欲望の果て その4 「暖かな気持ち」



   マスタング大佐が、シャワーを浴びて室内に戻ってくると、エドワード・エルリックは、

   まだベッドに寝転んで怒っている最中だった。


  「最低だよな、アンタ。中出しなんか、普通するかよ? 」

   彼は、必死でティッシュで身体を拭っていた。

   この少年は、風呂が大嫌いなのだ。

   理由としては、入浴前後の機械鎧の手入れが大変だから。そういう理由らしい。


  「いくら何でも、拭いただけじゃ無理だろう? 」

   大佐が、そう言って、シャワーを勧めると、エドワードは顔を真っ赤にして怒鳴りたてた。


  「それになぁ。痛いんだよ! アンタ、加減も出来ないのかよ? 

   縛られた腕は痺れているし、腰もジンジンするし、最低だっつ〜の! 」

   散々、文句を言いながら、それでも一向に、部屋を出ていかないエドワードの姿に、

   大佐は、この辺りでやっと理由に気がついた。


   「まさかと思うが……動けないのか? 快楽のあまり腰が抜ける、そういう事も

    あるらしいが……。」


  「ぎゃあ〜、快楽のあまり……とか言うなよ。馬鹿野郎! この変態、むっつりスケベッ! 」

   人のベッドで大騒ぎしているエドワードを無視すると、デスクに設置されている電話機を

   取り上げ、大佐はどこかへ内線電話をしていた。

   その十分後、仮眠室にかけつけた者が誰かを知って、エドワード・エルリックは、

   卒倒しそうになった。


   「あのぉ。ここに、兄サンがいると聞いたのですけど? 大丈夫でしょうか? 

    どこか具合が悪いのでしょうか? 」

   インターフォン越しに、そんなアルフォンス・エルリックの声が響いていた。


   「ああ、アルフォンス君か。お兄さんが、私の仮眠室で眠ってしまってね。

    疲れているようだから、君を迎えに呼んだんだよ。このまま、部屋に連れて

    帰ってくれると、ありがたい。私は、これから仕事があるのでね。」

   二人のヤリトリを、ベッドの上で聞きながら、赤くなったり、青くなったりしている

   エドワードへ視線を向けると、大佐は、こんな事を言った。


   「さあ、早く寝たフリでもするんだな。残り三秒で、君の大好きな弟君が、この部屋に

    やってくるぞ。」


   「てめぇ〜、いつか絶対にぶっ殺す! 」

    そう言って、エドワードはベッドへ寝転ぶと、イビキをかき始めた。

    下手な演技だったが、仕方が無い。

    大佐は、微笑むと、仮眠室の扉の鍵を外すのだった。


   兄のエドワードを腕に抱きながら、アルフォンス・エルリックは、廊下をゆっくりと

   歩いていた。兄が本当に眠っていると思っているのか、起こさないように静かに

   歩いている様子だった。

   その横を一緒に歩きながら、ロイ・マスタングは、その兄弟の姿を微笑ましく思っていた。

   ずっと、こうやって、二人で一緒に生きてきたのだろう。

   一人ではなく、時間や空間を一緒に共有できる相手がいる。

   それは、とても幸せな事なのだと、大佐も良く知っていた。

   自分にも、昔は、そんな相手がいたのだ。

   久しぶりに、かつての思い人の姿を思い出してしまい、大佐は、切ない気分になっていた。


  「あの、大佐。お話があるんですが……。」

   小さな声で、そう切り出したアルフォンスの言葉に、マスタング大佐は我に返った。

   慌てて、彼に聞き返すと、こんな事を言ったのだった。


   「兄さん、疲れているんじゃ無いでしょうか? 今まで、こんな事は無かったんです。

    僕は、国家錬金術師じゃ無いから、仕事の細かい話は、知らない事が多いんです。

    でも、最近の仕事は、怖い物が多くて……。数日前も、兄サン、大怪我を

    しているんです。 やっと、病院での治療が終わったばかりなのに、ちっとも

    静かに休んでくれないから……。」

   この鎧の姿をした弟は、涙を流す事ができなかった。しかし、彼の震えたような細い声は、

   悲しみを感じているのだと大佐には理解できた。


   「だから、兄さんを少しだけ、お休みさせる事は出来ないでしょうか? 

    せめて、身体の調子が治るまでの期間で良いんです。」

   マスタング大佐は、微笑むと、有給休暇の申請をすれば、国家錬金術師でも、

   休暇くらい取れるのだと教えてあげた。

   確かに、エルリック兄弟は、今まで働きすぎた。

   アルフォンスは、大佐の返事を聞くと、嬉しそうにこう言った。


   「それなら、良かったです。僕、思うんですけど。こういう時、鎧の身体で良かったな〜

   なんて思います。」

   不思議なアルフォンスの言い分に、大佐が首をかしげると、さらに彼はこう続けた。


   「僕は、どんなに働いても疲れないし、夜も眠くならない。怪我をする事もありません。

   だから、いつだって、兄サンのそばで助けてあげられるでしょ? 

   こうやって、兄サンが眠っている時に、部屋へ運んであげる事もできますから。」

   そう言いながら、やさしく両手で兄の身体を抱きしめているアルフォンスの姿に大佐は

   目を見張った。

   自分の身体の事よりも、兄の調子を心配している姿に、大佐は驚いてしまったのだ。

   本当に優しい少年なのだと思った。


   そして、意志の強い子だった。

   彼の腕の中にいるエドワードの眼に、うっすらと涙が滲んでいる事に、大佐は気が

   ついていたが、それには触れずに、彼らの部屋の前で別れた。


   この二人の未来が、幸福である事を祈りたい。



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