「ストップ!車止めろ!」
信号が替わった為、動き出そうとしていたエレカが、カガリの声で停止する。
ハザードランプを点滅させて、運転手が何事かと後部座席を振り返ってきた。
「どうなさったのですか?カガリお嬢様……」
隣に座るマーナが怪訝そうな、しかし少し心配そうな声音で尋ねてくるが、
カガリの視線は一人の人物を捉えたままだった。
一日オフだった今日。
ずっとマーナに言われていたドレスの新調の為に店に出向いた。
本来ならば仕立て屋を屋敷に呼ぶのだが、こちらから出向くと言い張った為の外出だった。
ワガママを言えばマーナも諦めてくれるかも……という思惑は見事外れた。
その帰り道。
車のトランクに大量のドレスを積み込み、カガリはぐったりとした表情でシートに身体を預けていた。
赤信号の際に何気なく街の喧騒を眺めていると、
見間違える筈のない人物が、本人とは全く結びつかない店から出てきたのだ。
最初、カガリは眼を疑った。
もうすぐ夕食なのだが、今日だけは食事がすんなり喉を通るとは思えなかった。
しかもアスランと向かい合ってなど──今のカガリには拷問にも等しかった。
廊下の角を曲がると、開け放たれたドアの向こうにアスランが見える。
いつもの席に座り、何をするわけでもなく真っ直ぐ前を向き、カガリが来るのを待っている。
その姿を見れば、普段なら走って部屋に飛び込んでいくカガリなのだが、今日はそんな事出来ない。
無理だった。
一歩一歩、廊下を踏みしめるようにゆっくり、アスランの待つ部屋へ近付いていった。
ドアの前まで辿り着いてしまうと、流石にアスランもカガリに気付き、こちらを見て微笑した。
「遅かったな……今日は疲れただろう」
いつも通りのアスランなのに、カガリは妙な違和感を抱いた。
彼は私と接する時、ずっとこの綺麗な笑顔の下に別の感情を隠しているのだろうか……
「カガリ?」
じっとアスランを見つめたまま立ち尽くしているカガリに、再び声がかかる。
ハッとして視線を彷徨わせた後、カガリは何とか足を動かし、自分の席についた。
部屋はいつものように二人きり。
料理の追加を頼むか、緊急の用がない限り、ここは誰の邪魔も入らなくなる。
その状況が、今のカガリには苦痛だった。
普段より、フォークを持つ手が緩慢な動きになっているのは自覚していた。
アスランもそんなカガリに気付いているらしく、
食事を口に運びながら、ちらりとこちらを盗み見ているのがわかる。
間違いなく自分が作り出しているこの微妙な空気に、カガリはますます気を重くした。
「ドレス……どうだった?」
ほんの少しだけ、その場を和らげたのは、アスランの一言だった。
「へ……?」
何の事を言われているのか解らず、カガリは顔を上げてぼんやり発言した人物を見た。
そのアスランは苦笑を浮かべたまま言葉を付け足す。
「マーナさんとドレスを選びに行ったんだろう?気に入ったものはあったのか?」
そういえば……今日はそんな事もあったっけ、とカガリはその時の事を思い出し、顔に渋面を作った。
「気に入るも何も、判断できないさ。私は殆ど選んでないし。マーナが気に入ったものを手渡されて……」
色とりどりのドレスを分単位で何着も着せられたのだ。
こんな事なら意見の通らない閣議に出たほうがマシだと思える程だった。
「俺もカガリが“来るな”と言わなければ、一緒に行って見たかったな……」
悪戯っぽい表情で可笑しそうに笑うアスランを、カガリは仏頂面のまま凝視した。
こいつ、嘘つきだ。
どちらからともなく太陽に背を向けて戻ると、
キッチンにいたはずのラクスとアスランは子供達と一緒に居間にいた。
「おかえりなさい。まあ、あらあら……」
ラクスは椅子から立ち上がりながら、口元に手を当て、くすくす笑いはじめる。
他の子供達も同様に、カガリを、そしてキラを見ながら笑っていた。
「キラとカガリ、仲良しだね!」
子供の一人がそう叫ぶと、他の子供達と一緒に大声で笑いはじめる。
気付けば海からここに戻ってくるまでずっと手を繋いだままだった。
慌てて手を離そうとしたが、キラの手から一瞬力が伝わり、それは叶わなかった。
「あ……」
少しうろたえてキラを見ると、微かに微笑む瞳とぶつかった。
それからゆっくり放される、手と眼差し。
そのままキラは私の側からも離れ、子供達の輪の中へ入っていってしまった。
その背中を見送ってから、カガリは笑みと共に息を吐いて、ラクスとアスランに近寄っていった。
「ただいま」
「おかえりなさい。いい気分転換になったようですわね」
ラクスには笑顔で頷き、そのままアスランを見た。
こんな気分で彼を見つめるのは随分久しぶりな気がする。
「そろそろ、戻るか」
「……ああ」