐらかされた。
やっぱり気になる。ならカガリに訊けばいい。
そう思って尋ねてみたのだが──
「なぁ、逆に訊くけどさ…アスランはキラと友達なのか?」
カガリは俺の質問が他愛もないモノだと知って少しリラックスしたのか、
椅子の縁に両手を添えて足をぶらぶらさせている。
「ていうか…お前、気付いてなかったのか?昨日」
あの状況で友達じゃない奴の車にあっさり乗り込むか?普通に考えたら分かりそうだと思うのだが。
「だって、昨日のお前は“知らない奴”だったから…」
──まだ言うか、こいつは…
俺はがっくりと肩を落として見せた後、再び顔を上げ質問に答えた。
「ああ。幼なじみだ。小学校までずっと一緒で仲も良かった。だが中学は別の学校で…」
「へぇ〜、そうなんだ…ん?あれ?」
穏やかな表情を見せていたカガリの顔が急にしかめっ面になる。
「ちょっと待て。お前達、そんな前から知り合いなら…昨日この部屋ではもしかして…
お互い知らないフリしてたのか!?」
…何で話をそこに戻すんだ…
俺はまた少しイラついて投げやりに返事した。
「ああそうだよ。カガリと違ってキラは聞き訳がいいから」
「なっ!どういう事だよ、それは!」
そう叫んで立ち上がろうとするカガリを俺は呆れながらも手で制した。
「とにかく!同じ高校だって1年知らずにここで過ごして…互いの存在に気付いたのは
新学期になってからの話だ。その時はまさかキラがナチュラルだとは思いもよらなくて…
丁度欠員が出た俺のクラスに入るテストを受けないか?と誘っていたんだが…」
俺の話をこんなに詳しく聞かせてどうする、と話を中断してカガリを見ると、
何故か口を開いたまま俺を凝視していた。
が、俺と目が合うとサッと逸らす。
……?
俺には訳がわからなかったが、とりあえず最初の質問をもう一度繰り返した。
「俺達の話はそんな感じだけど…カガリは?キラとはどうやって…」
「い、いつの間にか!いつの間にかだ!」
急に大声でカガリが叫んだが…いつの間にか?何だ、それは…
俺は小さく息を吐いてカガリをじっと見つめた。
「それって理由じゃないじゃないか…何かきっかけがあったんだろ?知り合いになった理由が」
「だ、だから、いつの間にか近くにいて、仲良くなってた!そんな感じだよ!」
──あやしい。
何故2人とも出会いの経緯を俺に話そうとしないのか…
大体気に食わない。まるでカガリとキラ、2人だけの秘密のようで──
今俺は間違いなく不機嫌な面になってる。でも取り繕うつもりは毛頭ない。
今この顔をニコニコ顔に変える気も全くない。
カガリの顔が恐々と俺を覗きこんでいるが、そんな事もどうでもいい。交渉は決裂だ──
「わかった。カガリは俺の質問に答える気がなさそうだ。
つまり──生徒会は分裂したままでいいって事だ」
「そ、それは困る!」
「俺は別に構わないよ。そっちはそっちで好きにやればいい。キラと2人で。
俺は俺でコーディネイターだけをまとめてやっていくから」
そう言って俺はツンとそっぽを向いた。
しばらく沈黙が続いたがやがて──
「アスランは──キラをコーディネイターにしたいのか…?」
小さな、小さな、呟きが何とか俺の耳に届いた。
そんな声を聞いてしまっては──俺は先程までの仏頂面もどこへやら、少し微笑んでみせた。
「アイツがこの学園にいるって知った当初は──そうしようと思っていた。でも…もういいんだ」
カガリは俯かせていた顔をゆっくりあげ、俺をじっと見つめてきた。
「何でもういいんだ…?」
そんな事、もう言わなくてもわかってると思ってたけどな…
俺はまっすぐカガリを見て、言った。
「だって、カガリが変えていくんだろ?この学園を。
ナチュラルとコーディネイターの垣根をなくすんだろ?
