『詩経』の名言5:切るが如く磋くが如く、琢つが如く磨ぐが如し

四書五経の一つである『詩経』は中国最古の詩集として知られており、前近代社会では儒教圏の貴族階級における必須の教養ともされていた。五経は『詩経・書経・易経・礼記・春秋』の五冊によって成り立っているが、『詩経』に収載されている詩は『風(ふう)・雅(が)・頌(しょう)』の3つに分類されている。風とは地方に伝承されている民謡のような歌であり、雅とは王宮で演奏されたり歌われたりしている格式ある雅楽のようなものである。頌は宗教的な祭祀に用いられていた祝詞(呪文)のようなものであると考えられている。

『詩経』には周の初頭から戦国時代に至るまでに作成された多数の歌が収録されている。歌の作者も王侯貴族や武人、文人、庶民までその階級がバリエーションに富んでいて、日本の『万葉集』を彷彿させるような部分もある。孔子自身が過去の重複していた歌を削除して、現存する『詩経』の三百篇を選んだという説もあるが、孔子は『論語』において『詩三百、一言以て之れを蔽う、曰く、思ひ邪なし』という言葉も残している。秦の始皇帝の焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)によって失われたものもあるというが、漢の文帝の治世の後になると、燕の韓嬰の『韓詩』、魯の申培の『魯詩』、斉の猿固生(本当の漢字は猿のけものへんがくるまへんである)の『斉詩』などが新たにまとめられる事となった。

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目加田誠『詩経』(講談社学術文庫),白川静『詩経―中国の古代歌謡』(中公文庫BIBLO),石川忠久、 福本郁子『詩経』(明治書院)

[白文・書き下し文]

如切如磋 如琢如磨 (衛風 其奥,正字は“其”にも“奥”にもさんずいが付く。)

切るが如く磋く(みがく)が如く、琢つ(うつ)が如く磨ぐ(とぐ)が如し。

[現代語訳・補足]

(玉石を磨くような努力・自己研鑽とは)玉石を切るようなもの、切った玉の形を整えるようなもの、その石を打って整えるようなもの、更に丁寧に磨き上げるようなものである。

日本でも人口に膾炙している『切磋琢磨(せっさたくま)』という四字熟語(故事成語)があるが、この『詩経』の部分がその由来になっている。他者と熾烈に競い合いながら努力に努力を重ねて自己を研鑽すること、自分の能力や資質を高めるために苦労をものともせずに、修養に修養を重ねていくことといったストイックな自己向上の意味で用いられる言葉である。

[白文・書き下し文]

衣錦ケイ衣 (衛風 考槃)

錦を衣て(きて)ケイ衣す。

[現代語訳・補足]

華やかな錦の衣服を着る場合には、ケイ衣(けいい)という『薄衣』を上から羽織ったほうが良い。

仁徳や財力、美貌に関する『自己顕示欲・自尊心』を戒めた部分であり、色鮮やかで美しい錦の衣服を着る時には、その美しさを外部に向けて誇らしげに見せないようにするために、錦の上から薄衣を羽織ったほうが良いという話である。儒教における『謙譲の道徳』に関係した言葉と考えられている。

[白文・書き下し文]

豈無膏沐 誰適為容 (衛風 伯今)

豈(あに)膏沐(こうもく)なからんや、誰れを適としてか容(かたちづくり)を為ん(せん)。

[現代語訳・補足]

おしゃれをしようと思えば、化粧や垢取りのための米汁がないわけではないが、夫がいない今の状況で誰のために自分の容姿を美しく飾り立てる必要があるのだろうか。

儒教では、純潔で貞節な慎ましい女性(不貞行為の浮気をしない女性)が理想とされており、この部分では『女性の容姿・化粧に関する慎み深さ』や『夫ひとりに対する純潔性(禁欲性)』が称賛されている。夫が今、そば近くにいないのであれば、自分自身に化粧をして美しく見せかける意味がないという話であり、『化粧・垢擦り』をして美しくなることで夫以外の男性を惹きつける事にある種の背徳感(罪悪感)を感じてもいるのである。

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