元々カガリが座っていた場所を占領していたキラは、端の方に寄って座った。

カガリも座っていた場所より少し端寄りに腰をおろす。

アスランが正面に並んで座る二人を何気なく見ていると、 キラは手にしていたカップを脇に置いて、ずいっと身を乗り出してきた。

「簡単に自己紹介でもする?」

瞬間、アスランは無意識に顔を顰めた。

改めてそんな事をしなくても、このまま気ままに話をしていた方が気分的にラクだ。

だが、すぐにカガリがこくりと頷いた。

「そうだな、じゃあ、私から……」

長年の付き合いからアスランが嫌がる事が分かっていたのだろう、 顔を隠すように俯いたキラは、にやりとほくそ笑んでいた。

それに気付かず、カガリは自己紹介を始めた。

「カガリ・ユラ・アスハ、二十二歳、大学生だ。 とりあえず夏休みの間、ここで世話になる。よろしくな」

先程まであんなに言い渋っていた年齢をあっさりと言った事にも驚いたが、 自分との歳の差にもっと驚いた。

高校を卒業したくらいではないかと思っていたのだ。

それほど、カガリの外見は若く見えた。

なのに――

思った以上に大きな衝撃を受けたアスランだったが、かろうじて顔には出さなかった。

「よろしくね」

アスランが必死で表情を保とうとしていた隙に、キラはカガリに笑顔を向け、 すぐに自己紹介を始めた。

「キラ・ヤマト、十四歳、中学生です。はい、次アスラン」

にやにやといやらしい笑みを浮かべたまま、キラが手を差し出してきた。

唇を歪めると、アスランはぺしっとキラの手を叩き、ふいっとそっぽを向いた。

――やはりこんな風に、特にキラの前で、改まって自己紹介なんてこっ恥ずかしい。

もしここにカガリしかいないのであれば、ここまで嫌ではなかったかもしれない。

だがここはキラの部屋だし、本人に出て行けとも言えない。

アスランは深々とため息をつくと、なるべく視界にキラを入れないようにカガリの方を向いた。

だがまっすぐに見る事もできなくて、机の上に置かれたカガリの指先に焦点を合わせる。

「……アスラン・ザラ、十四……」

「アスランはまだ十三歳でしょ?」

まるで待ち構えていたように、キラが突っ込んできた。

アスランはキッとキラを睨みつけると、すぐにふいっと横を向いた。

「……今年で十四になる」

少しばかり誕生日が早いからといって、キラはすぐ自分が年上なのを主張し、優位に立とうとする。

だが実際は、キラの方が全然子供で、常に面倒を見ているのはアスランの方なのだ。

「えーでもまだ十三だよね?」

こんな風にしつこく繰り返すところも子供っぽい。

アスランは更に視線を鋭くして、キラを怒鳴りつけようと大きく息を吸い込んだ。

すると、危険を察知したらしいキラは慌てて体ごとカガリの方を向いてにこっと微笑んだ。

「十三にしたらアスランって老けてると思うけど……カガリは二十二には見えないよ。若いねー」

ここぞとばかりにキラはじーっとカガリの顔を凝視していた。

カガリは居心地悪そうに眉根を寄せ、ほんのりと頬を染めていた。

その様子を見てアスランも、じわじわと悪戯心が湧いてきた。

キラ以外の人間には無関心に近いところがあるアスランには、珍しい感情だった。

ほんの少しカガリの方へと身を乗り出して、キラと同じようにじっと凝視する。

「……薄化粧だからか?」

肌の表面はきめ細かく、つるりとしているように見える。

色は夏という季節のせいかそう白くはないが、とても自然で健康的だ。

少年二人のまっすぐな眼差しがカガリの顔に集中する。

それに耐えられなくなったのか、カガリは両手で真っ赤になった頬を押さえてぶんぶんと首を振った。

動きに合わせて金の髪がぱさぱさと左右に振れ、カガリの顔を隠していく。

「じっ、じろじろ見るなっ!」

アスランとキラは顔を見合わせて、声を上げて笑った。

カガリは文句を言いたそうに口をぱくぱくと開いたが、結局拗ねたようにそっぽを向いて黙っていた。

その仕草もまた可笑しくて、アスランは堪えるように声を殺して笑い続けた。

そんなアスランの笑いがぴたりと止まったのは、気を取り直したカガリの一言だった。