だったらキラをこっちに引き入れる必要なんてないじゃないか」
それでもカガリはまだ悲しげに顔を歪めたまま、アスランから視線をずらしている。
「だって、さっきお前…そっちはそっちで好きにやれ、って…」
「カガリ」
俺はこっちを見てほしくて名を呼んだ。それでもまだいつものような瞳を俺に向けてくれない。
「カガリ」
もう一度呼んでみた。するとようやくカガリは怯えたようにゆるゆると俺に視線を向けた。
「だから2人で一緒に戦っていく為に、今ここにいるんじゃないのか?カガリは」
俺の言葉にカガリの瞳に光が徐々に灯っていく。ゆっくり大きく見開かれる瞳。
俺はカガリの言葉をじっと待った。一緒にこれから戦っていく、その口火を切る言葉を。だが──
「あの、な。私とキラが、どうやって出会ったか、っていうと、な…」
カガリらしくない言い難そうなどもった口調とその内容に、俺は少しびっくりした。
ああ、そういえばそんな質問したんだった…と今まで見た事もないカガリの姿を垣間見たせいで
忘れていた事を思い出す。
「もういいんだよ、言わなくて」
俺は出来るだけ優しく、そう囁いた。
「え…?だって…」
カガリは大きく開いていた瞳をさらに大きくして、口をぽかんと開けたまま黙り込んでしまった。
「カガリが話してくれても話してくれなくても、俺はカガリと戦っていくつもりだったから」
目と口をまんまるにしたまま、カガリはゆっくりと、一度だけ頷いた。
その後は少し放心状態のカガリと俺で、これからの予定を立てていった。
まずはナチュラルとコーディネイターで別れている学内行事を統一する事、
そこからまず始めよう、という事になった。
それを話し合うのはとりあえず、昼休みに例の場所で、という事を決め一通りの話を終えた。
「まずは修学旅行だな…これはもう宿泊先なんかは決まってるだろうから難しいかもしれないが…」
「うん…そうだな…」
さっきからカガリはずっとこんな感じだ。
俺の提案にただうん、うん、と頷いている。聞いているとは思うのだが…
本当に聞いているのかどうか俺が尋ねようと口を開きかけたその時、ノックの音が部屋に響いた。
素早く時計を見ると、あれからもう1時間が経過していた。
どうやら迎えが来たようだ。
俺は小さく息を吐き、そして返事をしようとしたその時、
それよりも先にカガリがくるりとドアに振り返って叫んだ。
「後5分待ってくれ!」
ドアががちゃりと小さな音をたてたが、カガリの言葉は了承されたのだろう。
ドアから先生が入ってくることはなかった。
「どうしたんだ?カガリ。もう殆ど話はついたし、後は来週昼休みに──」
「アスラン」
ドアを振り返っていたカガリが、素早く首を反転させて俺をじっと見てきた。
「あの…キラ、との事なんだけど…」
ああ、と俺はもうすっかり頭から抜け出ていた人物の名前を思い出す。
「今日はもう時間ないけど…絶対、絶対!いつか話すから…それまで待っててくれ…」
そう言って真っ直ぐに見つめてくるカガリの瞳を見ながら俺はひっそり思う。
その瞳で見つめられて…頼み事されて断れる奴なんていないんじゃないか?
少なくとも俺はそうだ。
「ああ。待ってる。っと、そうだ、カガリ」
俺は名案を思いついた。
「昨日キラと少し話して…明日か明後日の休日に俺の家でゆっくり話そう、って事になったんだ。
カガリもどう?これからの活動についても話できると思うし…」
キラもナチュラル側の副生徒会長なんだし、俺達に協力してくれるだろう。
それにカガリ1人を俺の家に呼ぶのとは違い、
キラがいるのであればカガリも遊びに来やすいだろうと思ったのだ。
俺の誘いに微笑んだカガリは頷きかけ、しかし首を横に振った。
「いや、いいよ。だって2人で会うの、久しぶりなんだろ。今回は遠慮しとくよ」
「そうか…じゃ、また今度な」
俺は少し残念に思いながら、話はもう終わったと立ち上がり、ドアへと足を踏み出した。
「あ…」
何故かカガリは俺を引き止めるように腰を浮かして手を差し出してきた。
「何?カガリ」
俺は少しだけ首を傾けてカガリの言葉を待った。
するとカガリはぱたぱたと俺の側まで近付いてきて、
俺の制服の袖をギュッと握って縋るように見上げてきた。
何、カガリ──
先程口に出した言葉を今度は口に出せずに心の中で呟く。
俺の困惑をよそにカガリはじっと真剣な表情で俺を見上げていたかと思うと、
今度は床に視線を落として小さな声で呟いた。
「こないだここで…お前が“私の事知らない”って言った時──私は、本当に悲しかったんだ…
だから余計に腹が立って…キツく当たった…だから…ゴメン…」
それだけ呟くとカガリは俺からパッ離れ、ぱたぱたとドアまで走るとそれを勢いよく開ける。
「おっ、話はついた…お、おい!」
外でおとなしく待っていたらしいフラガ先生をひっつかみ、
カガリは先生を引きずるようにして廊下を走って去って行ってしまった。
俺は開け放たれたドアを呆然と見やりながら、知らず知らずのうちに少し皺になった制服の袖の部分に
左手で触れていた。
あとがき
戦ってなくってスミマセン!な、何故か甘々…!?あ、あれ…!?
「二人だけの戦争」→二人っきりで敵味方に別れて戦う。ではなくて…
二人っきりで共に戦っていく、てな感じにしたかったんですが…そうなってるでしょうか…?
謎です。いや、なってないです…
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