J.M.ケインズの『有効需要の原理』とM.フリードマンの『マネタリズム』

ジョン・メイナード・ケインズのマクロ経済学と有効需要の原理
ミルトン・フリードマンのマネタリズム

ジョン・メイナード・ケインズのマクロ経済学と有効需要の原理

ジョン・メイナード・ケインズ(John Maynard Keynes, 1883-1946)は、新古典派経済学(市場主義経済)を理論的に批判する『ケインズ革命』を巻き起こした著名なイギリスの経済学者であり、マクロ経済学の発明者としても知られています。19世紀後半に発達した主流の『新古典派経済学(Neo-Classical Economics)』は、政府が干渉しない自由市場の競争原理(市場メカニズム)を重視する学派であり、市場価格を通した需給調整機能によって財・資源の最適配分が実現されると考えました。この新古典派に対して、J.M.ケインズは『市場メカニズムの不完全性』を指摘し、十分な生産能力を持つ企業間の理想的な完全競争下でも失業・不況の問題は起こると主張しました。

新古典派経済学は、『政府(政治)の自由経済への干渉』を排除しようとするアダム・スミス(1723-1790)の古典派経済学やウィリアム・スタンレー・ジェヴォンズ、カール・メンガー、レオン・ワルラスの『限界革命(財の消費増大による効用増加には限界があるという発見)』を経由して誕生した学派です。新古典派の代表はケンブリッジ学派のA.マーシャル(1842-1924)ですが、マーシャルやケインズの死後には、『マネタリズム』の市場原理主義的な経済理論で『新保守主義』のレーガン政権やサッチャー政権に影響を与えたミルトン・フリードマン(1912-2006)が新古典派の代表格となりました。新古典派経済学ではケインズが推進した『政府の財政政策・金融政策』を否定的に評価して、自由市場の競争原理・価格調整(市場メカニズム)によって経済活動が効率的に運営されると考えます。新古典派の理論は、市場均衡(需給の均衡)が必ず成り立つとする『ミクロ経済学』をモデルにしているので、『完全雇用・完全競争』という現実には有り得ない状況が想定されています。

『雇用・利子および貨幣の一般理論(1936年)』で呈示されたケインズ経済学の革命的要素は、供給が需要を決定するという古典派の『セイの法則』を否定したことにあり、需要が供給を決定するという『有効需要の原理』を確立しました。有効需要というのは貨幣を支払って満たされる需要のことであり、ケインズの構築したマクロ経済学では『消費・投資・政府支出・純輸出の総和』とされます。公共事業・公共投資の経済効果を認める『ケインズ経済学』では、政府が経済政策で財政支出をすることによって雇用・景気を回復させることができると考えます。有効需要の原理によって、新古典派のモデルで想定されていない『失業の問題(雇用の需給ギャップ)』を説明することが出来るようになりましたが、新古典派は政府の財政政策・金融政策は民間投資や財政赤字に転嫁されるだけで長期的な経済効果(雇用創出・景気回復)は無いとしています。

マクロ経済学の目的は『将来の経済状況(景気変動,デフレ,インフレ,バブル)の予測』『有効な経済政策(政府の財政・金融政策)の実行のための理論構築』ですが、ケインズは政府の『総需要管理政策(有効需要管理政策)』によって失業を減らし不況を克服できるとしました。マクロ経済学(ケインズ経済学)は、自由放任の競争原理(市場原理)に経済活動を任せておくだけでは、『失業問題・景気悪化・格差拡大(購買力低下)』を改善することは難しいという前提に立ちます。そのため、『財政政策(消費・雇用拡大のための減税・公共事業)』『金融政策(投資・貯蓄均衡のための金利調整)』によって総需要管理政策を実行することになります。

ミクロ経済学の市場で景気変動が存在しないのは、市場では供給が需要を生み出し、売れない商品でも値下げし続ければ何処かで必ず売れる(需要と均衡する)という『セイの法則』が考えられていたからですが、ケインズは『超過供給を価格調整だけで解消することはできない』としました。即ち、『生産した商品・サービスのすべてが、価格を引き下げていけば売れる』という供給が需要を生み出すセイの法則は成り立たないということであり、『価格調整による均衡』から『数量調整による均衡』へと発想が転換したわけです。これは雇用する企業と労働者の関係においても成り立ち、労働者の賃金をどんどん低くしていけば必ず何かの雇用(仕事)が得られるという『完全雇用の前提』もケインズは否定しました。

