人類の集団社会の構成と分類(国家と国家以前の集団)

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複数の人間が相互に影響を与え合いながら生活する『集団の場』が社会(society)であり、人類は悠久の歴史を通して様々な構造と機能を持つ集団社会を構成してきた。人間社会は、『政治システム・経済システム・社会システム』の差異によって特徴づけることができ、『文化水準・知識教養・技術レベル』によって集団社会を規定するシステム(制度)は大きく変化することになる。

更に、各集団社会の『文化水準・知識教養・技術レベル』は、『地理条件・気候風土・生態系の分布・集団の行動特性』によって大枠が規定され、選択可能な諸条件と利用可能な各種の資源をもとにして、古代から現代へと至る国家・民族の歴史が刻まれてきたのである。

現代社会における先進国の社会を見渡してみると、単純な構造を持つ小規模(数千人から数万人のレベル)な社会ではなく、複雑な構造を持つ大規模(数百万人以上)な社会である。しかし、日本やヨーロッパの先進国では人口が減少に転じている国もあり、アフリカやアジアの開発途上国では人口が爆発的に増大し続けている国もある。確かに、人口動態だけでは集団社会の成熟度や経済社会の発展度を計測することは出来ないが、国家(state)国民国家(nation state)を構成する為には数十人から数百人程度の小規模な集団では無理なことは明らかである。

ここでは、人間の集団社会の歴史的変遷過程における構成と分類について説明していくが、一般的に人間社会は『単純な縁戚関係を中心とする階層分化(社会的分業)の乏しい小規模な集団』から『複雑な政治機構を持つ階層分化(社会的分業)が進んだ大規模な集団』へと変化してきた。

『複雑な政治機構を持つ階層分化が進んだ大規模な集団』は、国家という大きな共同体の単位となり、国家を構成できた民族・集団は、国家を構成できない小規模な部族社会(トライブ)首長社会(チーフダム)を圧倒的な集権的軍事力で制圧して植民地化したり、吸収合併して同化したりしてきた。

スペインの征服者コルテスの少数の軍勢が、アステカ王国の王モンテスマの大軍を打ち破って1521年に首都テノチティトラン(現メキシコシティ)を侵略した例や、同じくスペインの将軍フランシスコ・ピサロが圧倒的な大軍を率いるインカ帝国の皇帝アタワルパを捕虜にして1572年には植民地化した事例などがある。これはスペインという専制国家を構成していた当時のスペイン人集団の銃火器の技術力や戦略的な優位性、政治交渉についての巧妙さを示している。何千倍もの人数の軍隊を持っていたアステカ王国やインカ帝国は、圧倒的に少数のスペイン人達に極めて短期間のうちに制圧されてしまった。

それは、殺傷力の強い銃火器と鉄器の剣、高い防御力を持つ鉄製の鎧、白兵戦を回避できる馬の機動力を持つスペインの軍隊が、技術力と軍事戦略で圧倒的にアステカ王国やインカ帝国を上回っていたからである。殺傷力の乏しい棍棒や飛距離のない弓矢を持ち徒歩の白兵戦を繰り返すだけの南米の原住民の軍隊は、幾ら数が多くても、本気で生命を奪いにくるスペインの軍隊と強力な大砲などの兵器に全く対応することが出来なかった。

イギリスの清教徒など白人入植者が、アメリカ大陸に先住していたインディアン(ネイティブ・アメリカン)の首長社会を侵略して国家を建設した歴史などは最も印象的な事例である。1778年にイギリス探検家ジェイムズ・クックが発見したハワイ王国などポリネシアの首長社会もアメリカやヨーロッパ列強に植民地化されたし、紀元前の古代ローマでも、世界帝国へと発展する過程でガリアやゲルマニア、オリエント諸部族など数多くの部族社会や首長社会へと侵攻して同化政策を進めている。

これらの古代帝国や欧米諸国が植民地化していった原住民社会の多くは、集権的な政治機構や効率的な経済制度を持たない部族社会や首長社会であった。歴史過程を観察すると、集団間の侵略戦争や防衛戦争が起こった場合に優位に立ってきたのは、血縁集団や部族社会ではなく複雑な政治経済システムを持つ国家であった。集権的な政治制度と規律的な軍事組織を持ち、先進的な軍事技術を戦争に活用できる国家は、集権的な政治機構や強力な軍隊を持たない集団社会を簡単に制圧して支配下に置いてきたのである。

国家の政治形態にも、君主政治(専制主義)・貴族政治(封建主義)・民主政治(共和主義)など様々な形態があるが、ここでは社会集団の分類をメインに記述するので、国家の政治形態の分類は掘り下げない。大まかな政治形態の分類をした歴史学者に古代ギリシアの歴史家ポリュビオスがいるが、その内容については『ポリュビオスの『政体循環論』と貴族制から民主制へのアテナイの政治体制の変遷』の記事を参照して頂きたい。

人間社会の分類定義と特性記述を客観的な観点から行うことは難しく、ある集団社会がどのカテゴリー(分類範疇)に当てはまるかを考えて他の集団社会と区別する時には、そこにある程度の恣意性や曖昧な部分が出てきてしまう。人間社会の発展段階というのは、定住生活を可能にする食糧生産によって始まり、相対的な政治機構の複雑性や構成員の人口規模によって規定されてくる。

グローバルな規模の資本主義経済が中心となった現代の国際社会は、侵略戦争を悪として除外しているので、単純に軍事力や経済力の高低でその集団の優位性を測ることは出来ない。集権的な政治機構と軍事組織、科学技術の実用化、経済制度の効率性、社会システムの合理性などによって、集団社会は『国家のカテゴリー』に分類されることになる。一般的に、国家は、国家でない集団(共同体)よりも強力に統合された集権的共同体だと考えることが出来る。

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集団社会のカテゴリー

ここでは、集団社会のカテゴリーとして文化人類学などの社会集団の概念を用いて『国家(ステイト)・首長社会(チーフダム)・部族社会(トライブ)・血縁社会(バンド;家族共同体)』の4つのカテゴリーを考えることにする。

一般的に、人類の歴史的発展段階は、小規模で単純な血縁共同体から始まり、次第にその規模を拡大し、社会システムを複雑化させて国家という集団形態へと到達したと考えられる。狩猟採集による食糧の収穫量には限界があったが、農耕牧畜を開始すると食糧生産量が飛躍的に増加して、食糧生産活動を行わない集団構成員を養う『余剰生産物』が生まれてきた。

余剰生産物によって人口を増大させた集団は、農耕牧畜(狩猟採集)以外の政治・宗教・軍事・工芸などの職業活動に従事する人々を養うことが可能となった。職業の細分化と専門化によって多様な役割を司る社会階層が生まれた。その結果、社会構造の複雑化と貨幣経済の普及が起こり『財の分配の不平等(権力と財力の格差)』が生じたが、集団全体の軍事力や生産力は段階的に強力なものへ発展していくことになる。

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ヨーロッパの文明社会と世界各地の未開社会の『格差の原点』

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