花一輪






カガリはアスランの元に辿り着くまでの間、彼から目を離せなかった。

ただボーッとこちらを見たまま、全く微動だにしないのだ。

その様子があまりにも儚くて、昼間見た彼と同一人物とは思えなかった。

少し息を切らした状態で漸くアスランを間近に見ても、その思いは変わらなかった。



「アスラン…?」

息を落ち着かせながら両膝に手を置き、下からアスランの顔を覗き込む。

すると無表情のままふっとカガリから顔を背けるのだった。



ふと、墓石に目を遣る。

アスランが手向けたのだろう、綺麗に包装された花束が置いてあった。

カガリは背筋を伸ばし、そちらに一歩、近づく。

そうして花束の前で中腰になり、そっと手を伸ばす──



「触るな!」

突然響いた大声にカガリの手が止まる。手を引っ込めて声のした方に首を巡らせた。

アスランも自分の声に驚いたかのように瞳を見開いている。

カガリと目が合うと、やはり顔を俯かせ、辛そうに唇をキュッと結んだ。



カガリは昼間の彼とのギャップに驚きを隠せなかった。

桜の木の下で見た彼は、あのバカ達とも冷静に渡り合い、

でもわけわかんない位笑い上戸で…何より『強い』という印象があった。

だがこの彼はどうだろう。

夕陽の下で見る彼の、何と弱々しい事だろう──

この少し冷たい風にも簡単に飛ばされてしまいそうな──



暫くカガリはアスランを見つめ待った。しかしアスランは頑なでこちらをちらりとも見ない。

──どうやら私は彼の踏み込んではいけない所に踏み込んでしまったようだ。

カガリは小さく息を吐き、ゆっくり立ち上がろうとしたその時だった。



「…母の…墓だ」

風の音にかき消されてしまいそうな位、小さな声だった。

それでも聞き逃すはずもなく、カガリは再びアスランを見た。

アスランはまだ俯いたままだったが、それでもカガリは話してくれた事に嬉しくなった。

そして──涙が出そうになった。



カガリは涙を追い払うかのように力強く立ち上がった。

「ちょっと待っててくれ。すぐ戻ってくるから!」

それだけ言うとカガリは階段に向かって走り出した…かと思うと、走りながら振り返り叫んだ。

「いや、もう遅いし暗いし…待ってなくていいよ!帰ってていいから!」

それだけ言うと後は一目散に階段を駆け上がり、自転車にも乗らずに 学校のある方角に向かって走り去った。





なん…だろう、今のは…

アスランは風のように現れて風のように去っていった『彼女』をただ呆然と見送った。



彼女が階段を駆け降りて来た時…俺はここから逃げ出したくなった。

どう対応すればいいのか、考えられなかった。

結局彼女が目の前に立った時、俺はどうしても彼女の顔を見る事ができなかった。

彼女が墓石に手を伸ばした時どうして叫んでしまったのかも…わからない。

あのまま彼女が立ち去ってくれるのを、黙って待てば…それでいいはずだったのに…

何故、ここが母の墓である事を話してしまったのだろう…俺は。



そして彼女は去ってしまった。

しかし“待ってて”と言われた…そして“帰れ”とも…



ここで『ナチュラル』を、彼女を認めるつもりがないのなら、俺は帰るべきだ。

だが…彼女はここに戻ってくる。自転車も国道に置きっぱなしだ。

そしてもう日も暮れる。俺がここに来た時よりも辺りはさらに暗くなっている。

もうひとりの俺が「帰ってしまえ」と叫んでいる。

でも──結局俺はここを一歩も動けなかった。



15分程経過しただろうか──

カガリは戻って来た。全力で国道を走り、階段を駆け降りて、

今俺の目の前で両手を後ろにまわして荒い息をしている。

そうしてカガリが息を整えるまで、お互い何も話さず──



ふいに彼女は右手を俺の前に差し出した。

その手に握られていたのは、蓮華の花束。

「これ…いい、かな?」

まだ少し息が荒い。言葉を途切れさせながら俺にそう問うてきた。

俺が無言でいると、カガリは寂しげにわらった。

「持ち合わせがなくてさ…こんなのしか用意できなかったけど…ダメか?」

やっぱり俺は声も出せずに…それでも小さく首を左右に振った。

カガリは俺のその動作を見逃さなかった。

ふんわりと微笑むと、俺に背を向け、母の前まで近寄って行った。



俺が用意した花束の横にその小振りな蓮華の花束を置き、 屈んでそっと目を閉じる。

そのままじっと動かないカガリを、俺は呆けたように見つめ続けた。

もう大分暗くなったと思っていたが、夕陽の朱がカガリを縁取っている。

何だか彼女自身が光を放っているかのように、俺には見えた。



漸くカガリは立ち上がり、アスランの前に戻って来た。

「結局待たせちゃったな…悪かった」

その言葉にも俺は首を小さく横に振ることでしか応えられなかった。

「それで…さ。よかったら、これ…」

そう言って戻ってきてからずっと隠していた左手を俺の前に差し出した。



そこには蓮華が一輪。

その蓮華を一瞥して、俺は俯いた。それは…何のつもり?

「お母さんにはあれ、摘んできたけど。でも…もしかしたら待っててくれてるお前に何もなしじゃ、 悪いな、と思って…」



どうしてそんなにやさしいの?

そんなきみでなければ、おれはすぐにきみをきりすてられるのに



「男が花なんて、いらないよな…食べ物の方が良かったか?」

ははっと乾いた笑い声がして俺がゆっくり顔を上げると、 彼女は差し出した左手を引っ込める所だった。

その動作で正気に戻った俺は、慌てて手を差し出した。

「ありがとう」

久々に出した声は掠れていて目の前の少女の耳に届いたかどうかわからなかった。

でも少女は嬉しそうに微笑んで、再び左手を俺に伸ばしてきた──



小さな手からのぞく小さな紅い花が、ゆっくりと風に揺れていた。







2人の手と手が触れ合ったその時。

国道に停まった1台の白い車から、そんな2人を窺い見る者がいた。

「へぇ…あの2人…」

そう呟くと、薄く嗤って再び車を走らせた。















あとがき
アスランセリフ少なっ!口下手さんでは済まされません!
しかし心の中ではベラベラ喋ってますな!
そして最後は不穏な感じで終わらせてみました。これぞ続きモノ!伏線張ってみました!
最後に出てきた人物。これも一応SEEDに出てくる人でっす!
でもタイトル自分でつけなくていいから楽なんだけど…
次のタイトルがわかってるから、内容も自ずとわかってしまうのが難点ですね、連載にすると。
次の話はきっとラブラブ光線出てるとおもいますよ、あの人から。