「お願いがあるんだが」
アスハ邸に戻るエレカの中で、カガリは後部座席から身を乗り出し、運転席を覗き込んだ。
「何だ、珍しいな、アスランがお願いなんて」
「ちゃんと座ってろよ」
大きな手におでこを押し戻され、カガリは憮然として後部座席に身を沈め、足と手を組み踏ん反り返った。
「何だよ、早く言え」
ルームミラーを睨みつけると、苦笑して緩やかな曲線を描くアスランの口元が見えた。
「今度のカガリの誕生パーティの事だが……」
「そんな話なら聞きたくない」
パーティパーティパーティ……もううんざりだった。
セイラン家の人間は嫌いではないが、連日連夜──とまではいかなくても、
事ある毎に理由をつけてパーティを開き、
カガリを無意味に飾り立て、ダンスと称してくるくるくるくる……
「お願いだから聞いてくれないか」
こちらの心情を知っているからか、困ったように微笑むアスランをミラー越しに睨みつけたまま、
カガリは低い声で呟いた。
「聞くだけ、聞いてやる」
小さく息を吐き、表情を変えないままアスランは話し始めた。
「今度のパーティのドレス……以前バルトフェルド隊長に砂漠で貰ったドレスを着てほしいんだが」
カガリは少し驚いて目を見開いた。
「それって……何でアスランがその事を……」
アスランがあのドレスの存在を知っていると思っていなかったカガリは、
身体を起こして再び前に身を乗り出した。
「この間本人から聞いてね。俺は見た事がないから……」
言いながらアスランは様子を窺うように、やはりミラー越しにこちらを見ている。
カガリはゆっくり身体を引いて、再び腕を組んだ。
あのドレスを貰ったのは戦争中で、カガリ自身も砂漠で戦っていた時期だ。
その後オーブに戻ってからも、あのドレスの位置付けは『敵に貰ったドレス』だった為、
袖を通す事もなくずっとクローゼットの奥で眠っていた。
それから色々あって『砂漠の虎』ことバルトフェルドとは仲間になったし、
戦争が終わった今、あれを着る事に関して何の問題もない。
アスランが見たいと言うのであれば尚更──
「……ダメか?」
小さな声にカガリはハッと我に返って顔を上げた。
「あぁ、いや、別に構わない。どうせイヤでもドレスは着なくちゃいけないからな……」
カガリはぼそっと呟いた後、窓枠に頬杖をつき、口元を手で押さえて少し火照った頬を隠した。