「……で、アスラン。自己紹介の続きは?」

「……まだやるのか……?」

アスランがめんどくさそうに呟くと、カガリは可笑しそうに笑って頷いた。

「また歳しか言ってないじゃないか」

「キラだってそうだろう……」

カガリもキラも、ろくな自己紹介はしていない。

なのにどうして自分だけが色々と話さなければいけないのか、納得がいかない。

そんなアスランの気持ちを読み取ってか、キラがカガリに説明を始めた。

「アスランの家は隣だよ。よくうちに遊びに来るんだ。 僕とアスランは同級生だけど、通ってる学校が違ってて……」

「二人は同じ学校じゃないのか?」

今度はカガリが、まじまじと制服を着たままのキラとアスランを見比べ始めた。

夏服なのでそう違いはないが、シャツの襟元は微妙に形が違うし、ズボンの色は明らかに違う。

アスランはブルー、キラは黒のズボンだった。

「アスランは、お坊ちゃまだから」

「何だ、それは……」

茶化したように言うキラに、アスランはあからさまにムッとして睨みつけた。

確かに自分の家庭は非常に裕福な部類に入るが、そんな風に言われる事を嫌っているのは、 キラは知っている筈だ。

キラもすぐにそれに気付いたのだろう、慌てて言葉を付け足した。

「それに、優秀だから……僕と違って」

「お前だってやれば出来るだろう」

アスランにはキラのこういう所が少し腹立たしい。

もっとやる気を出せば、きっとキラは誰にも負けないくらい優秀な成績を残せるだろう。

なのに全然やる気を出さない。

それを一番傍でいつも見ているアスランとしては、やきもきしてしまうのだ。

だがキラの返答はいつもこれだ。

「だって、嫌いなものはやりたくないでしょ?」

「キラ……!」

いつもの説教に入ろうとしたアスランの耳に、普段にはないくすくす笑いが届いた。

我に返って状況を把握すると、アスランは口元に手を当てて笑うカガリを見た。

「お前ら、仲良いな……まるで兄弟みたいだ」

その表情にアスランは僅かな違和感を覚えた。

笑っているのに寂しそうで、切なそうに細められた眼差し――

「こんな口煩い弟やだよー!どうせならカガリみたいなお姉さんがいいな」

だがキラは何も感じていないようで、無邪気に笑ってムカつく台詞を吐いていた。

「はは……そう言ってもらえると嬉しいよ……」

カガリは笑ってはいるが、やはりどこか引っ掛かる。

アスランはカガリの表情の変化を見逃さないよう、じっと食い入るように見つめた。

「あれ?アスランが言い返してこない……」

「え?あ、すまない……」

キラのわざとらしく寂しそうな呟きに、アスランはハッと我に返り、咄嗟に謝ってしまった。

一瞬、きょとんとした顔をすると、キラはすぐ可笑しそうに笑い出した。

「何謝ってるの?変なアスラン」

再びムッとしながら、ちらりとカガリの方に目をやると、こちらも可笑しそうに、 だが遠慮がちにくすくすと笑っている。

あの寂しそうな顔は気のせいだったのかもしれない。

でも、やはり何かが引っ掛かっていた。

「でも、これからはガミガミ煩いアスランに勉強を教わらなくても済むかなー」

「……何だ、ガミガミって……」

悪戯っぽく笑うキラに、アスランは不機嫌なままぼそっと呟いた。

そんなアスランに、カガリは宥めるように小さく手を振った。

「まあまあ。私で解る事なら教えてあげられるけど……私も好き嫌いがはっきりしているからなぁ」

困ったように笑うカガリに、キラは嬉しそうに身を乗り出した。

「僕たち、気が合いそうだね!」

無理矢理カガリの手を握り、ぶんぶんと腕を振り回すキラを、アスランは呆れたように眺めていた。

と、そこで突然ふと、思った。

――この二人……どことなく似ていないか……?

遠いとは言っても親戚だから、血の繋がりがあるのなら似ている可能性もある。

特に気にする必要はない筈だ。

だけど――気になる――


















タイトル 「夏休み、きみと」

08.06.29発行予定。A5 FCオフ 84P 600円。