幼馴染み〜はないちもんめ記念日〜



   ゾロ(八歳)は、近所に住むサンジ(八歳)と午後に市営プールへ行く約束をしていた。

   約束をした……と言うよりも、約束をさせられた……と言った方が正しい。

   ゾロの剣道の練習が今日は午前中に終わると聞いたサンジが、勝手にゾロの家から水着や、

    タオルを持ってきて、剣道場へ迎えに来てしまったからだった。

   サンジの強引さは出会った五歳の頃から変わっていない。

   バラティエというレストランが誕生した日に、サンジもゾロのいる街へやってきた。

    サンジの祖父であるぜフが、店のオーナーだったからだ。



   サンジは、その身勝手で横暴な性格のせいで、三年たった今でも友達がいない。

   ゾロも剣道ばかりしているので、ろくにクラスメートと友達づきあいをしていない。

   だから、サンジがゾロを誘う理由は、彼ならいつも予定が空いているのを知っているせいだった。

   そんなわけで、いつもサンジの都合で引きづりまわされるゾロは、良い迷惑だった。

   しかし、ゾロは一度した約束を破る事の出来ない性分だったので、いつもサンジに

    付き合ってしまう事になるのだ。



   そんなわけで、夏の日差しが降り注ぐ暑苦しい午後に、二人連れ立ってプールへ向かっていた。

   二人が近道の公園をつっきっていると、クラスメートの女の子たちに出会った。

   クラス委員長でリーダー格のナミと、その親友でお嬢様のビビ、そして2〜3人の少女が

    遊んでいる様子だった。ナミとビビの姿を見かけたサンジは、すかさず声をかけた。

   「ナミしゃ〜ん、ビビちゅわ〜ん、何してるの? 」

   サンジは、女を見ると必ず声をかけずにはいられない。

   ゾロは一種の病気だと思っていた。

   「あら、サンジ君、ゾロ。私達、遊んでいるんじゃなくて、宿題をやっているの。

    《 伝統の遊び 》を調べているところなの。 本で探してみたり、地区による違いを

    調査したりしているのよ。」

   「あ〜なるほど、社会科の課題ね。」

   ゾロもサンジもやっと思い出したが、確かにそんな宿題があったような気がする。

    二人ともすっかり忘れていた。

   ゾロは剣道の練習で忙しかったし、サンジも店の手伝いをしていたからだった。

   「今は 《 はないちもんめ 》 を検証中なんです。」

   ビビが丁寧な口調で説明してくれた。

    ナミは、二人の男の顔を眺めると、こんな事を言い出した。

   「ねえ、二人で手伝ってくれない? どうせ、宿題なんてやって無いんでしょ?

    手伝ってくれたら、研究の協力者として名前を載せてあげるわよ。

    宿題も終わるし、良いと思わない? 私達も人数が少なくて困る状況だったのよね。

    これから、実際に遊びを体験するつもりなんだけど。協力していかない? サンジ君。 」

   ナミはゾロではなく、サンジに聞いてきた。こういうところがナミのしっかりしたところだった。

   ゾロは人に利用されるのが大嫌いだからだ。

   この炎天下でやるのか、とゾロが文句を言う前に、サンジが即答してしまった。

   「え? ナミさんと一緒に? もちろん、やります! 

