カガリの声にならない声が聞こえた気がした。
それでも俺は指一本動かせずに目を細めて、カガリの姿を盗み見るように見つめていた。
久しぶりに見たカガリは本当に別人のようだった。
艶やかだった肌は削ぎ落ち、辺りが薄暗いのを考慮しても顔色の悪さは隠せない。
表情に覇気がないし、何よりあのらしくない発言──
殺せ、だって?
彼女の言葉じゃない。嘘だ。
俺の知っているカガリはそんな言葉、絶対吐かない。
銃をつきつけられても、刃を向けられても、最後の最後まで生を諦めたりしない。
つまり、これは、カガリじゃない。
カガリに化けた偽者は殺してしまえ。
そう自分に言い放つ俺ともう一人。
これはカガリだ。
あの自分を曲げない、まっすぐ前に向かって行くあのカガリが、酷く疲れた顔をして『殺せ』と── 殺してくれと懇願するのであれば──
俺が楽にしてやろう。
そう呟く俺がいた。
主張は全く違うが、結果は一致しているのだ。
ならば──
俺はジャケットで隠したホルスターからいつも持ち歩いている銃を取り出すと、 ゆっくりカガリへと銃口を向けた。
手に馴染んでいる筈の銃がやけに重い。俺は腕が震え出さないように力を篭める事で精一杯だった。
この後俺はどうするつもりなんだ?本当にトリガーを引くつもりなのか?
それは自分自身でも分からなかった。
「──後は引き金を引くだけだよ、アスランさん」
シンの声が震えているのは歓喜からなのか、それとも──その表情を確認する事は出来なかった。
俺は標的であるカガリから目が離せない。
カガリは──カガリと思しき少女は、瞳を逸らす事なく、じっと俺を、自分を狙う銃口を見つめていた。
その表情は穏やかで、でもやはりまっすぐで──
これはカガリだ。
そんな思いが俺の中にすとんと落ちてきた。
そう思い始めてしまうと、俺の指先はぴくりとも動かなくなってしまった。
必死で抑えていた体の震えが、腕に現れる。
でもそれを降ろす事もできなくて──
俺は何をやっている?お前が今銃を向けているのはカガリなんだぞ。
撃てもしないくせに。
いや、撃つ気など最初からないくせに、いつまで銃を構えているんだ。
早く──おろせ!
「どーしたのさ、アスランさん」
ため息混じりの声が耳に届く。
やはり俺は首さえ動かせず、まっすぐ、挑むように見つめてくるカガリから視線を外さない。
外せない。
「まさか今さら撃てない、とか言うんじゃないですよね?」
言い返せない。シンの言う通りだ。
俺には、このカガリを撃つ事などできない。
いや、どんなカガリでも、俺には殺せないのだと改めて気付いた。
「この女はあんたの事なんて好きじゃないんだよ?」
棘を持ったシンの言葉が胸に突き刺さった。
そしてカガリの表情は揺るぎない。
愛想をつかされているという事が真実だと告げるような、瞳。
そんな辛い宣告を受けているのに、逸らせない、眩い瞳。
カガリが俺を想ってくれなくても──それでも俺は……
「あんただって他に相手がいるだろう!?」
シンの苛立った大声に、カガリの瞳が広げられた。
しかしそう感じたのは一瞬で、また穏やかな、しかし燃えるような眼差しで俺を見返してくる。
『早く殺れ』
あの瞳はそう語っている。でも俺には──