キラは居ても立ってもいられなくなって、携帯電話を取り出した。
だがすぐ隣からそれを奪われてしまった。
「おいおい、どこへかけるのさ」
キラはキッと睨みつけると手を差し出した。
「当然、カガリにさ」
だがディアッカは呆れたように笑ってふるふると首を振った。
「やめときな。馬に蹴られて死んじまうぜ」
「そういう問題じゃない!携帯を……!」
身を乗り出して奪い返そうとするが、ディアッカは携帯電話をテーブルの端、
キラの手が届かないところまで滑らせた。
「少し反省してるワケよ、俺も」
立ち上がろうとするキラの肩を掴んだディアッカの力は、思いのほか強かった。
キラは顔を顰めながらも、ディアッカを睨みつけたままでいた。
「俺たちがアイツの邪魔をしなければ、もうとっくにカガリと幸せになっていたかもしれない。
まあ……すぐに別れているかもしれないけれどな」
それはここにいる誰もが解っていた。
きっと高校生の時に付き合い始めて、いつまでも仲睦まじく寄り添っていただろう、と。
ディアッカは茶化したように言うけれど、そう簡単に二人が別れたりしない事も──
キラは大きなため息をついた後、ディアッカの手を強引に振り払ってそっぽを向いた。
アスランとカガリの気持ちは、誰に言われるまでもなくキラが一番良く知っている。
自分が一番彼らの側にいたと、自負もしている。
ただ、あんな形で強引に想いを成就させようとする事に対して、反発したい気持ちが強いのだ。
断じて、彼らの邪魔をしたいとか、そういう事ではないのだ、この感情は──
「……やっぱり僕も、行ってくる」
キラは咄嗟に、呟いていた。
すくっと立ち上がるとディアッカの背後を足早に通り過ぎ、
テーブルの隅に飛ばされた携帯電話を手に取って、個室を出ようとする。
「おい、ちょっと待て!」
背中でディアッカの慌てた声がしたがそんなものは知らない。
逸る気持ちを抑えきれず個室のドアを開けようと手を伸ばしたその時、
まだ触れてもいなかったドアがゆっくりと開いた。
目の前に現れたのはほんの少し不機嫌そうなミリアリアと、そして──
「キラ、何処へ行かれますの?」
名前を呼ばれて、キラは大きな瞳をさらに広げて、恋人の顔を見た。
「来たわよ」
ドア前で立ち尽くすキラの脇を、ミリアリアとフレイがすり抜けていく。
背後では嬉しそうに騒ぐディアッカの声が聞こえたが、キラの意識は目の前の存在に集中していた。
「ラクス……」
キラはこの時、抜け目ないディアッカの計画の全貌を知った。
これでキラはここを飛び出してアスランを追って行く事はできなくなってしまったのだ。
行き場のないもやもやとした感情を胸の内にしまいこんで、キラはぐっと手に力をこめる。
その時、キラは手の中にあるものの存在を思い出して、ラクスににっこりと微笑みかけた。
「ちょっと電話。すぐ戻るから待ってて」
きょとんとするラクスの肩に手を置くと、キラは個室の外へと飛び出していった。
タイトル 「紳士協定」
08.10.26発行。A5 FCオフ 44P 400円。