強がり






生徒会室からカガリを引っ張り出した後、僕達はフラガ先生に連れられてナチュラルの校舎に戻った。



「全くお前は…鉄砲玉か?」

先生は心底疲れた様子で、カガリの額を小突いた。



それもそうだろう。

コーディネイターの校舎から誰にも見つからないように僕達をここまで連れ帰ってくれたのだから…

なのにカガリはその理由を全く理解していなかった。



それよりも、カガリには気になっている事があるようだ。

ここに戻ってくるまで、いや、戻ってきてからも何だかイライラしているようだ。

それが何故なのか、僕にはわからないけれど…

さっき僕達が行く前に、生徒会室で何かあったのだろうか…



「で、ここが。君らの生徒会室になる、かもしれない部屋だ」



その部屋は普通の教室の広さはなく、各教科の準備室と同じ広さの部屋だった。

しかもまだ何やら荷物がいっぱい置いてある。

さっき行ったコーディネイターの生徒会室は普通の教室と同じ広さだったが…

まあそう文句も言ってられない、と僕は思っていたのだが、 新しく生徒会長になる彼女はそう思わなかったようだ。



「狭い部屋だな…こんなに荷物を置いてるから余計狭い。これちゃんと退けてくれるんだろうな?」

カガリはやはり普段よりも幾分不機嫌な様子でフラガ先生に突っかかっている。

しかし先生も慣れたものだ。そんなカガリをのらりくらりとかわしている。

「だからまだここが生徒会室になるかどうかなんてわかんないんだって。 君らが生徒会役員になれるかもまだわからないし。 とにかく生徒会室についてはここが第一候補かな?この部屋は使ってないも同然だから、 俺が勝手にここにすればいいかな?って思ってるだけだし。まあ多分ココになると思うよ」

そう言いながら先生は足元の荷物をコツンと軽く蹴った。

「もしここに決まったら、それよりまず生徒会が学園に認められたら、 ちゃんとこの荷物は退けるよ」

その言葉に小さく頷いたカガリは、さらにフラガ先生に詰め寄った。

「それと…覚えてるだろうな?さっき言った事」

カガリの言葉にフラガ先生は小首を傾げる。

「何とぼけてるんだよ!先生が『お膳立てしてやる』って言うから引いたんだぞ!私は」

フラガはそれを聞いて大げさにため息をついた。

「ああ…あれね。あんまり気は乗らないけど…そう約束しちゃったからね。ま、考えときましょ」

カガリは表情はまだ不機嫌ながらも腕組みをして大きく頷いた。



「で、明日から君達のやるべき事だけど」

先生は僕とカガリを交互に見ながら話し始めた。

「明日、休み時間毎にナチュラルの全教室に顔出して挨拶しときなさい」

「ええっ…!」

僕は思わず顔を顰めて不満の声を上げたのに対し、カガリは嬉しそうにうんうん頷いている。

フラガ先生はそんな僕の顔は見ないフリをして、話を続けた。

「あと、他の役員だけど…君達が勝手に決めていいから。仲いい子選んどきなさい」

「うん、わかった!キラ、お前の友達でいいよな?」



…本当にこんな感じで生徒会なんて作っていいんだろうか…?



漸くフラガ先生から解放され、僕はとぼとぼと学園敷地内の下り坂を歩いていた。

隣ではカガリが自転車を押しながら、こちらは意気揚々と歩いている。



「キラ、明日から楽しみだな!私達、生徒会長と副会長なんだぞ!」

僕の気も知らずにカガリは心底嬉しそうに僕に話しかけてくる。

「明日休み時間ごとにお前のクラスに誘いに行くから!まずは1年生の教室からまわるか!」

そうしてカガリは休み時間に何クラスまわれるか、指折り計算を始める。



もうすっかり日も暮れ、僕らの影は長く細く校舎に当たって上に伸びている。

明らかに僕の影は項垂れているが、カガリの自転車付きの影は弾んでいるようだった。



どうしてカガリはそんなに暢気に物事を考えられるんだろう…僕は今カガリが羨ましい…



もうすぐ校門、という所に差し掛かったその時、そこに黒塗りの1台の車が止まっていた。

どう見ても高級車、誰でも知っているベンツだった。なのに──

「うわっ!すっごい厳つそうな車だな!」

そう大きな声で叫んだ後、小声でボソッと「ヤクザかな?」などと言う反応をする人間が この学園にいるとは思わなかったよ…カガリ。

そんなカガリは放っておいて、僕は素早く考えていた。

コーディネイターの迎えだろうか。

だが時間はもうかなり遅い。こんなに遅くまで残っているコーディネイターって…



ふいに車の窓がスーッと静かに開いた。

そこから顔を出したのは──

先程生徒会室で顔を合わせた、アスランだった。



僕はとりあえず周りを見回し、誰もいない事を確認してからアスランの所まで小走りに近付いた。

「もしかして、僕を待ってたの?」

小声で話しかけると、アスランは小さく頷きさらに窓から顔を出した。

そして僕の後ろ──自転車を押してゆっくりこちらに向かってくるカガリを見遣った。

なのにカガリはこちらを見ようともせず、車の側を素通りしようとする。



「カガリ」

アスランの声にカガリは一瞬立ち止まりかけるが、それでも足の動きを止めない。

アスランは慌てて車から降り、カガリの腕を掴んだ。

それでカガリの足も漸く止まったが、そっぽを向いて黙ったままだ。



アスランはカガリと面識があるのかな──?

