エドワードの秘密・後日談 〜謎の練成物質〜 エルリック兄弟は、また東方司令部の資料室で調べ物をしていた。 国家錬金術師の仕事に協力する事は、軍部の大切な仕事の一つである。 そのため、今回も快く、軍部では、エルリック兄弟の宿泊用に一室と、資料室の鍵を渡していた。 「兄さん、今回は何の調べものなんですか?」 アルフォンスは、何度か兄にそう聞いてみたが、必死の形相で資料をひっくり返しているエドワードは、 その質問には、はっきりとは答えてくれなかった。 「別に、完成すりゃ〜わかる事だからな。」 そう言って、エドワードは、また資料の山の中へと突入していった。 兄は、もう3日間も資料室に閉じこもっている。 アルフォンスは、ただ兄に言われるまま、メモを取ったり、資料の山を片付けたりしている。 今日こそは、兄の欲しい資料が見つかると良いな〜なんて考えながら、アルフォンスは黙々と 兄の作業を手伝っていた。 いつでも、どこでも、どんな時でも、とにかく兄思いの素晴らしい弟だった。 1時間ほど経過し、「よし、これだ!」とエドワードは叫ぶと、資料の山を押しのけて外へ現れた。 その顔には満面の笑みが浮かび、駆け寄ってきたアルフォンスへある紙切れを渡した。 そこには、こんな事が書いてあった。 水、炭素、窒素、リン、カリウム、塩分、砂糖、片手鍋・・・など。 「兄さん、コレは、錬金術の材料なんだね。書いてある物を全部そろえれば良いの?」 アルフォンスがメモをみながら、そう訊ねると、エドワードは満足そうに力強く言った。 「ああ、全部そろったら、さっそく練成するぞ。」 嬉しそうな兄の様子に、アルフォンスも自然に笑顔がこぼれてしまう。 兄が幸せなら、アルフォンスも幸せな気分になれる。兄は、やはり笑っている方が良いな〜なんて 思いながら、アルフォンスも満ち足りた気持ちになってしまった。 兄弟は、二人でにこやかに微笑みながら、練成への準備へと入った。 エドワードは、そろった材料を前に神妙な面持ちで立っている。 全ての材料が良く混ぜ合わされ、片手鍋の中へと納められていた。 「そして、これが、今回の練成の最大のキーポイントだ!」 そう叫ぶと、エドワードは、<お徳用1.5リットル>と書かれた紙パックを取り出した。その頭を開くと、 中に入っている真っ白な液体を、片手鍋にドボドボとと注いだ。 そして、両手をパシリと合わせる。 あっと言う間に四方が白い光に包まれる。 練成が始まったのだ。 アルフォンスは、兄が何を練成するのか緊張しながら、、その光景を静かに見守っていた。 数分後。 「よし、出来たぞ。アル、見てくれ!」 エドワードは嬉しそうに、片手鍋の中を指さした。 アルフォンスが近寄って覗いてみると、中には薄いクリーム色のドロドロした液体が入っていた。 「こ、これは何なの? 兄さん?」 アルフォンスは、臭覚などの五感は全て失っている。 だから、五感では、目の前の物体が、何の物質なのかを推し量る事はできない。 しかし、昔、生身の人間だった頃の記憶は鎧にきちんと残っている。 その記憶を呼び起こす限り、その液体は何度も見た事があるような気がする。 (確か、これは死んだ母サンの得意だった・・・? 兄サンの大好物の? ) 兄は、不思議そうな顔をしている弟へ、自慢そうに胸を張って答えた。 「俺はなぁ。牛乳だけは絶対に飲めない! 死んでも無理だ! あんな牛の乳が食べ物だとは、俺は絶対に認めない! でも、好き嫌いはマズイだろ? そんなワケで、<牛乳の味のしない牛乳>の練成を試みた! 牛乳を全く別のモノに作り変えたんだ。それは究極の<好き嫌い改善方法>だと思わないか? ちなみにコレは<シチュー味の牛乳>だ! どうだ、うまそうだろ!」 腰に手を当て、ワハハ・・と高らかに笑う兄の後ろ姿を見ながら、 アルフォンスは一人、眩暈を覚えていた。 (兄さん。<牛乳の味のしない牛乳>なんて、すでに牛乳じゃ無いんじゃないの? たぶん、目の前のそれは・・・完全に<シチュー>だよ。) エドワードは頭を抱えて悩んでいる弟の姿には、気がつく事もなく、さらに歓喜の声を上げていた。 「もう、牛乳なんて怖くないぞ! ワハハ、敗れたり牛乳! 明日から、俺も、ビックな大人の仲間入りだぜ!」 片手鍋の牛乳・・・もとい、練成されたシチューをゴキュゴキュと一気に飲み干したエドワードは、 とても満ち足りた表情をしていた。 きっと、自分が明日には<190センチの高身長>になっている姿でも、 思い浮かべているのだろうと、アルフォンスは思っていた。 伊達に、生まれた時から付き合っているのでは無い。 そんな妄想にふけって悦に浸る兄を見ながら、アルフォンスはさらにこんな事も思っていた。 (兄さん、シチューを普通に台所で作った方が、練成するよりもきっと速いと思うよ。 料理の本なら、いくらでも街の図書館に置いてあったのに・・・。) アルフォンスは、この3日間の資料室での研究があまりにも無意味だった事に、 すぐ気がついたが、有頂天になっている兄が不憫で、なかなか言い出す事ができなかった。 結局、兄に言われるまま、<チーズ><ヨーグルト><アイスクリーム> <ミルクキャンディ>の練成まで全て手伝ってしまったのだ。 東方司令部は、その日一日中、まったりとした美味しそうな香で溢れていた。 後日、東方司令部の近所では<酪農製品の特売>が開かれた。 その安さと味が街の話題となり、大盛況のうちに幕を閉じた。 しかしながら、その製品がドコから仕入れられ、材料が何であるかを知る人は誰もいない。 何度か、司令部にも「どこの酪農家の方ですか? 美味しいので分けて欲しいのですが?」と 言う問い合わせがあったが、軍部では一切ノーコメントで押し通した。 それは、材料と作成方法を知らない方が、街の人も幸せだろう、と言う軍部の配慮からだった。 その後、司令部の廊下には、こんな張り紙を多く見かけるようになる。 <食べ物を粗末にするな!> <計画性の無い練成はやめよう!> <食べ物の司令部内の持ち込みは、弁当のみ! ただし、出前は大佐の許可を得れば良し!> <料理は、自分の家でやれ!> <こぼれた牛乳は雑巾で拭くな!(臭いから!)> などなど。 エルリック兄弟が、東方司令部を去るまで、その張り紙が取られる事は無かった。 鋼の錬金術師小説目次へ戻る |