ヨーロッパ文明と世界各地の未開文明の『格差の原点』となった農業革命

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『人類の集団社会の構成と分類(国家と国家以前の集団)』という記事で、人間社会は『政治システム・経済システム・社会システム』の 差異によって特徴付けられ、『単純で小規模な集団』から『複雑で大規模な集団』へと歴史的に推移する傾向があることを記した。

しかし、人類の歴史を振り返ると、人間が構成する集団が血縁集団・部族社会・首長社会・国家へと自然に発展する事例は殆どなく、多くの場合、スペインに侵略されたインカ帝国やイギリスからのアングロサクソン系移民に支配されたネイティブ・アメリカン(インディアン)のように侵略戦争によって土着の集団社会は変化を余儀なくされた。異文化や異民族と接触することで勃発した侵略戦争の結果、優れた軍事技術や政治機構を持つ有力な社会集団がその領土や人口を拡大することとなった。

強力な政治システムを構築できなかった集団は侵略され、効率的な経済システムをもてなかった社会は植民地化されていく悲惨な運命を辿ったが、支配した社会集団にあって従属した社会集団になかったものとは何だったのだろうか?その時代時代において有力な社会集団と見なされる集団には、総じて『集権的に統合された政治機構(軍事組織)・戦争を有利にする産業技術(軍事技術)・知識や技能の伝達を容易にする文字文化(教養基盤)』というものがあった。

集団間の戦争において優位に立てる『文化水準・知識教養・技術レベル』はどのように形成されていったのかと考えると、その最も初期の原点は『職業分化を可能とする食糧生産手段』を獲得できたか否かにあったといえるだろう。即ち、食料の収集生産に直接従事しない専門的職業人を養うだけの余剰生産物を農業や牧畜によって生み出した時に、原始的な人間集団(血縁集団・部族社会)はその発展の第一歩を踏み出したのである。

余剰生産物の蓄積によって食料収集のみに追われることがなくなった集団社会は、集団の統率力を高める政治を行うことが可能となり、集団の連帯感を強める宗教を担う祭祀階級を生み出した。更に、武器や防具などを専門に制作する職人や新しい有力な技術を開発する技術者を養って、他集団を圧倒する軍事技術を保有するようになった。

世界各地に散らばっていた各集団社会の『文化習俗・知識教養・技術レベル』の優劣につながる差異はどのようにして生まれてきたのだろうか?かつて、ヨーロッパやアメリカにおける白人(コーカソイド系)社会では、アフリカ大陸の黒人(ネグロイド)やオーストラリア大陸の原住民アボリジニー、オセアニア島嶼部(ポリネシア・メラネシア・ミクロネシア)の原住民は、白人よりも遺伝的素質に基づく知的能力が劣っているという人種差別的な考えが持たれていた。

集権的な政治機構や効率的な経済制度を持つ高度な文明社会を築けず、白人国家に侵略されてしまったのは、アフリカ・アジア・オーストラリア・オセアニアの先住民の遺伝形質と知的能力がヨーロッパの白人よりも劣っていたからであるという人種差別的な理論が20世紀前半まではもっともらしく語られていた。しかし、先天的な遺伝要因や生得的な人種の違いによって、各地域の文明社会の進歩や科学技術の発明の成否を論じることは難しいと現在では考えられている。

実際、教育制度・生活様式・経済状況の環境条件を同じにすると人種や民族による知能指数の有意な差はほとんど見られないのである。かつて、白人社会に属するヨーロッパの心理学者や生物学者が、白人の先天的知能の優秀性を証明しようと懸命に知能検査や統計調査を繰り返して、優生学に近接する様々な理論を提唱してきた。

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優生学的な理論書として代表的なものに、リチャード・ハーンスタインチャールズ・マレイが記した大著『ベル曲線(ベル・カーブ)』(1995)がある。この分厚い書籍では、人種・社会階級・経済階層などによる知能格差が知能テストの結果と共に示され、優生学の社会政策についても統計学的な根拠を元にして述べられているが、知能水準が低いと判断された人種や階層の環境条件については余り頓着していないように思える。

つまり、調査当時のアメリカの低額所得者層の劣悪な教育環境や黒人やヒスパニックに対する差別問題などが配慮されておらず、知的水準が低いとされる階層の技能訓練や高等教育の機会の乏しさに対する意識が殆どない。その為、人種間に存在する環境的・経済的なハンディキャップの問題や社会的格差の改善支援の視点が初めから欠如しているのである。『白人や富裕層の知的水準は、非白人系の貧困層よりも高い』という結果ありきで、知能検査や統計調査を実施した為に『理論負荷性(証明したい理論に有利なデータを得たいとする負荷)』の影響は相当に大きなものがあると推測される。

優生学を後押しする研究の多くは実験計画の段階で結果を予測した『理論負荷性』を帯びていた。その結果、その理論を証明する知能テストや統計データなどの実験結果は客観的な信頼性や妥当性のあるものではないように思える。各個人の成育環境や教育内容を無視して、白人の学校教育の学習課程に有利な知能検査や学力テストを実施すれば、白人に有利なテスト結果や統計データが返ってくるのは当たり前のことである。

