<1>エドワードの秘密



  東方司令部にエルリック兄弟が宿泊に訪れていた。
 
  司令部の資料室で、調べ物をしたいと言う申し出だった。

  国家錬金術師の仕事には、協力する事も軍部の大切な仕事だったため、マスタング大佐は、

  彼らに軍部の一室を貸し、資料室の鍵も渡していた。



  しかし、その日の晩の事、当直中だったホークアイ中尉の下へ、アルフォンス・エルリックが現れた。

  兄と違って一般市民である彼は、大きな鎧の姿とは対照的に、

  少しおどおどした様子で中尉に話しかけてきた。

  「すみません。コチラに兄さんは来ていないでしょうか?」

  「来ていないけれど、どうしたのかしら?」

  資料整理中だった中尉は、作業の手を止めずに聞き返してきた。

  深夜だと言うのに、昼間と少しも変化なく疲れた表情も見せない。

  その姿は、仕事熱心な彼女らしい。

  一方、部屋のすみでイスに座り、ぼんやりと眠そうなハボック少尉は、その二人のやりとりを

  見ながら、新しい煙草を一本取り出して火をつけていた。

  彼も同じく当直中だが、深夜の見回りから帰り、休憩している最中だった。

  まあ、休憩でなくても、年中、煙草を吸っている男であったのだが。

  とにかく二人に、アルフォンスはこんな説明をした。

  資料の閲覧が終わり、兄のエドワードと部屋へ帰ろうとした。

  しかし、兄は途中で何か忘れ物を思い出した様子で戻っていった。

  それから、もう1時間は経つのに帰ってこない。

  心配して、アルフォンスは資料室にも行ってみたが、誰もいない様子だった。

  ・・・と、簡単に言うと、こうなるらしい。



  「あ〜、迷子か?」

  面白そうにそう言って、咥え煙草で笑うハポック少尉に、アルフォンスは慌てて答えた。

  「いくら何でも無いですよ〜そんな事! 

