「お前がラクスと付き合ってること。将来…結婚、するんだって事も…」



自分の耳を疑った。なぜ、それを──



俺は坂道を転がるように駆け降りていくカガリを黙って見送る事しかできなかった。




存在





午後からの授業をぼんやりと過ごした俺は今、迎えの車の窓から夕焼けを見ていた。



彼女を『大切』と認識した日も、こんな空だった…と思い返す。



それまでの俺は、ナチュラルと積極的に関わるなんて考えもしなかった。

あの日の昼休みに初めて会った時も、 『面白いやつだ』とは思ったが、今後付き合っていく事はないだろうと思ったし、 その気もなかった。

付き合えるはずもないと思っていた。



だからあの日、母の元へ行った。

なのに彼女に再び出会ってしまった──



これ以上関わり合いたくなくて、冷たくあたった。でもそれはただの悪あがきでしかなかった。

そんな事、最初から無理だったのだ。

たったひとりのナチュラルとの出会いに不安になって、わざわざ母の所に出向いてしまったのだから──



あの日駅で別れてからずっと彼女のことばかり考えていた。

電車の中、家までの道のりで、自宅に戻って夜眠りにつくまでの間もずっと。

次の日、いつもより早く目覚めて、何だか落ち着かなくて、 久しぶりに弁当など作ってしまう自分が可笑しかった。



でも──学校に着くと、天国から地獄に突き落とされた。

あんな怪しげなメモ1つで心を大きく揺さぶられ、カガリに酷い事も言った。

当然彼女は怒ったけれど、それでも笑って許してくれた。

それどころか『一緒に犯人を捜す』と言って譲らない。

結局危険な事に巻き込んでしまって申し訳ない、と思いながら、そんな気持ちが本当に嬉しくて──

ますます彼女から離れられなくなる自分を感じた。



なのにその翌日、彼女は俺からあっさり離れていこうとする。

コーディネイターとナチュラルの壁だ、と言ってしまえばその通りなのだけど。

『中立』だと言い張る彼女らしい言い分。

あの時は彼女の聞き分けのなさにイライラさせられたけど、彼女を諦めるつもりなど毛頭なかった。



その頃から少しずつ気になり始めたのが──キラの存在だった。

最初、あの2人が一緒にいる所を見ても『ナチュラル同士だから』位にしか思わず、 それ程気にならなかった。

でも、小中学も違う、同じ学年とはいえクラスも違う2人がどうやって知り合ったのか、 疑問に思った。

そして何故か2人とも出会いについて口を閉ざす。

それでも彼女が「絶対、いつか話すから」と言ってくれたので、その事も気にならなくなった。



しかし──

昨日のカガリの態度。

あんなに弱々しい彼女を見たのは初めてだった。

怪我をして不安だったのか、ずっとキラにくっついて──

くっついて、なんてもんじゃなかった。

泣きじゃくって、しがみついて、抱きついて──



昨日の2人を思い出し、俺は知らず知らずのうちに拳を握りしめていた。

車内をあかく照らしていた夕陽はすっかりなりを潜め、すれ違う車のヘッドライトが車内を掠めていく。



…キラとの事を尋ねた時、彼女は否定しなかった。

いつか話す、といってくれた事は…この事だったのだろうか。

付き合っているけれど、あの時には恥ずかしくて言えなかったのだろうか。



…いや、それよりも。

彼女は『あのこと』を知ってしまったのだ。

ずっと知られないまま、というのは無理だとは思っていた。

でも──知ってほしくなかった。知られたくなかった──



自宅に到着し、俺は運転手に礼を言い車を降りた。

玄関のドアを開けても誰の出迎えもない家。



靴を脱いで冷たい廊下を階段を歩いてまっすぐ自分の部屋に入り、 鞄を置くとそのままベッドに寝転んだ。

仰向けになり、白い天井を見上げて、今度はピンクの長い髪の少女について考えた。



彼女とは母を亡くしてしばらくしてから知り合った。

その当時、この学園の理事長とその娘だったラクス。

突然父にホテルのレストランに呼び出され、いきなり始まった4人での食事会。

この頃からラクスは誰もが知る歌姫で。

そんな娘といきなり食事を共にして「婚約者だ」と言われて──驚いたけど悪い気はしなかった。



しかしいざ2人きりにされると、何を話していいのか分からない。

挙句の果てに彼女の方から色々話しかけられ、気を遣わせてしまった。



食事が終わって父と2人きりになって。

どうだった?と尋ねられ、曖昧に微笑んではみたものの…自分が彼女に好かれるとは思えなかった。



ラクスは綺麗で優しくて、非の打ちどころのない少女だった。だが──

どうしても気後れしてしまって、普通に接する事が出来ないでいた。



それは1年以上経った現在でもそうだ。会う回数を重ねても打ち解けられない。

元々そんなに会う機会があったわけではないが、それでも少しは…と期待していたのだ。

でも判ってしまった。この先、何度会っても、話をしても、彼女に気持ちが向く事はないのだと。



正当な理由があるわけでもないのに婚約を解消してくれ、とは言えない。俺は父には逆らえない。

あの父にカガリの事を話しても正当な理由になるとは思えない。

寧ろ「バカな事を言うな!」と一喝されるのは目に見えている。



寒さを感じて身動ぎし、体ごと横を向き背を丸める。

──ラクスとは今すぐ結婚するわけでもない。そう思って安心していた部分もある。

ずっとカガリに隠し通せる、と思っていた甘い自分。

キチンと話しておけば、こうはならなかっただろうか、そうも思う。

話す機会は先週、いくらでもあったのに──

その機会を失くしてしまったのは、俺。

──いや。



俺はゆっくり体を起こした。



カガリが「来ない」と言ったあの場所。

それでも俺はあそこでカガリを待つ。



そして──会えないならば、その機会を作るまでだ。









あとがき
…あんまり語る事はないです。このお題は書きにくかったです…
多分期間を開けすぎたせいだと思うのですが。お待たせしちゃってすみません。
それより早く次が書きたくて…とか言いながらいつになるのやら…頑張ります。ハイ。

04.12.04up