知能の高低や知識の優劣というものを、環境条件を抜きにした単一の知能検査や学力試験で評価しても『先天的な知性の優劣』を調べることは出来ない。仮に、未開文明社会の人たちに有利な知能テスト、複雑怪奇なジャングルを迷わずに抜け出すマッピングのテストや毒性のあるキノコや植物を食べられる植物と選別する博物学的な分類テストを行えば、先進文明社会の人たちの点数は散々なものになるばかりか、下手をすれば無知が原因となって生命を失うことになるだろう。

このように人間の知能や知識というものは、自分が帰属している社会環境に適応的なものである。ある社会で評価される有利な知性が、それ以外の社会でも役立つ有利な知性だとは限らない場合が多くあり、人種・民族によって先天的な知的能力(知能に関する遺伝形質)に大きな違いがあるわけではないと考えられる。

人種や民族の遺伝要因に、歴史的に育まれた政治・軍事・技術の格差の原因を求めることが出来ないとすると、ユーラシア大陸(特にヨーロッパ地方)とそれ以外のアフリカ・アジア・アメリカ・オーストラリア(オセアニア島嶼部)の大陸との間に生まれた『格差の原点』は何処にあるのだろうか。大英帝国やフランス、オランダ、ベルギー、スペイン、ポルトガルといったヨーロッパ諸国がグローバルな帝国主義や植民地建設の戦略をとってアフリカ・アジア・アメリカの先住民社会を征服できた直接の理由は『集権的な政治力・圧倒的な軍事力・革新的な技術力・効率的な経済システム』だったが、その格差を生み出す最も初期の原点は『農耕牧畜(農業革命)による定住生活の確立』にある。

モンゴル帝国や女真族(満州族)の中国大陸進出など少数の軍事的優位性の例外を除いて、『農耕牧畜(農業革命)による定住生活の確立』が1万数千年前の新石器時代に成功するか否かが、その後の集団社会の命運や発展を大きく左右した。打製石器を使う旧石器時代(約200万年前~約1万年前)には、ヨーロッパでもアフリカでも中東アジア(オリエント)でもその日暮らしの狩猟採集生活を行っていたが、更新世(氷河期)が終わった時期、磨製石器を使う新石器時代(約1万年前頃)から動物や植物の分布が大きく変化し始め農耕や牧畜といった食料生産を行う社会集団が現れ始めた。

狩猟採集生活から農耕牧畜生活への移行を最も革新的に成功させた地域が、世界史で四大文明(メソポタミア文明・エジプト文明・インダス文明・黄河文明)の発祥地と言われる『メソポタミア・エジプト・中国の黄河流域・インダス』なのである。しかし、何故、四大文明の地域が他の地域に先駆けて食料生産の革命的前進を成し遂げることに成功したのだろうか。

その最大の原因は、おそらく優生学や遺伝学に基づく生物学的差異(遺伝的な知能・発想・気質の差異)ではなく、『地理条件・気候風土・生態系の分布』といった環境条件の差異にあるのではないかと考えられる。人類の社会集団は、選択可能な諸条件と利用可能な自然資源をもとにして技術や道具を開発してきたのだが、食料生産技術(農業・牧畜)の獲得に成功した集団は『栽培化可能な植物種・家畜化可能な動物種・肥沃な土壌と豊富な水源』という生態分布の自然条件や農業に適した気候風土に恵まれていたのである。

ナイル川の氾濫がもたらす肥沃な土壌によってエジプト文明は隆盛し、エジプトの古代王国は広大な版図を誇ることになった。肥沃な三日月地帯を有するティグリス川とユーフラテス川の流域ではメソポタミア文明が繁栄して、世界初とも言われる楔形文字の文字文化が生み出されたのである。黄河流域やインダス川流域でも、食糧生産技術(灌漑農業技術や治水技術)が確立されたことで、世界に先駆けて豊富な農産物を収穫することが出来るようになり独自の文明が発達した。

ユーラシア大陸と北アフリカでは最も早い段階で農業革命が起こり、食糧生産が始まって余剰食糧を蓄積できるようになったが、それと対照的に、オーストラリア大陸に住むアボリジニーの社会では近代に至るまで遂に独自の食料生産手段が生まれず、単純な石器時代の道具を使い続けていた。オーストラリア大陸の先住民が、独自の食料生産手段を獲得できなかった最大の原因は、彼らの知的能力や発想能力・計画性が劣っていたからでなく、人類がオーストラリアに移住してすぐに家畜化可能な大型動物(オセアニア地域に生存していたメガファウナ)が絶滅してしまったからだと考えられている。

ヨーロッパ・アジア・アフリカ・オーストラリア・南北アメリカ・オセアニア島嶼部の歴史的な格差の原因を、各地域の地理的条件や気候風土、生態系分布に求める学際的な大著としてジャレド・ダイアモンドが書いた『銃・病原菌・鉄』(上下巻)がある。

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