  兄さんが、どんなに小さくて可愛いって言っても。もう15歳ですから!」

  兄貴に可愛いとか、チビとか言うなよ〜弟。と、ハポックは思ったが言葉には出さなかった。

  「なら、誘拐か?」

  やはり面白そうに言うハポック少尉に、今度はホークアイ中尉が返してきた。

  「東方司令部の誰がそんな事をするんです? 中央司令部じゃあるまいし。

   ここには、ヒューズ中佐はいないんですから! 」

  きっぱりと言いきる中尉だった。

  ヒューズ中佐は誘拐犯扱いか?と、ツッコミたいハポックだったが、仕事中のホークアイ中尉の

  邪魔をすると後が怖いので、やはり言葉にはしなかった。

  「とにかく、何か面倒に巻き込まれたのなら、私達の責任にもなりますから。

  一緒に探しましょう。少尉はアルフォンス君と探してください。私は、大佐にお伝えしてきますね。」

  そう言って、仕事を中断すると、ホークアイ中尉は、足早に部屋を出て行く。

  それを見送りつつ、何となく奇妙な事にハポックは気がついた。

  「って、ちょっと待て。探すのは俺だけなのか? 」

  中尉を追いかけようとしたが、すでに、その姿は廊下のどこにも見えなくなっていた。

  「わ〜ん、少尉、お願いします! 兄さんを探してください!」

  自分の腰に追いすがる鎧の重量に耐えながら、ハポックは、自分のクジ運の悪さを、

  今日もやっぱり呪わずにはいられなかった。



   アルフォンスと、ハポックが、東方司令部の中を奔走し、疲労していた頃。

   と、言っても。疲労したのは、生身のハポックだけだったのだが。

  一方、ホークアイ中尉は、マスタング大佐の部屋の前で、眉間に皺を寄せて悩んでいた。

  大佐が寝泊りに使っている一室は、他の軍人達の寮とは異なり、独立した作りになっている。

  その部屋の中に、行方不明であるはずの、エドワード・エルリックもいたのだった。

  それも大佐のベッドの中で、上半身裸のまま寝そべっている。

  「大佐、これは何なんでしょうか?」

  厳しい視線を自分に向けてくる部下に対して、大佐も真剣な視線をそのまま返していた。

  しばし、部下と上司は見つめ合う。

  「中尉。君は、何か勘違いをしているみたいだが。これは……」

  大佐が説明する前に、その鼻先で扉をバタリと閉めると、中尉は風のように去っていった。

  「こら! ちょっと待て! 誤解するな! 」

  扉を開けて追いかけようとしたが、すでに、その姿は消えうせていた。



  仕方なく、大佐は室内に戻ると、エドワードへ大声でこう指示した。

  「お前も、自分の部屋へとっとと帰れ! 」

  エドワードは、むくれたように頬を膨らませると、大佐のベッドにしがみつき、負けずに大声で叫んだ。

  「教えてくれるまで、絶対に帰らないからな! 」

  しばらく押し問答した後で、大佐も思わず絶叫してしまった。

  「馬鹿者なのか、お前は?! 身長の伸ばし方なんか、俺が知るか! 」

  いつも冷静な彼が、そんなふうに叫ぶのは珍しい事だろう。



  エドワードは、ドミニクに<身長が伸びないのは、金属鎧のせいかもしれない>と言われたのだ。

  そのため、他にも同じような事例があるのか、資料室で探していた。

  しかし、なかなか結論が出ないため、同じく錬金術師の大佐に聞きにきたのだった。

  大佐は、雨の日に無能であっても。

  東方司令部では、一番腕のたつ錬金術師だ。

  おまけに、軍部の情報にも精通している。

  きっと何か知っているに違いない。

  「意地悪だな〜大佐。そんなに、自分ばっかり大きくなりたいのか! 」

  「何で、私が大きくなる必要があるんだ! 」

  うるさく食い下がってくるエドワードに、大佐は早く追い返そうと、彼の金属鎧の腕と足を調べていたのだ。

  ベッドにエドワードが寝ていたのは、それだけなのだが。

  どうも、ホークアイ中尉は、違う事を考えた様子である。

  その考えは、きっと好ましく無いものだろう、と大佐は予想していた。



  結局、エドワードの身体を調べた結果、大佐にも詳しい事は良くわからなかった。

  「確かに、金属鎧のために、成長を抑制される場合もあるかもしれん。

   しかし、他の後天的要素や本人の体質もあるから、何とも言えないな。」

  それから、大佐はエドワードを見て二ヤリと笑うと、こんな事を言った。

  「昔の君の写真を見た事がある。君は、昔から。弟君よりも、小さかったような

   ……そんな気がするが。気のせいか? 」

  大佐のそんな言葉に、「うわ〜ん、大佐の馬鹿野郎!」 とそう叫びながら、エドワードは部屋を

  飛び出していった。

  半裸のままだった。

  東方司令部の廊下を、そのままの姿で駆け抜けてゆく。

  (風紀上、大変宜しくない!)とも。 (鍛えているせいか、足は速いな)とも。

  大佐は思いながら、手を振って穏やかに見送った。

  豆台風が去っていった後で、大佐は、次はどうホークアイ中尉に説明したら良いのか悩むのだった。

  大佐は、とても忙しい。

  仕事以外にも、多くの悩み事を抱えているのである。


  一夜明け、昼間の勤務者が出勤してきた東方司令部では、不思議な空気が蔓延していた。

  「趣味はお好きにどうぞ。でも、上層部にはバレないようにしてくださいね。」

  イスに座り、銃器の手入れをしているリザ・ホークアイ中尉は、大佐にそう言葉をかけた。

  その顔は無表情で、何を考えているのかわからない。

  しかし、部下達は全員、部屋の温度がやたら低いような気がしていた。

  「いくら私でも男の子とデートする趣味は無い! 」

  と答えたのは、今だに疑われているマスタング大佐だった。

  ハポック少尉は当直明けで、申し送りを済ませたら帰宅する予定だった。

  眠けであまり回らない頭で二人の会話を聞いていた。

  「あ〜? 良いんじゃ無いですか? 

  さすがに大佐も男相手では隠し子も作れないワケなんだし……。」

  ハポック少尉は思った事を、うっかり言葉に出してしまい、ホークアイ中尉に鋭く睨まれてしまった。

  彼女が銃を手入れ中で、本当に良かったと、ハポック少尉は冷汗を流してしまった。

  昨晩、3時間も司令部内を走り回っていたハポックの脳は、すでに完全に腐りきっていたのだ。



  「誤報でも、噂話でも。どういう事であっても、油断はいけません。

  もし、今回の事を上層部のあの方に知られたら、どうなると思いますか? 」

  そんなホークアイ中尉の忠告で、マスタング大佐の頭の中に浮かんだのは、左目に眼帯をした

  軍部の最高権力者が、大口開けて笑っている姿だった。

  確かに、あの男が知った場合、間違い無く。

  「面白がって、遊びにくるな……絶対に。」

  ひ〜それだけは嫌だ〜!と、司令部の部下達は全員が絶叫していた。

  キング・ブラッドレイ大総統の性格ならば、<焔と鋼がデキている>と言う噂話を、

  おもしろ可笑しく脚色して、広めて歩くのに違い無かった。

  できれば、あの男を早く亡き者にして、自分が大総統まで出世したい。

  そんな事を思う、ロイ・マスタング大佐であった。



  「兄さん、やっぱり、東方司令部は良いですよね。みなさん、親切だから。」

  今日も資料室で本を読み漁るエルリック兄弟の姿があった。

  昨晩、遅くなって兄・エドワードが帰ってきた。

  何だか、少し悲しそうな兄の様子に、アルフォンスの心は痛んだが、理由を聞こうとは思わなかった。

  兄が言いたく無い事なら、無理に聞く必要も無いと思う。

  アルフォンスは、実に良くできた、兄思いの弟だった。

  そんな明るく元気な弟と違い、兄のエドワードは憔悴しきった表情をしていた。

  「……やはり最終手段は、もう牛乳しか無いんだろうか?」

  大嫌いな牛の白い汁を頭に思い浮かべて、思わず吐き気が込み上げる。

  彼はもう15歳だが、この先も<チビで可愛いまま>に違いなかった。



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