目の前に迫っていたベッドにちょこんと腰かけて、カガリはまた周囲に目をやった。
と、視界に微笑むアスランが割り込んできた。
二人きりだという事を意識してしまうと、カガリの脳裏からディアッカの姿が消え、
プレゼントを渡す事だけに意識が向いてしまう。
ディアッカに提案されはしたが、自分で決めた事なのに、初めての試みに胸が騒ぐ。
隣にアスランが腰をおろした事にも気付かない程、カガリは自分の思考に沈んでいた。
「どうした?難しい顔して……何か問題でも発生したのか?」
「えっ」
カガリはハッと顔を上げ、アスランとの距離があまりに近い事に驚いて身体を仰け反らせた。
怪訝そうな顔をするアスランに向かって、カガリは慌てて微笑んでみせた。
「いや、問題なんて別に。順調だよ。そうじゃなくて……」
喜んでもらえるような言葉は昨日散々考えた。
歯の浮くようなセリフを思いついてはベッドをごろごろとのたうち回った。
でも肝心な時に気の利いた言葉は全く出てきてくれない。
結局カガリが口に出した言葉は――――
「あの……誕生日、おめでとう……!」
「え」
二人ともが見合って口を開いたまま黙り込んでしまった。
お互い、驚いたように目を見開いて、しばらくそのまま動けなかった。
カガリは真っ白になってしまった頭のまま、ぐるぐる考えた。
自分は間違ってしまったのだろうか。
三日前見た資料には確かにアスランの誕生日は今日、十月二十九日だと明記されていた。
もしかしたら資料の方が間違っているのか、それともカガリの見間違いか――――
「えー……今日って何日だ……?」
ボソッと呟くアスランの声にカガリはさらに目を丸くした。
これはカガリが日にちを間違えているわけではなく――――
「もしかして……今日が何日だか、把握してないのか……?」
「し、仕方ないだろう……最近忙しくて……!」
アスランが言い終えるよりも先に、カガリは腹を抱えて笑い出してしまった。
この三日間、この事でずっと悩んでいたのに、当の本人は全く気付いていなかったのだ。
何だかバカらしくなったのもあったし、久しぶりにアスランの抜けている所を見て、
ホッとしたのもあったのかもしれない。
あれだけ張りつめていた緊張の糸が、ぷっつりと切れてしまった。
「カガリ!笑いすぎじゃないか!?」
ムッとしたようなアスランの声にも、カガリは顔を上げられなかった。
それでも何とか笑いを抑えて、カガリは声を絞り出すように答えた。
「き……今日は、二十九日だ。じ、十月、二十九日」
でもやっぱり堪え切れなくて、カガリはぱたりとベッドに寝転び、
顔をシーツに押し当てながらくすくす笑った。
笑いすぎて苦しくなって深呼吸すると、すこし落ち着いた。
なのに――――そっと髪に触れてくる指に、カガリの胸がどくんと大きく鳴った。
「確かに誕生日だけど……キラに聞いたのか?」
最初はぎこちなく触れてきたアスランの指が、今はただ優しい。
なのに背筋にぴりぴりと電流が通っていくようで、カガリは微かに身体を縮こまらせた。
「いや……この間、資料を見て……」
「ああ……」
吐息まじりの低い声を出したきり、アスランは黙ってしまった。
しかしカガリの髪を梳く指は止まらない。
顔に押し当てたシーツからはアスランの匂い――――
カガリはがばっと飛び起きた。
このままだといつまでも寝転んだまま、プレゼントが渡せなくなると思った。
先程はカガリを落ち着かせてくれたシーツに、今はこんなに心を掻きむしられそうだなんて――――
「だっ、だから!全然知らなくて、プレゼントとか用意できなくて……」
思いきりそっぽを向いてないと、何かおかしな事を口走りそうだった。
自分の態度が良くないとは思ったが、まっすぐ顔を見て言える自信がなかった。
しかしアスランは気にする様子もなく、穏やかな口調でカガリに微笑んだ。
「別に構わないよ。こうやってわざわざ会いに来てくれただけで嬉しいから」
自分の頬がまた熱を帯びていくのが分かる。
もう優しく髪を撫でてくれる指はカガリから離れているけれど、
あたたかな眼差しが自分に注がれているのは分かる。
どうしてアスランはこんなに平然としているのだろう。
そして自分はこんなにも幸せな気分でいるのだろう。
アスランに喜んでもらう為にここへ来たのに、自分が喜んでどうするんだ――――
このままじゃ、悔しい。
カガリはそむけていた顔を思い切ってアスランへと向けた。
ちょっと驚いて、すぐに微笑むアスランから目を逸らしたくなるのを必死で堪えて、
カガリは睨むように見た。
「それじゃ私の気が済まないからっ!」
じゃあどうするんだ?と問うように無言のまま首を傾けたアスランに、
カガリは視線を落とし、低く呟いた。
「目、瞑って」