認知療法の学習と面接構造

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認知療法の基礎の学習ポイント

実際のカウンセリング場面で認知療法を行う場合には、認知療法がクライエントの心理的問題や症状に有効であるか否かをまず判断します。精神病理学や心理アセスメントの知識や技術を基にして、クライエントの抱えている心理的問題や精神症状を適切に概念化していけば、より的確に認知療法を適用することができます。認知療法を実施する前段階で、まず、カウンセラーはクライエントの問題を分類整理して適切な概念化を行うと同時に、クライエントに対してワークシート(簡易な記録表)に記入することの意義を分かりやすく説明するカウンセリングを行っていきます。

この認知療法の説明とワークシート記入の学習を兼ねたカウンセリングを行うことで、認知療法に対する動機付けを十分に高めることができますし、効果的なワークシートの利用法を学ぶ事によって認知療法をスムーズに進めていくための準備を整えることができるのです。ワークシートへの記入方法はそれほど難しいものではありませんが、『自動思考・推論の誤謬(仮定の誤謬)・認知の歪み・合理的思考(適応的思考)・スケール・スキーマ(コアビリーフ)』といった認知療法特有の概念について学ばなければなりません。

それらの概念全てを理解しなければならないというわけではなく、カウンセラーが採用するワークシートの項目にある3~4個程度の概念だけを理解すれば良いので、誰でも比較的短時間でその概念についての学習を終えることが出来ます。認知療法のカウンセリングを行う場合に用いる一般的概念には、『自動思考・認知の歪み・適応的思考・気分や感情のスケール(%で表す気分の程度)』などがあります。言葉だけを見るとやや難しい印象がありますが、説明を聞けばどれも簡単にその内容を理解できる概念ばかりなので、「短時間の説明と学習」で誰でも効果的な認知療法を受けることができます。

認知の歪みを変容させることによってカウンセリング効果を得ようとする認知療法、あるいは、不適応な行動の変容を中心とする実践的な認知行動療法の最大の特長は、『客観的な治療目標の設定による計画性とカウンセリング計画に沿った能動的なアプローチ』であり、その基盤にあるのは『積極的な学習活動とセルフモニタリングに拠るワークシートの利用』なのです。ワークシートを効果的かつ習慣的に記述して使いこなすことが出来るようになって初めて、認知療法の気分改善や意欲増進の効果を十分に発揮することができるようになります。

認知療法では、特定の出来事や生活状況の後に起こってくる「不快な気分や感情」を同定する練習をまず行います。ある状況や行動のもとで自然に湧き上がって来る思考のことを『自動思考』といいますが、気分や感情と一緒に自動思考もワークシートに記録していきます。定期的にワークシートの記述を行っていく中で、自動思考と気分・感情の相関関係を理解していきます。自己批判的で悲観的な内容を含む自動思考の背景には、類型化された『認知の歪み』が存在しています。

『認知の歪み』とは、抑うつ気分や絶望感、意欲の減退といった精神症状を生み出す原因となる『非現実的で不合理な歪んだ物事の見方・解釈』のことです。私たちの気分の落ち込みや憂鬱感、無力感の原因には、物事を悲観的で悪い方向へと歪んで認識しようとする『認知の歪み(自己否定的なスキーマ)』が深く関与していると考えられます。そのため、認知療法ではセルフモニタリング(自己観察)を丁寧に行い、自分を絶望的な気分に追い込んでしまう『認知の歪み』を特定して理解することが大切になってきます。

認知の歪みについて正確で詳細な理解を得たい場合には、デビッド・D・バーンズが類型化した10種類の認知の歪みの概念を参考にすると良いと思います。市販されている書籍としては、“いやな気分よ さようなら ,デビッド・D・バーンズ著, 星和書店”が認知療法の参考書としては質・量共に最適であり、認知療法に関する専門知識が全くない人でも興味深く読み進めることが出来る内容になっています。

『気分感情のスケール(程度)・自動思考・認知の歪み』を特定することが出来るようになったら、それらを論理的に反駁し現実的に反証していく『合理的思考・適応的認知』を考えて書き込んでいきます。認知療法のカウンセリングでは『自分で考える作業・対話する行為』を通して、『自分の気分・感情・行動の問題』に焦点を合わせることがまず第一の作業となります。自分の問題が具体的に特定されてきたところで、効果的な問題解決法の試行を行い、実際的な心理スキルを習得していくことになります。

