ここから眺める地球はいつ見ても美しく、飽きない。
同時にとても懐かしく、そして切なさが胸を刺す。
アスランはエターナルの展望デッキで短いひとときを過ごす事を日課にしていた。
時間が空けばこうやって星々を眺めている。そして結局は青い地球の姿だけに魅入ってしまう。
この宙域で戦闘が止んでからかなりの時が経過していたが、
エターナルとアークエンジェルは未だここに留まったままだった。
理由はいろいろあるが、ここに居る者の処遇がまだ決まっていないという事が大きいだろう。
この艦の司令官であるラクスは、プラントからの強い要望を受け、戻る事になった。
常にその傍らに居たキラの方は、まだ決めかねているようだった。
ごく私的に、感情だけで決めてしまえるならば、
ラクスと共にプラントへ行きたいと思っているだろう。
ただ過去、自分の意志ではないにしろ、
プラントに対して行ってきた戦闘行為の数々がそれを思い留まらせているのではないだろうか。
そしてアスランもまた、身の振り方を決められないでいる一人だった。
だがここに来て美しく佇む星々を見つめていると、自然にふっと心の中で答えが浮かび上がってくる。
アスランはすっと手を上げ、強化ガラスに強く掌を押し当て、
指先に触れそうで触れない地球の姿を睨むように見た。
あそこで今も頑張っている、カガリ。
彼女の活躍は当然、この宇宙の片隅にも届いていた。
ほぼ毎日飛び込んでくる映像には、ひとつひとつ確実に仕事をこなし、
周りの信頼を勝ち取っていくカガリの姿があった。
それを見ていると、自分も負けていられないと強く思う。
何か、しなければ――そう思いながらも、以前のように焦る気持ちはあまりなかった。
今自分が持っている力を最大限に使い、自分のやれる事から順に手をつけていく。
それはまず、ラクスと共にプラントへ赴き、
昔の仲間――イザークやディアッカ達と共に新しいプラントを造り上げていきたい。
オーブと同じようにナチュラルもコーディネイターも関係ない、互いが自由に行き来できる、
亡き父の想像を遥かに超えるような国を――
指先にぐっと力を入れたその時、予め設定してあったアラーム音が辺りに鳴り響いた。
アスランは一旦思考を中断し、視線を上げた。
立ち去る前にもう一度名残惜しげに青い地球を見つめると、
アスランは体を反転させ、展望デッキを後にした。
「嘘だ!何故……!?」
主だった者達が一堂に会したエターナルのブリッジで開口一番に告げられた事実に、
アスランは思わず声を上げていた。
今までこうした場では聞き役に徹していたアスランが大声を出した事で
驚きの目を向けてくる者も若干いたが、
少しでも事情を知る者は少し反応を示しただけで、いつも通りの会話を続けていた。
「本人に直接聞いたわけではないし、
連絡をくれたキサカ一佐にも理由は聞いていないけれど……
これまでの彼女の頑張りで、情勢は落ち着きを取り戻しつつあるわ。
他の首長に任せても大丈夫と判断したのではないかしら」
「落ち着いているのはあくまで表面上であって、
まだまだ気を引き締めていなければならない状況なのに……
この大切な時期に、そんな……!」
穏やかに口を開いたマリューに対して、アスランは噛みつくように反論した。
何かの間違いだと思った。
あのカガリがそんないい加減な行動を取る筈がないのだ。
だがオーブだけでなく全宇宙にこのニュースは瞬く間に広がり、
証拠となる映像までも見せられては、アスランも認めるしかなかった。
その後、いくつかの連絡事項が告げられたが、アスランの耳には全く届いていなかった。
アスランはひとり視線を落とし、答えの出ない問いをずっと考え続けていた。
カガリがそんな事を言い出す筈がない。
自ら代表の座を辞する、だなんて――
周囲がにわかにざわめき出して初めて、アスランは散会した事に気がついた。
早速アスランはすぐ隣に立っていたキラの肩を捕まえた。
「キラ、お前知っているんじゃないのか?カガリが急に代表を辞めた理由」
「知らないよ。僕も今日初めて聞いた」
どんな表情の変化も見逃さないよう注意を払ってキラを見たが、
それは普段通りの落ち着いたものだった。
まるでカガリの事など全く気にしていない風にも感じ取れて、アスランは内心ムッとした。
「本当に……?全然驚いているように見えないが……」
アスランは目を細め、更に観察するようにじっとキラを見つめた。
だがキラの表情はそのまま動かなかった。
「だって、もう大々的に発表された後なんだから、今更何を言っても仕方ないでしょ?」
それどころか、おどけた様に肩を竦めるキラに、アスランの口調は更に低く、きつくなった。
「……結婚式の最中に、モビルスーツで無理矢理花嫁を奪った奴の科白とは思えないな」
「だって、あの時のカガリは冷静な判断ができない状態だったと思うから……
でも今は違うでしょう?それとも……」
キラは小さく笑って、まっすぐにアスランに目を向けてきた。
「それとも、放っておいた方が良かった?」
咄嗟にアスランは言葉に詰まり、キッとキラを睨みつけた。
当時のやり場のない怒りが、現在のカガリに対するそれと入り混り苛立ちを覚えたが、
アスランは何とか気を静めた。
過去の事はどうでもいい。
大切なのは今のカガリについてだ。
「……本当に、何も聞いていないのか……?」
「カガリから?どうやって?」
オーブ本土からの連絡は全てアークエンジェルに入る。
宇宙に上がって、エターナルと合流してからずっとここにいるキラが、
カガリと直接連絡を取っているとは考えにくかった。だが可能性はゼロではない。
アスランがその事について問い質そうとするよりも先に、キラはきっぱりと言い切った。
「僕と直接連絡を取る理由なんてカガリにはないし、そんな暇もない筈だよ。
現に正式発表の少し前、アークエンジェルに連絡はあったらしいけど、
カガリは顔を見せていないってマリューさんも言ってたでしょう……?」
それでもキラには何かしら報告があったかもしれないと思ったが、
アスランはこれ以上追求しても無駄だと悟り、諦めた。
あからさまに落胆する肩に、ぽん、とキラの手が乗せられると、アスランはのろのろと顔を上げた。
「アスラン、前に言ったじゃない。夢は同じだ、って。
今カガリがどういう行動を取ろうと、必ず道は重なると信じているんでしょう……?」
「あ、ああ……」
キラにつられるようにして微笑みを作りながら、アスランは考える。
ここでカガリの行動を疑問に思うのは、彼女を信じていないという事になりはしないか。
今は不可解に思っても、後で必ず納得できる日が来る。
信じよう。
信じなければ――
タイトル 「君を追いかける」
07.12.29発行予定。A5 FCオフ 76P 600円。