2ページ目/全2ページ 嬉しい様子の弟の姿を見ながら、エドワードも微笑むと、また、書物の文面に目を落とす。 エドワードは、<髪を切るのが面倒臭い>と弟には、答えた。 しかし、実際には、<髪を切りたく無い>のだった。 エドワードの髪は、あの悲しい事件の時から、伸ばしたままだった。自分の左足と、 たった一人きりの大切な弟の身体を失ってしまった、あの日。 何とか、自分の右手との等価交換で弟の魂を鎧へと練成した。しかし、弟のアルフォンスは、 あの日から、ずっと十一歳のままなのだ。 鎧の身体は、決して、年を取る事は無い。 逆に、毎日、少しずつ伸びてゆく自分の髪。 それは、弟が経験するはずだった、大切な時間の長さと同じなのだ。 毎日、伸び続ける髪を見るたびに、弟の身の上を思う。 これも、自分に対する戒めなのだ。 「アル、でもな。いつか必ず髪を切るよ。絶対に。」 エドワードは、そう小さな声でつぶやくと、書物のページをめくる手にも力を入れた。 背後にいるアルフォンスには、聞こえなかったようだ。髪が乾いたのを確かめるように、 優しい手つきで兄の頭を撫でている。 決して、諦める事無く、必ず、弟を元の姿に戻す。 もし、エドワードが髪を短くする日が来るとしたら。 それは、弟が生身の身体で、また時を刻むようになってからだ。 そう、エドワードはいつも思っている。 兄の濡れた髪 了 ![]() 小説目次へ戻る ![]() |