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認知療法の問題解決志向と3つの基本概念

ワークシートに記録する作業による『気分・感情の明確化』『適応的な思考・認知の具体化』が認知療法の作用機序の要になります。認知療法の効果発現の基本は、カウンセラーとクライエントの治療同盟に基づく共同作業にありますが、知的理解の部分で忘れてはならないのは『認知思考・気分感情・行動・身体生理・生活環境の相互作用』です。

人間は物事をどう認知して考えるかによって生起する気分や感情が変わってきますし、反対に、気分が落ち込んでいる時には思考が消極的になりやすくなります。認知(物事をどのように解釈するか)が気分(抑うつ感や高揚感)を作り出し、気分の変化が認知の傾向を左右するというように、認知(思考)と気分(感情)は相互的な影響を与え合っています。また、身体の調子や生理学的な異常によっても気分や感情は大きく変化しますが、発熱や腹痛のある時には明るく楽しい事柄を考えることが難しいですよね。

身体の健康状態の悪化によって、何かをしようという意欲が低下したり気分が暗く落ち込んだりする経験を多くの人がしたことがあると思います。『健全な肉体に健康な精神が宿る』という格言は、認知療法の心身一如の人間観を良く言い表していますが、身体と精神は相互に深い関係を持っていて片方だけを健康にする努力をしても上手くバランスを取ることができません。不快な相手と一緒に過ごす状況や過重な負担を感じるような職場環境は、有害な外的刺激として強い精神的ストレスとなるだけでなく、悲観的認知や消極的行動を生み出す原因となりますので、心身の健康管理をしっかりと行っていく為には、生活環境を調整していくことも大切になってきます。

認知療法の前提とする理想的な人間観は心身一如の人間観であり、『認知・気分・行動・身体・環境のバランスの重要性』を理解した上で認知療法を実施していかなければうつ病や不安障害の精神症状を効果的に改善していくことが難しくなります。それらのことから認知療法の要諦は、『クライエントが自分自身の“認知・気分・行動のパターンと環境・身体の状態”を同定してその程度を評価するセルフモニタリングのスキルを習得すること』にあるといえます。古代ギリシアにあったデルフォイのアポロン神殿に掲げられたアフォリズム(格言)とは意味合いが異なりますが『汝自身を知れ』というのは、カウンセリング技法としての認知療法のみならず心身の健康増進法全般に当て嵌まることなのです。

自分自身の認知を自己肯定的な方向へと変容させることで、気分の上昇や感情の改善の可能性が高まり、生活環境をより快適で楽しいものへと変えるモチベーションも高まります。更に、心理的な葛藤や不快を抱き易い人間関係を円滑なものに変えるコミュニケーションを工夫してみたり、人間づきあいで感じる精神的ストレスを減らすための対人スキルも高めていくことができます。

認知療法では、『問題解決へとつながっていく認知・思考の変容』を臨床場面や面接構造の中で最も重視しますが、認知・思考の階層的概念として3つの概念を取り扱うことが多くなります。その階層性のある3つの概念は、カウンセラーによって名称が異なることがありますが、一般的には『自動思考・推論の誤謬・認知の歪み・スキーマ』といった概念を用います。最も表層的で意識しやすく特定しやすいものが、『自動思考(automatic thought)』であり、自動思考からどのような気分・感情が生じるのかを内省していく過程で気付く事ができるのが『推論の誤謬(否定的な仮定)』です。『認知の歪み』とは、上で述べたように推論の誤謬の根拠を幾つかの「認知・思考の歪みのパターン」に分類して類型化したものです。

『スキーマ(schema)』という概念は、コンピューターやプログラムの分野では論理構造や物理構造の形式・仕様といった意味で使われますが、心理学や心理療法の分野におけるスキーマは『人間の認知機能(情報処理過程)の根底にある理論的枠組み』といった意味合いで使用されます。スキーマとは、生まれてから今までの人生で経験した出来事や習得した知識や記憶によって無意識的に形成された『認知的枠組み』のことであり、スキーマそのものを明確に意識したり、強引に変容させることは困難です。

スキーマは、個人が持っている固定的な信念や価値判断の傾向と言い換えることもできますが、ある事象やコミュニケーションをどのように認知するのかという基本的な方向性を規定していく働きをします。他者の好意や愛情を信頼することの出来ないスキーマを持っていれば、相手が親切な言葉を掛けてくれて自分を支援してくれてもなかなか相手を信用することが出来ないといった状況が起こります。スキーマは『物事をどう認識するのかといった基本的な理論的枠組み』であり、表面的な思考や解釈を強く左右する「絶対的な中核的信念」の働きをします。

