アスランが島を訪れるようになって一年が過ぎた。

アスランとカガリはいつものように示し合わせて休暇を取り、マルキオ導師の島で会っていた。

その夜、海を見ようと誘われたカガリは、アスランの隣に寄り添うように並んで外へと出た。

歩調を合わせてくれるからか、アスランはいつもよりゆっくりと海へと向かって歩いていく。

徐々に大きくなっていく波音を聴きながら、カガリはアスランの手を掴むと目を閉じた。

「どうした?」

カガリはそのまま立ち止まると、小さく微笑んだ。

「このまま……手を引いて、連れていってくれ」

ここでこうやってアスランと過ごす時だけ、カガリは何もかも忘れて甘える事ができた。

全てを任せて安心できる、周りに誰もいない二人きりの時間。

アスランは何も言わずに黙ってそっと、カガリの手を引いた。

波音に合わせて歩を進めながら、カガリはアスランに寄り添った。

波打ち際まで近付くと、カガリはようやく瞳を開き、アスランから手を離して靴を脱いだ。

「カガリ、危ないぞ」

「平気だ」

アスランを振り返って、カガリは笑った。

だが昔に戻ったかのようにはしゃぐカガリに、アスランは微笑みを返してはくれなかった。

いつになく真剣なその表情に、カガリの笑顔も次第に萎んでいく。

駆け出そうとしていた足をアスランへと向けて、近寄っていった。

「どうした?大丈夫だぞ……」

「カガリ」

いつになく硬い声で名前を呼ばれて、カガリの背筋が自然に伸びた。

何か重要な話をしようとしている、だからアスランはカガリをここへ連れ出したのだ。

騒ぐ胸をやり過ごし、カガリはまっすぐにアスランを見つめ返した。

アスランは身動ぎもせずじっとカガリを見据えたまま、重々しく口を開いた。

「カガリは、これからどうするつもりなんだ……?」

「……これから?」

言っている言葉の意味が分からなくて、カガリはぽつりと呟いた。

いや、分からないふりをしているだけだ。本当はアスランが何を言いたいのか、想像はついている。

「いずれ、代表に復帰するつもりは……?」

「……そのつもりは、ない」

前にラクスに尋ねられた時と、カガリの答えは変わっていなかった。

「どうして?」

カガリはわずかに視線を落とし、すぐに顔を上げてアスランを見た。

「アスランは今の代表に不満があるのか?私はない。 だから、このまま代表を支えていければと思っている」

カガリは自分の考えを正直に答えたつもりだった。

だがアスランは心の奥底まで見透かそうとするような眼差しでカガリを見つめている。

やましい事など何もない、これは正論だ、と言い聞かせながらも、カガリは僅かに動揺し、 視線を逸らしてしまった。

アスランの追及はこれで終わらなかった。

「カガリは、プラントを訪問する予定はないのか?」

「……ああ。今のところ公務では予定がないな」

少し考えるふりをしてから、視線を戻して答えると、アスランは小さく息をついた。

「ラクスが代表についてからここ数年で、プラントを訪れるナチュラルも増えてきている。

だから一度カガリに実際に見てもらいたい。オーブ国首長の一人としてでなくても構わないから……」

「……ああ、そうだな」

そんな風に言われたら、カガリはこう答えるしかなかった。

だがカガリはプラントに行く意思はなかった。

今後の事は分からないが、少なくとも今は──

「嫌なのか?」

図星をさされ、カガリは大きく目を見開いてアスランを見た。

何故分かったのだろう──いや、それを考えるよりも先に否定しなくては──

まっすぐに自分を見つめる緑の瞳から目を逸らすと、カガリは暴れる胸をなんとか鎮めて、 口を開いた。

「そういうわけじゃない、ただ……」

アスランの視線がちくちくとカガリを刺す。

無言の圧力を感じながら、カガリはぽつりぽつりと言葉を紡いだ。

「オーブは中立を主張する国だ。 だが……私が個人的にプラント──ラクスと親しい事は、広く知られている。

事実私はプラント寄りの人間だと思う……」

「それがプラントに来られない理由か?」

少し考えて、カガリは頷いた。

「それもある。 だから、地球上にある国々に足を運ぶ事はあっても、プラントにはしばらく行くつもりはないんだ。

アスランやラクスがここを訪れてくれるのは嬉しいし、歓迎する。でも私はプラントへは……」

「じゃあ俺達はずっとこのままか?」

淡い月明かりに照らされた厳しいアスランの表情に、カガリはハッとして声をなくした。

何と答えていいのか分からなくて黙ったままでいると、 まるで睨むようにカガリを見つめたまま、アスランが言い放つ。

「ずっと離れたままで、たまにここで会って……その繰り返しで終わるのか?」

カガリは何も答えられなかった。

だがこのままだとアスランの言葉を肯定する事になってしまう。

アスランの指摘した事は、カガリも当然気付いていたし、気にかけていた。

だがどうする事もできないと一年以上放置し、今その現実を突きつけられたのだ。

「聞かせてくれないか?カガリはどう考えているのか」

「わ、私は……」

何とか声を絞り出したきり、カガリは言葉を続ける事ができなかった。

アスランとの将来を何も考えていなかったわけではない。

ただ、あまりにも身勝手なことばかりを思っては打ち消し、そのうち考える事さえ止めてしまった。

勿論それを正直に話す事はできない。

聞けばきっとアスランは自分の元から去って行ってしまうだろう──永遠に。

どう答えれば納得してもらえるのか、カガリはめまぐるしく頭を働かせた。

だがこんな状態で考えてもいい回答が浮かぶはずもなく、カガリは目に見えて焦りだした。

「……考えたことがなかったのなら、これから考えてくれないか?」

いつまで経っても返事ができないカガリに、アスランはそっと言葉を投げかけた。

だがカガリは頷く事さえできないでいた。

考える、と答えてしまえば、いつか必ず答えを出さなくてはならない。

いくら考えても、答えなんてきっと出ないのに──


















タイトル 「君をつかまえる」

08.12.28発行 A5 FCオフ 100P 900円。