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  嬉しい様子の弟の姿を見ながら、エドワードも微笑むと、また、書物の文面に目を落とす。

  エドワードは、<髪を切るのが面倒臭い>と弟には、答えた。

  しかし、実際には、<髪を切りたく無い>のだった。

  エドワードの髪は、あの悲しい事件の時から、伸ばしたままだった。自分の左足と、

  たった一人きりの大切な弟の身体を失ってしまった、あの日。

  何とか、自分の右手との等価交換で弟の魂を鎧へと練成した。しかし、弟のアルフォンスは、

  あの日から、ずっと十一歳のままなのだ。

  鎧の身体は、決して、年を取る事は無い。

  逆に、毎日、少しずつ伸びてゆく自分の髪。

  それは、弟が経験するはずだった、大切な時間の長さと同じなのだ。

  毎日、伸び続ける髪を見るたびに、弟の身の上を思う。

  これも、自分に対する戒めなのだ。

  「アル、でもな。いつか必ず髪を切るよ。絶対に。」

  エドワードは、そう小さな声でつぶやくと、書物のページをめくる手にも力を入れた。

  背後にいるアルフォンスには、聞こえなかったようだ。髪が乾いたのを確かめるように、

  優しい手つきで兄の頭を撫でている。


  決して、諦める事無く、必ず、弟を元の姿に戻す。

  もし、エドワードが髪を短くする日が来るとしたら。

  それは、弟が生身の身体で、また時を刻むようになってからだ。

  そう、エドワードはいつも思っている。




                                       兄の濡れた髪 了





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