前述したクライアントの動機付けの必要性は、どのカウンセリング技法(心理療法)にも言えるのですが、特に『自発的なワークシートの記述の習慣化』によってカウンセリング効果を得る部分の大きい認知療法の場合には『ワークシートを書こうとする動機付け』を面接の初期にしっかりと行っていかなければなりません。

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認知療法を円滑に進めていくためのヒント

ここまで、認知療法の実施にあたってカウンセラーが行うべきことを挙げてきましたが、それらの項目をまとめると『クライエントの心理的問題の類型化と概念的理解』『大まかなカウンセリング計画』『クライエントの動機付けの強化』といったものになります。認知療法を行うことが適当であるかどうかの判断基準は、認知療法が問題解決志向の特性を十分に発揮できるか否かにかかっているといえます。カウンセラーの側が、クライエントの動機付けの段階でなかなか上手くいかないと感じる時には、以下のポイントが実践できているかどうかを振り返ってみる必要があります。

ワークシートに必要事項を毎日記入するというのは、実際やってみると分かるのだがなかなか大変な作業です。特に、普段、まったく文章を書く習慣のない人や作文することにストレスを感じる人の場合には、ワークシートの記入を習慣化することが認知療法の効果を発揮するまでの第一関門になってきます。認知療法の中心的な技法、特に、行動療法の『実際に問題解決や気分改善につながる行動をしてみるという要素』を加味した認知行動療法の大きな二本の柱となる技法は『認知・気分・行動の相互連関を理解する為のワークシートの記入』『アクションプランの計画・実行』です。

認知療法を順調に推し進めていく為にクライエントに求められることは、簡単にいえば『学習意欲と課題の実行』になります。学習や課題といっても特別に難しい内容を学んだり、実践したりするわけではなく、ここまで書いてきたような基本的な概念とワークシートの記入法を勉強するといったことです。一番大事なのは、根気強くセルフモニタリングをすること、そして、出来るだけ習慣的にワークシートに思考や気分を記録していく癖をつけることです。ある程度、心理的問題が解決して、精神症状の苦痛が和らいでくると、どうしてもワークシートの記入が面倒になってくると思いますが、私はその時は無理してワークシートや認知療法を行う必要はないと思っています。

精神状態が良くなり、身体の調子が良くなった時には、むしろ、自分が今までやりたいのに出来なかった行動・娯楽や人間関係を思いっきり楽しむほうが症状の改善を促進しますし、良い結果へとつながっていきます。また、一度、ワークシートの記入法を習得して、認知療法の気分改善の過程や認知の変容を経験すれば、そう簡単に全てを忘れることはありませんので、また抑うつ的な気分や悲観的な自動思考が起こってきたときに、改めて認知療法を再開すれば良いのです。

クライエントの方がワークシート記入を習慣化させ、アクションプランに基づく行動課題を実行するためには、以下のようなポイントに注意を向けてみると良いでしょう。認知療法は、カウンセラーや医師の援助や指導がなくても自分一人でも実施可能ですから、自分に合った認知療法の参考書を手に入れて試しにやってみるのもいいでしょう。その際にも、下記のポイントを参考にしながら、自己療法を進めていくと良いのではないかと思います。

認知療法を用いたカウンセリングの目標の立て方

認知療法は、臨機応変な問題解決や偶然の内面心理の洞察を期待するカウンセリング技法と比較すると、計画的にステップを踏んで問題解決を行うという特徴を持っています。行動療法的対処も含む認知療法では、精神内界の記憶や情動のカタルシスよりも、客観的に観察して記述できる認知傾向や行動内容を変えていこうとします。

計画的な構造化面接では、『全般的な大きな目標』とそれを達成するために必要な『個別具体的な小さな目標』を立てます。まず、実現可能な小さな目標を達成していくのですが、その過程で「社会的・対人的スキルの獲得」や「認知の肯定的転換」を目指していきます。『簡単な課題から困難な課題へという段階的学習』が認知療法のカウンセリングでは非常に有効なものとなります。具体的な小さな目標を設定して、それをやり遂げる事によって自己効力感を高め、物事を自分で解決できるという自信をつけていくことができます。この場合に大切なのは『絶対に実現不可能な極端な目標』を立てないようにすることです。どのカウンセリング技法にも共通することですが、重症度の高い精神状態を一気に短期間で改善する魔術的な技法は存在しませんし、あらゆる人生や学問の課題に共通するように段階的な学習を無視して飛躍的な学習を行うことには多くの困難が伴います。

