夕方近くになって、カガリは自らアスランの待機する部屋に顔を出してきた。
もしかしたら黙って一人で先に帰ってしまうのでは、
と危惧していたアスランは少し驚きながらも、嬉しく思った。
だがカガリの態度が変わったわけではなかった。
相変わらずカガリは全くこちらを見ない。
まるでアスランなどこの場にいないかのような振る舞いのせいで、
屋敷に戻る車内の空気は重く、沈んでいた。
とうとう耐えきれなくなったアスランは、躊躇いを振り切り、意を決して口を開いた。
「少しよろしいですか」
ミラーでちらりと後部座席を確認すると、目が合った。
カガリはむっつりとした表情で、ミラー越しにアスランを睨みつけていたからだ。
だがそれも一瞬で、すぐにカガリはミラーの中から消えてしまった。
「……やめろよ」
低く唸るような呟きに、アスランはその言葉の意味を考えながら続きを待った。
だがいつまで経ってもカガリの声は聞こえてこない。
知らず知らずのうちに、ハンドルを握る手にぐっと力がこもる。
『やめろ』とはアスランに対して、なのは間違いなかった。
つまり――護衛を『やめろ』という意味なのだろうか。
そうとしか考えられなかった。
きつく唇をかみしめると、アスランは奥深くから湧き出る感情を押さえ込みながら、低く呟いた。
「どういう意味ですか。つまり……このしご」
「その口調、気持ち悪い」
「え」
爆発寸前だった感情が、意外な言葉で遮られて萎んだ。
咄嗟に後ろを振り返ると、カガリは一瞬ぎょっとした顔をして、大声を上げた。
「ま、前を見てろっ!」
言われるまま、アスランは視線を前に戻した。
だが後ろが気になってちらりとミラーで確認すると、カガリはバツが悪そうに口元を手で覆い、
そっぽを向いていた。
そのうち開き直ったのか、腕を組みふんぞり返ると、カガリは吐き捨てるように言い放った。
「……分かったか!」
「……ああ……二人きりの時は、これで構わないか?」
カガリからの返事はなく、アスランもそれ以上は問わなかった。
だが、車内の空気がほんの少し軽くなった、今はそれで構わない。
カガリの気が済むまで、少しずつ歩み寄れればそれでいいと思った。
エレカを運転しながら、アスランは屋敷に戻ってからの予定を考え始めた。
帰宅してからもカガリにはやるべき事が沢山あるとは思うが、ほんの少しだけ、
自分の為に時間を空けてもらえるだろうか。
ずっと沈んだままだった気分がゆっくりと浮上していくのを、アスランは確かに感じていた。
タイトル 「ひめごと」 R-18
07.10.28発行予定。A5 FCオフ 44P 400円。