景気後退局面の不景気では雇用の需要が減少して、賃金を引き下げても十分な雇用が創出されないケースがあるので、ケインズは必要に応じて失業者の雇用創出のために政府が『公共事業・公共投資』を実施すべきだと主張しました。ケインズは失業率を低い水準で保ち好景気の状態を維持するには、政府による適切な市場介入(総需要管理政策)が必要だとしましたが、著書『雇用・利子および貨幣の一般理論』で重要なポイントになる経済認識は『国民経済の生産力は、単純な供給能力(生産能力)ではなく総有効需要(貨幣・購買力が伴う需要の総和)によって決定される』ということです。

ケインズ経済学(マクロ経済学の原点)は『修正資本主義』とも呼ばれますが、それは自由放任の市場原理(純粋な資本主義)が内在する不況・失業などの諸問題を解決するために、『政府の経済政策(総需要管理政策)』を用いて積極的に介入しようとするからです。マクロ経済学の理論体系の骨格を築いたジョン・メイナード・ケインズ(John Maynard Keynes,1883-1946)は、20世紀最大の経済学者と言われています。

ミルトン・フリードマンのマネタリズム

ミルトン・フリードマン(Milton Friedman, 1912年7月31日 - 2006年11月16日)は市場メカニズムを重視する新古典派・マネタリストの代表的な経済学者であり、ケインジアン(ケインズ経済学者)が主張する景気調整のための『財政政策(公共事業)の有効性』を強く否定しました。ミルトン・フリードマンの理論は、財政支出・公共投資の少ない『小さな政府』を志向したアメリカの『レーガノミクス(レーガン政権)』やイギリスの『サッチャリズム(サッチャー政権)』の理論的支柱となりましたが、社会福祉や医療保険の切り捨てや経済格差の拡大などの弊害が指摘されることもあります。現代では新自由主義に分類されるM.フリードマンは、政府による規制と社会福祉(財の再分配)がない『自由主義経済(古典的な自由放任の市場)』こそが最も効率的な財の配分を実現するとしました。

しかし、2008年〜2009年にかけて十分な規制緩和が進んでいたアメリカ金融資本主義が、サブプライムローンの破綻をきっかけにして機能麻痺に陥り、世界的な金融危機が拡大する事態が起こりました。規制の少ない自由主義経済のグローバル化のプロセスにおいて『世界同時不況』が起こったことにより、自由競争(競争原理)と規制緩和、法人税の減税などを重視する『新自由主義経済(市場原理主義的な経済運営)』の有効性が疑われ始めていますが、M.フリードマンの自由市場主義は今でも理論的な説得力を保持しています。M.フリードマンは自由市場のメカニズムを重視する『シカゴ学派』のリーダーであり、『貨幣供給量の調整』によって経済活動を安定させられるというマネタリズムの理論を唱導しました。M.フリードマンは『消費分析・金融史・金融理論の分野における業績と、安定化政策の複雑性の実証』の受賞理由によって、1976年にノーベル経済学賞を受賞しています。

マネタリズムの原型である古典派経済学の『貨幣数量説』はケインズによっていったん否定されましたが、M.フリードマンは“貨幣供給量(マネーサプライ)”によって物価や名目所得が変動するという『マネタリズム(monetarism)』を再び提唱してインフレ分析の理論的道具に応用しました。M.フリードマンは、人間の経済行動は長期期待所得(恒常所得)によって決定されるという『恒常所得仮説』に基づいて、貨幣供給量によって名目所得をコントロールできるとするマネタリズムの有効性を主張しました。マネタリズムを肯定する経済学者を『マネタリスト(monetarist)』と呼びますが、マネタリストは市場原理の遵守と財政均衡(プライマリーバランス)によって経済活動を制御できると考えました。経済成長率に対応した『通貨供給量の調整』を中央銀行・米国のFRBが適切に行えば、景気の変動を最小限に抑えて『完全雇用』を実現できるのであり、インフレも恐慌もその根本的原因は『マネーサプライの過剰・不足』にあると断言しました。

マネタリズムの立場では、景気対策として政府が財政出動(経済政策)を行うことは好ましくなく、政府は経済成長率に合わせて貨幣供給量を一定のルールに基づいて増やせば良いということになりますが、そこには『市場メカニズムに対する無条件の信頼』『政府の市場介入に対する徹底的な拒絶』がありました。マネタリズムは1980年代の新保守主義の台頭の時代に、レーガノミクスやサッチャリズムと共に隆盛しました。しかし、その後に貨幣供給量の調整(マネーサプライ)だけではインフレ・デフレをコントロールできないことや『貨幣供給』と『名目GDP』の相関が一定ではないことが明らかとなり、現在では『マネタリズムの政策(規制や財政出動・金融政策をせずに貨幣供給量の調整だけで、国家経済を安定的に運営して完全雇用に近づけることができる)』の有効性はかなり疑問視されています。政府の一切の介入や規制が無ければ、『市場経済のメカニズム』は自律的かつ安定的に機能するというマネタリズムの前提は現在では成り立たないと考えられています。

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