『どんなに性格の合わない相手とも友好的に楽しくコミュニケーションして、決して不快な気分にならないようにする』『一切の憂鬱感や無気力を感じず、毎日、積極的な行動と精力的な働きかけが出来るようにする』『どんなに大勢の人の前でも、絶対に緊張せず滑らかに話したい事を全て話すことができる』『どんなに難しい問題を前にしても、悩んだり迷ったりせずに瞬時に最善の判断と行動ができるようにする』など……「健康で有能な人でも実現がほとんど無理な目標」を立てると、その目標を達成しようとする過程で失敗・挫折を経験する頻度が高くなり、ますます自己否定感や自尊心の低下の度合いが強くなってしまいます。

まず、『全般的な大きな目標』には、分かりやすく簡潔な言葉で表現できる目標で、努力をすれば実現可能なものを選んだほうが良いでしょう。カウンセリングを行う場合の『全般的な大きな目標』の一例を示すと以下のようになりますが、更にその大きな目標の下に『個別具体的な小さな目標』を考えていくことになります。

育児に困難を覚えている母親の全般的な目標

1.子どもにとって優しい母親になる。

2.仕事と家庭の区別をしっかりとつけるようにする。

3.育児に対して自信を持つ。

友人関係に不安や憂鬱を抱えている人の全般的な目標

1.自分のことをよく理解してくれる友人を作るようにする。

2.自分に必要な友人とそれほど必要ではない友人の区別をつけて負担を減らす。

3.自分の意見や考えを率直に友人に伝えられるようにする。

『個別具体的な小さな目標』というのは、カウンセリングの面接場面の中でカウンセラーと話し合いながら決めていく事になりますが、日常生活の中で役に立つ「実践的なスキルの獲得」や「適応的な認知への変容」を含むものにすることが大切です。『全般的な大きな目標』の下位に、2~3個の『個別具体的な小さな目標』をつけるくらいが調度良く、あまりに多くの小さな目標や課題を林立させると実際にその目標を達成していくのが難しくなっていき途中で放棄してしまう恐れが出てきます。

例えば、上述した育児に困難を覚えている母親の全般的な目標に『子どもにとって優しい母親になる』がありますが、その個別具体的な小さな目標を考えると『自分の仕事のストレスを子どもにぶつけないようにする』『子どもが良い事をしたら、笑顔で褒めてあげる』『一週間に一回は子どもと遊ぶ時間を作る』などになるでしょう。『育児に対して自信を持つ』という全般的な目標も、『子どもにとって優しい母親になる』という目標と多くの部分が重なるので、それらを合わせて『上手な育児の方法を考えて、子どもにとって優しい母親になる』という目標にしてしまってもいいかもしれません。

このように、自分が今悩んでいる心理的問題を解決する為の目標をどこに置けば良いのかをまずカウンセリングの中でじっくりと話し合い、実現できそうな目標へと焦点を合わせていきます。ここまで述べた「カウンセリングの目標の立て方の要点」をまとめると以下のようになります。

最後の『気分・情動を相対評価する』という基本姿勢は、あらゆるカウンセリング技法の中で明示的でないとしても意識しておかなければならないものです。カウンセラーもクライエントも『時間経過・環境変化・人間関係による気分・感情の変化』を言語表現でもいいし、数値化された評価尺度でもいいので確認する習慣をつけると良いでしょう。カウンセリングの場面で、最悪でどうしようもない気分であると感じたり、将来に対して何の可能性もないような重篤な抑うつ感を感じていたとしても、『前回のカウンセリングや昨日や一昨日の生活状況の中で感じた抑うつ感や絶望感と比較して、今の気分はどれくらいのレベルにあるのか?』を考えてみることは、カウンセリング効果の評価や面接の進行という意味で非常に重要です。

また、抑うつ感の具体的な内容や行動状況の変化、絶望感を感じる対象や過去の記憶や経験との連関など、どんな事でも気分・感情にまつわることがあれば、カウンセラーに対して率直に話すようにすると、カウンセラーの側も『クライエントの“気分・感情”の“種類・重篤度・具体的内容”』を的確に理解することが出来ます。こうした自分の考えている悲観的な内容を言語化したり、感じている不安や憂鬱の感情を説明したりすること自体にカタルシス効果があります。また、鬱屈し抑圧された情動のカタルシス効果だけでなく、『自分に関する事柄の詳細な言語化の作業』をすることは、そのままコミュニケーションスキルの向上につながります。認知療法を適用するカウンセリングは計画的かつ論理的な面接構造を持っていますので、他のカウンセリング技法と比較するとコミュニケーションスキルやロジカルシンキング(論理的思考)のスキルを高めやすいという利点があります。

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