     嫌だな〜当たり前じゃ無いですかぁ。な、ゾロ! 」

   いつもの事だったので、ゾロは苦虫をかみ殺したような顔をしただけだった。

   プールに行こうと強引に誘ったのは、サンジだと言うのに、このザマだった。

   結局、ナミとサンジの強引さに負けて、ゾロも真夏の炎天下での 《 はないちもんめ 》 に

    混ざる事になってしまった。



   このゲームは敵と味方に別れて、仲間を奪い合うわけだが、最初から波乱含みだった。

   サンジはビビのチーム、ゾロはナミのチーム、と敵同士になった。

   しかし、この二人の男を使命する女性はいなかったのである。

   理由は、不機嫌なゾロの恐ろしい表情を見て、女子が誰も怖がって指名しないせい。

   そして、サンジと手をつなぐと、無意味に接触を計ろうとするので、嫌がられたためだった。

   結局、同じような女の子が行ったり来たりするだけで、あまりゲームが展開していない。

   ナミは、この二人を入れたのは失敗だった、と後悔していた。

   そのウチに、ビビとサンジは二人きりになってしまった。

   サンジはビビと大接近して大喜びだったが、ビビはかなり困った様子だったので、

    ナミは早速助け船を出す事にした。

   勝負事にやたら強かったナミは、また勝利し、指名権を獲得した。

   そして、ついに「サンジ君」と指名した。

   ナミに名前を呼ばれたサンジは、よほど嬉しかったらしく、まるでバレリーナのように身体を

    くねらせながらやってきた。

    《 喜びの舞 》 を踊っているらしいが、不気味なだけだった。

   ゾロは、サンジの頭は年中、春なのだと思っている。

   そんなご機嫌なサンジに対して、ナミはこんな指示を出した。

   「あ〜サンジ君は、端にいるゾロの隣ね。」

   ナミと手を繋ごうとしていたサンジは、その言葉で、塩をかけられたナメクジのように、

    みるみる萎れてしまった。 

   しかし、ナミの命令は絶対だったので、サンジは蜘蛛を見つけた時のような、

    嫌そうな顔をしてゾロのそばに近づくと、観念して手を繋いだ。

   普通、男同志では、ほとんど「手を繋ぐ」なんて出来事は起こらない。

   「うわ〜、何で、てめぇ〜と手を繋がないとならね〜んだよ! 」

   キレてわめくサンジに、ゾロも睨み返した。

   「テメェが、《 はないちもんめ 》 をやりてぇ〜って言ったからじゃね〜か! 」

   二人の男は、力強く手を握り合いながら、険悪に睨みあっていた。

   二人は 《 はないちもんめ 》 が、こんなに恐ろしいゲームとは、今まで考えた事も無かった。



   サンジはゾロの手を握りながら、不快指数が上昇するのを感じていた。

   ゾロの手は大きくて、ゴツゴツとやたら硬い。実に男らしい手をしていた。

   腕も、まだ八歳の癖に、少し筋肉なんかもついている。

   毎日、休まずに剣道の練習で鍛錬を積んでいるせいだが、サンジは悔しくてならない。

   サンジもこんな男らしい腕になりたかった。

   早く大きくなって、うんと料理がしたかったからだ。

   料理をする、と言う事は、筋力と体力をかなり使うのである。

   片手で振るフライパンも、生地を麺棒で伸ばす時も、ボールでクリームをあわ立てる時も、

    全身のバネと力とリズムが必要だった。

   まだ、小さかったサンジには、何一つ取ってもまともには出来なかった。

  ( くっそ〜、コイツには絶対に負けねぇ。俺だって、鍛えて凄い腕になってやるぜ! )

   そんな事を決意するサンジだった。



   一方、同じ時に、ゾロは全く違う理由で困惑していた。

   サンジの手は、男の癖に妙に柔らかくてスベスベしているのだ。

   今まで考えた事も無かったが、小さくてとにかく細い。

   指も手首も細く、自分の手の中にスッポリ入っている。

   サンジのデカイ態度とは大違いの、可愛らしい手だったのだ。

   ゾロは握っているうちに、手の平と背中に変な汗をかいてきた。

    身体がポッと火照るような、変な気分になってしまうのだ。

   さらに、至近距離でサンジと睨み合っていたので、すぐそばに、その白い顔がある。

    澄んだ綺麗な青い瞳を、サンジはゾロに真っ直ぐ向けていた。

   ゾロは何だか、サンジの顔から視線を背けてしまった。

   突然、恥ずかしくなってしまったのだ。

   ゾロは、この時、サンジに対して初めて 《 可愛い 》 なんて、奇妙な事を思ってしまった

    からだった。

   (そりゃ〜何なんだ? 何、怖い事を考えているんだよ。)