キラは少し考え、そういえば昨日アスランにカガリの事について尋ねられた事を思い出す。



アスランはカガリの腕を掴んだまま、僕らに話しかけた。

「2人とじっくり話したいと思って待ってたんだ。送っていくから車に乗ってくれないか?」

「ああ…そうだね。構わないよ」

僕としても一度アスランとじっくり話さなくては、と思っていた所だったのでそれに異論はなかった。

だがカガリは黙ったままだ。

「カガリ?」

アスランは再度顔を覗きこんで呼ぶ。そんなアスランにカガリは思いっきり顔を背けた。

「知らないヤツの車に乗っちゃいけないって家の者に言われてるから!」

カガリはそう言ってアスランの腕を力いっぱい振りほどき、すたすた歩き出した。

「待てって!」

アスランは慌てて再びカガリの腕を掴む。

「あの時は知らないフリするしかないだろ?あそこで『知り合いだ』なんて言って困るのは カガリの方なんだぞ?」

「そんな事わからない!離せってば!」

カガリは掴まれた腕をブンブン振り回すが、今度はアスランも離さない。

「『私の為』とか言いながら本当はお前がイヤだったんだろ! 私と知り合いだって知られるのが!」

「それは絶対ない!俺だって本当はあんな嘘つきたくはないさ!でも──」

「ねぇ、アスラン」



このまま2人のやりとりをただ聞いていても仕方ないと思って、僕は話に割り込んだ。

「カガリは自転車だしさ…車で送っていっても明日の朝、困るんじゃない?」

アスランはイライラした表情で僕を見て言った。

「それなら俺が明日車で迎えに行けばいいだろ」

「アスラン…」

今度はカガリから弱々しい声が発せられた。

その声に驚いて僕らがカガリを見ると少し困ったように俯いていた。

その表情はよく見えないが、もう先程までの険しい表情ではないように思えた。

「そこまで迷惑はかけられないから…私は自転車だし、今日は帰る」

「でも、カガリ…」

「だから…離せっ!」

ここでカガリは思いっきり力をこめて少し緩んでいたアスランの手を振り解くと、 助走をつけて自転車をこぎ、走り出した。

「知らない人に攫われてたまるかってんだ!バーカ!」

カガリはアスランにあっかんべーを食らわせて校門をくぐり抜け帰ってしまった。

そんなカガリをただ呆然と見送るアスランを見て、僕は何だか意外な気持ちだった。



今までアスランが人に対してあんなに執着している所を見た事がなかった。

カガリはいつも通りだと思うけど… 一体この2人、どういう関係なんだろう…



僕はアスランの隣に乗り込んだ。

そうして僕らを乗せて車はゆっくりと走り出した。



早速先日の休み時間のやりとりについて謝ろうするが、アスランは上の空で外を眺めている。

…さっきのカガリの態度を気にしているんだろうか…?

「…アスラン?」

遠慮がちに話しかけると、アスランはゆっくり僕に視線を向けてきた。

「…キラはカガリとどうやって知り合ったんだ?確かクラスが違うだろう?」

まさかそんな事を尋ねられると思ってなかったキラは驚き、どう答えようかと必死で考えた。

アスランがもう僕をコーディネイターにしようと考えてないのなら── この問いに正直に答えてもいいとは思うのだが…

「じゃあアスランは?昨日僕にカガリの事尋ねてきたよね? どうやってコーディネイターのアスランがナチュラルのカガリと知り合ったの?」

僕の言葉を聞いたアスランの表情は、多分先程僕が見せた表情と同じものなのだろう。

──何故そんな事を訊く?──

そんな顔だった。

やがてアスランはシートに体を預けて、呟いた。

「たまたま。偶然だよ。キラは?」

──アスランがそういう答え方しか出来ないのなら、僕だってこう答えるしかない。

「僕も。たまたまかな。偶然だよ」

そう言って息を吐きながら僕もシートに凭れた。

アスランは納得がいかない様子で僕をじっと見ていたが、やがて諦めて僕から視線を外し前を見た。



「そういえば、キラ」

僕はアスランを見て首を傾けた。

「今日食堂には行かなかったのか?見かけなかったけど…」

ああ、と僕はクスっと笑った。

「僕達が昼食をとっていたらカガリが駆け込んできてね。『教科書忘れたから貸してくれ!』って 急かされて。みんなよりも前に教室に引っ張っていかれたんだ」

「ふうん…」

そのアスランの短い返答に何だか含みを感じて、僕はアスランを注視した。

だがその表情からは何も窺うことができず、僕は胸の中でこっそり苦笑いした。



「僕、アスランに謝らなくちゃって思ってたんだ…」

アスランは不思議そうな顔で俺を見てきた。

「僕はコーディネイターになるつもりはないけど…でも、アスランとはずっと友達でいたいと 思ってる」

「キラ…」

「だから…学園内では話したり出来なくても、昔みたいに…互いの家を行き来したりして… つまり…」

改めてこういう事を言うのはなんだか照れくさい。

でもこれは口に出してちゃんと言わなくては、と思った。

アスランはそんな僕を嬉しそうに見つめ頷くと、

「カガリもキラみたいにわかってくれればいいのに…」

と呟き少し俯いて苦笑したまま、再び僕をチラッと見て言った。

「キラも相当頑固だけど…ね」

さっき“コーディネイターになるつもりはない”と言った事に対してだろう。

でもアスランの口調は僕を説得しようというものではなかった。

それはきっと──

「僕がコーディネイターにならなくても、カガリが──カガリと君が何とかしてくれるんでしょ?」

アスランは再び前を見て大きく息を吐いた。

「そうだな──お前も協力してくれよ?キラ」



窓の外を見れはもうすっかり辺りは紫色に染まっていた。

そしてその景色は僕の家の近くのものだった。











あとがき
アスキラはとりあえず仲直り。この週末にはどちらかのおうちに遊びに行くのかしら?
次はカガリと決着をつけましょう、アスラン。



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