「イヤじゃないのか……?」

今しがた自分に触れた形のよいくちびるから、そんな言葉が出た。

視線を唇から瞳へ戻すと、強い意思の中に微量の戸惑いが見えた。

カガリはそれを見て、今の心境を正直に語った。

「……イヤじゃ、ないよ……」

オーブに戻ってからはぱたりと途絶えた事が、実はとても寂しかった事に、 カガリは今のキスで気付いた。

それが照れくさくて、カガリはふいっと顔を背けた。

逸らした視線の先に、少し節ばった綺麗な手が映りこんだかと思うと、それは移動する。

髪に触れられて、カガリが驚いてアスランを見ると、瞬く緑の瞳は微かに細められて見つめ返していた。

「こうされるのは……イヤか?」

優しく梳くように髪を撫でる指。

カガリの全身に甘い痺れが駆け抜ける。

「……ううん」

目を伏せ、小さく首を振ると、今度はアスランの左手がカガリの右手を捉えた。

指先が微かに触れ合っただけで、身体は敏感に反応してしまう。

そのまま指先をなぞられ、指を絡められて、手の甲をアスランの指が何度も行き来する。

ぞくっ、と全身が粟立っていく。でも、それは――

「あ、あの……」

「イヤか?」

アスランの瞳が放つ艶に、カガリはキュッと瞳を閉じて首を振った。

知らず知らずのうちに、身体に力が入る。

髪を梳いていたアスランの手がカガリの耳を掠め、頬に触れる。親指ですっと撫でながらそっと囁く。

「……これは?」

何故アスランがこんな風に触れてくるのか、今のカガリに考える余裕はなかった。

ただ、平静でいようと必死で、でもそれは無理な話で――

「イヤ、じゃ、ない、けど……なん」

なんで、と尋ねた言葉は途中で途切れた。

アスランの手は頬から髪へ、頭の後ろに伸び、 カガリの顔はあたたかなアスランの胸に押しつけられていた。

そこから奏でられる鼓動のリズムは、早い。もしかしたら、カガリよりも――

「あ、の……アスラン……?」

いつの間にか、ずっと手に触れていた左手も背中に廻されていて、優しく撫でられる。

「これも……平気?」

ぞくっと身体が震える。

でもそれはやっぱり不快ではなくて――

カガリはこくこくと、アスランの胸に自分のおでこを押し当てた。

その瞬間ぐいっと腰を引き寄せられ、 カガリはバランスを崩して完全にアスランに寄りかかる形になった。

更に跳ね上がるお互いの鼓動を感じて、カガリは指先一本動かせなくなる。

耳元でほうっ、と大きく息を吐き出す音がして――気付けば肩を掴まれ、体を引き離されていた。

離れる熱。

一連のアスランの行動を疑問に思って顔を上げるよりも先に顎を掴まれ、顔をそっと持ち上げられた。








「おいっ、急に開けたら危な……うわっ!」

「カガ……ッ!」

複数の小さな手に押され、カガリはバランスを崩しながら部屋の中へと倒れこみそうになった。

それを咄嗟にアスランが腕を伸ばして庇おうとした。だが体が傾いていたのはカガリだけではなかった。

アスランも数人の子供達に押されていた。

アスランはカガリのからだを抱いたまま、部屋へと倒れこんだ。

床に激突する衝撃が訪れるかと思ったが、それはなかった。

アスランがしっかりと庇って下敷きになってくれた、というのもあるが、それだけではなかった。

二人の体の下にはクッションやらぬいぐるみ、毛布が敷かれていた。

色鮮やかなそれらに目を奪われているうちに扉は閉まり、 かちゃりと鍵のかかる音がやけに大きく響いた。

「え……ちょっ、こらっ!」

カガリは慌てて立ち上がり、扉を開けようとガチャガチャノブを回したが、

それは小さく動くだけで扉はびくともしない。

「こらっ!ここを開けろ!何でこんな……!」

無言でぱたぱたと駆けていく複数の足音が遠ざかるのを聞きながら、 カガリは扉をドンドン叩いて大声で叫んだ。

「――もうよせ」

低い声にカガリは手を止めて、目を細めながら振り返った。

アスランは上半身を起こした状態で、クッションと毛布の上に座り込み、カガリを見上げていた。

「これは計画的だな。とにかく――暫くしたらラクスかキラが見つけてくれるさ。

この計画に加担していなければ、だが」

ため息をつきながらアスランは長い指でうさぎのぬいぐるみの耳を摘んで、傍らにぽすんと置いた。

その様子をちらりとだけ見て、カガリは再び扉へと視線を戻した。

「計画、って、なんで……」

自分達がこんな目に合わなければならない理由が、カガリにはさっぱり分からなかった。

自分に非はない。となれば残るは……

「一体子供達に何したんだ」

尋ねようとした事を逆に尋ねられ、カガリは勢いよく振り返ってアスランを睨みつけた。

「私は何もしてないっ!お前こそ何したんだ!」

あからさまにムッとしたアスランの表情を見て一瞬怯んだが、カガリは言葉を続けた。

「私はここへ来るたびいつも楽しくやっている。でもお前は――」

ふとカガリは思い出した。アスランをここへ呼ぶ前に、あの男の子が言っていた事を。

「ここに来て楽しんでいるか?子供達の相手もそこそこに、キラと並んで渋い顔して海を見て。

辛気臭い顔でご飯食べて。それから―――」

「俺がそうしている事で何か子供達に迷惑でもかけているのか」

言いすぎだとは思ったが、カガリはもう止まらなかった。

これは八つ当たりだ、と自分でも分かってはいたが、ここに閉じ込められたのはいい機会だった。

「私と一緒にいた男の子が言っていた」

アスランの厳しい表情に気圧されそうになりながら、カガリはそれでも話を続けた。

「……お前の笑った顔を、見た事がないって」

ほんの少し、目を見開いて、アスランは口をきゅっと閉ざした。

カガリは扉から離れ、アスランの目の前に腰を下ろした。

「お前の事、少し恐いって」

言おうかどうしようか迷ったが、カガリは結局口にした。

「大戦中にお前、一人でここに来た事があるんだってな」

そう尋ねると、アスランはすぐに反応を示し、小さく頷いた。

「オーブに行く前に……いろんな戦場を見て回って……確かにここにも立ち寄った。

だけどそれが恐いのとどう……」

「モビルスーツで来たんだろう?あの子等は戦争で親兄弟を亡くしているんだから……それでじゃないか?

ちゃんと話、聞けなかったけど……」

神妙な顔つきでアスランは黙り込んでしまった。

カガリはぽんとアスランの肩に手を置き、励ますように明るく声をかけた。

「あまり気にするなよ。あの子もお前の笑顔を見れば分かってくれるよ。

ここから出たら、少しはあの子等の相手をしてやって……」

「手、離してくれないか」

硬い拒絶の声に、カガリは思わず手を引っ込めてしまった。

俯いたままのアスランの表情がカガリには見えない。だが笑っていない事は明らかだった。

カガリは気を取り直して、宙に浮いたままだった自分の手をぱたりと下ろした。

小さく息を吐いて、それからゆっくり息を吸って、顔を上げた。








タイトル「涙」
05.10.10発行予定。A5 FCオフ 44P 400円。
SEED→DESTINY+DESTINY PHASE-9〜15。