   自分でも不可解としか思えない感情に、ゾロはうろたえていた。

   ゾロは、その時からますますサンジが苦手になってしまったのだ。



    その日の 《 はないちもんめ 》 は、勝負師のナミの一人勝ちで終わり、お開きとなった。

    しかし、ゾロもサンジもゲームとは全く異なる事に気を取られてしまい、その日は、一日、

    不思議な気分にひたっていた。

   結局、プールにも行かずに、それぞれの家へと帰ってしまった。

   その日の《 はないちもんめ 》を二人は、ずっと後まで覚えていた。

   小さい頃の記憶は成長するにつれ、曖昧になる物なのだが。

   二人は十年以上経っても、しっかりと覚えていた。





   それは、熱い真夏の日の事だった。

   サンジはベッドの中で、ゆったりと煙草を吸っていた。

    先ほどまで、子供の頃の夢を見ていたらしい。

    今は、サンジも立派なコックになっていた。自分の努力で、夢を果たしたのだ。

   今日は仕事が久しぶりに休みだったので、のんびりと過ごす事ができる。

   クーラーの涼しい風に火照った身体を晒し、汗が引くのを待っている。

   身体がべたつくので、シャワーを浴びたい気もするが、だるくて、しばらくは動けそうも無い。

   サンジは全裸のままだったが、その身体中には、虫に刺されたような真っ赤な跡が残っていた。

   サンジはそれに気がついて、隣に寝ている 《 その虫 》 に足蹴りを入れた。

   「こういう事はやめろって言ってんだろ〜が、成長しねぇ〜マリモ頭だなぁ。」

   「いてぇぞ。何だよ、うるせぇなぁ。」

   隣でイビキをかいて寝ていたゾロも、さすがにサンジの蹴りは痛い様子でうめき声をあげた。

   安眠妨害されたのに怒ったのか、ゾロはサンジにタックルしてきた。

   「あ、あ、馬鹿。止めろよ! 煙草が! 煙草が! 」

   慌てているサンジから、煙草を取り上げると灰皿に投げ捨て、ゾロは空いたその唇に

    口づけをしてきた。

   サンジは、ソロにされるままに、あっと言う間に組みしかれていた。

   何年経っても、この男の腕力には勝てそうも無い。

   自分の身体をまさぐっている大きな硬い手の感触が心地良い。

   昔は大嫌いだったその男らしい腕が、今の自分には、とても大切になってしまったのだ。

   サンジは自分の下半身に、ゾロの他にもある 《 硬い男らしいモノ 》 がゴリゴリと

    当たる感触に気がついた。

   それは、ゾロの身体のサイズと一緒で、やはりサンジよりも遥かにビッグなシロモノだった。

   サンジは、今は、コチラを不快に感じていた。同じ男として、負けたくは無いのである。

   まあ、努力しても、ココは鍛えるわけにもいかないので仕方が無い話なのだが。

   おまけに、このサイズはサンジにはかなり厳しいのだ。

   最初に抱かれた時は、本当に死ぬかと思った。

   それも、頑張って努力したよな〜なんて、サンジは思っていた。

   「お前なぁ、またかよ? 信じられねぇ。どうなってんだよ? 

    お前の大砲は何連発可能なんだ? 昨日から何回やれば、気が済むんだよ? 」

   元気の良い息子に呆れているサンジに、ゾロも言葉を返した。

   「うるせぇ〜な。それは、お前が……。」

   可愛いから仕方無いじゃねぇ〜か、と言う言葉は恥ずかしいので飲み込んだ。

   その言葉は今まで一度もサンジには言った事が無い。

   恐ろしいので、八歳のあの夏の日から、ゾロが封印している言葉だからだ。

   男が男に言うような言葉じゃねえ〜と、ゾロは今でも思っていた。

   だから、変わりに、またサンジの唇を奪い、細い滑らかな身体を、ゾロは強く抱き締めた。


                             幼馴染み〜はないちもんめ記念日〜  了


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