たいせつなひと






アスランは花を受け取ると、やっとその表情を緩ませた。

カガリも花を受け取ってもらえた事が嬉しいのか、満面の笑みを浮かべている。

そんなカガリを見ると、アスランも自然と微笑むことができたのだ。



何だか彼女の言動を聞いたり見たりしていると、 今までの葛藤が何だかとてもバカらしいものに思えてきた。

そう、彼女は『中立』なんだから別に構わないじゃないか──

『中立』

その言葉が頭に浮かぶと、何故だか可笑しくて吹き出してしまいそうだった。



ふとカガリの顔を見ると、右頬が微かに黒ずんでいるように見えた。

もう辺りはかなり暗くなっている。もしかしたらそのせいかもしれない。

そう思ったが、少し顔を近づけてよくよく見ると、やはりそれは気のせいではないようだ。



そんな俺の行動に怪訝そうな視線を向けてきたが、 俺は構わず花を持っていない方の手を差し出し、そっとカガリの頬に触れた。

「なっ…!お前…!」

俺の突拍子もない行動にカガリは慌てて一歩下がろうとするが、 それよりも先に俺はカガリの頬の黒ずみを親指で少し強めに擦ってやった。

「…つっ」

力を入れすぎてしまったのか頬を摘むような形になってしまい、カガリは顔を顰めた。

仕方なく俺はゆっくりカガリの柔らかな頬から手を離した。



「何するんだよ!」

どうもカガリは頬を少し染めているようだ。

驚かせるつもりはなかったんだけど…俺は釈明するように自分の左手親指を突き出した。

「頬が汚れてるみたいだったから」

カガリは自分の顔をそれに近づけて、俺の左手を両手で掴んだ。

その手はずっと外にいたからか、ひんやりしていた。そんな俺の手もあたたかい訳ではなかったが。

それにしても小さな手だな…などと全く関係のない事を考えていると

「ああ…」という呟きが聞こえてきた。

「さっき蓮華を摘んだ時かな。早くしなきゃって急いでて…それでだと思う」

そう言ってカガリは照れ隠しのように笑った。

…そんな顔もかわいい…



え?



おれ、いま、何思った…?



ほんの少し硬直した後掴まれていた手を慌てて引っ込めた。

「もう暗くなったし、帰るか!」

くるんとカガリに背を向けて、俺はここに来てから一番の大声を出した。

「そうだな、帰るか」

そう言ってカガリは俺の背をポンと叩き、スタスタと国道へ続く階段へ歩いていく。

その背中を不思議な気持ちでボーッと見ていた俺を、カガリは振り返り「はやく!」と右手を挙げた。



カガリは自転車のスタンドをあげると、俺に尋ねてきた。

「お前、どうやって帰るんだ?」

いつもは車で送り迎えだが、今日は来なくていいと言ってしまった。となると…

「電車、かな」

「じゃ、駅だな。送って行くよ」

えっ…

もう辺りはすっかり暗い。それにカガリは女の子で、しかも自転車だ。

「ちょっと待て。カガリは家、何処だ?」

「オーブ町」

俺とは全く逆方向だ。というか、結構ここから距離がある。

「それって…凄く遠くないか?」

「遠いよ。必死でこいでも1時間かかる」

「じゃあ、早く帰らないと…送って行く、って言いたい所だけど…」

「無理だろ。だから私が送って行くってば」

「駄目だ!駅はすぐそこだが、そんな事してたらますますお前の帰りが遅くなる」

それに女の子に送られるなんて…

「駅がすぐそこなら、別にいいじゃないか。送るよ」



…強情な奴だな、全く。

俺達の傍を車が行き交う中不毛な争いを続けているうちに、 辺りはますます暗くなってしまった。

これは早く決着をつけなければ…

「じゃあ、ここで。ここから見送って。俺の姿が見えなくなったら、帰る事。これでいい?」

「えぇー?」

「“えぇー”じゃない。わかったか?」

そう真剣な顔でカガリを見つめると、口を尖らせながら渋々頷いた。



「じゃあな。…今日はありがとう」

俺は少し照れながら微笑んだ。

「ああ…また」

カガリの言葉を聞いた後、俺はその場を後にした。

何度も振り返ろうと思ったが、それは我慢した。

一度振り返ってしまったら、もう1人で駅へは向かえない──何故かそんな気がした。



もう1分程歩けば、そこは学園の最寄駅だった。

なのだが…何だか、後ろに人の気配がする…

もしかして…

嫌な予感がしてバッと振り返ると、自転車を押して歩いているカガリと目が合った。

彼女はバツの悪そうな顔をして、へらへらと作り笑いだ。

「…カガリ…」

俺は大げさにため息をつき、カガリに近づいた。

「帰りなさい」

「いやだ」

「カガリ…」

「だって!」

カガリは突然叫ぶと、言葉を続けた。

「さっきのお前、凄い儚げで…駅に辿り着くまでに 変な奴5人位には声かけられそうな感じだったから…!」

…それは一体、どういう感じなんだ…

と、訊こうかとも思ったが、やめておいた。どうせロクな答えは返って来ないだろう。

「…心配してくれるのは嬉しいけど…それと同じように、俺だってカガリが心配なんだ」

そう諭すように語りかけたのだか、それには少し申し訳なさそうな顔をしただけだった。

「でも、もうすぐ駅だから。な?もうちょっと送らせて」



…結局、俺は駅までの短い道を、彼女と並んで歩いた。

ふと、カガリは俺の手元を見てきた。

「お前、その花、邪魔なら捨てていいんだぞ?」

気付けば俺はずっとカガリから貰った蓮華を手に持ったままだった。

「捨てないよ」

俺はにっこり笑ってカガリを見た。

捨てられるわけがないだろ…



いつの間にか目の前に駅の改札口。

1人で歩いていた時は長く感じた時間も、彼女と歩いた時間は一瞬で過ぎ去った。

実際2人で歩いた距離はとても短かったのだけど…それだけではない何かを感じた。

俺は改札口を背に、カガリを見つめた。

「じゃあここで」

「ああ。気をつけてな」

「気をつけるのはお前の方だろ」

これから暗い中長時間自転車をこいで帰るのは、カガリの方だ。

まったく、なんで彼女はこんなに…

「さ、早く帰らないと今度は俺が後ろから追いかけるぞ」

そう悪戯っぽく言ってやると、何故かカガリは嬉しそうに笑った。

「そりゃ困る。さっさと電車に乗ってくれ」

「…ここでカガリが見えなくなるまで見送るよ」

「…そうか?」

「嘘はつかない。…カガリのようにはね」

カガリは俺に苦笑いを向けて、自転車にまたがった。

「じゃあ、またな!」

「気をつけて」

俺は軽く手を挙げて左右に揺らした。

蓮華もそれに合わせて揺れる。



カガリは何度も俺を振り返り、ふらふら左右に揺れながら手を振ってきた。

俺はそんなカガリにハラハラしながらも、あたたかい気持ちで見送った。

もう、完全に、俺にとって彼女は──









あとがき
はい、アスランもうメロメロ!の巻、でした。SEED本編より展開に無理がありますか?
でもいいんです。最初に「運命の出会い」してるから!