『詩経』の名言4:テイトウ東に在れば、之れを敢えて指すこと莫し

四書五経の一つである『詩経』は中国最古の詩集として知られており、前近代社会では儒教圏の貴族階級における必須の教養ともされていた。五経は『詩経・書経・易経・礼記・春秋』の五冊によって成り立っているが、『詩経』に収載されている詩は『風(ふう)・雅(が)・頌(しょう)』の3つに分類されている。風とは地方に伝承されている民謡のような歌であり、雅とは王宮で演奏されたり歌われたりしている格式ある雅楽のようなものである。頌は宗教的な祭祀に用いられていた祝詞(呪文)のようなものであると考えられている。

『詩経』には周の初頭から戦国時代に至るまでに作成された多数の歌が収録されている。歌の作者も王侯貴族や武人、文人、庶民までその階級がバリエーションに富んでいて、日本の『万葉集』を彷彿させるような部分もある。孔子自身が過去の重複していた歌を削除して、現存する『詩経』の三百篇を選んだという説もあるが、孔子は『論語』において『詩三百、一言以て之れを蔽う、曰く、思ひ邪なし』という言葉も残している。秦の始皇帝の焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)によって失われたものもあるというが、漢の文帝の治世の後になると、燕の韓嬰の『韓詩』、魯の申培の『魯詩』、斉の猿固生(本当の漢字は猿のけものへんがくるまへんである)の『斉詩』などが新たにまとめられる事となった。

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目加田誠『詩経』(講談社学術文庫),白川静『詩経―中国の古代歌謡』(中公文庫BIBLO),石川忠久、 福本郁子『詩経』(明治書院)

[白文・書き下し文]

綴凍在東 莫之敢指 (庸風 テイトウ,“綴凍”の正字はどちらも虫偏である、“庸”の正字にはつくりにおおざとが付く)

綴凍(ていとう)東に在れば、之れを敢えて指すこと莫し。

[現代語訳・補足]

虹がもし東の空に架かっている時には、色恋沙汰に純情な人間は、それを敢えて指さしたりはしないものである。

『テイトウ』というのは虹の事である。古代中国では、虹は雨と太陽の光が交わる事でできると考えられていた。『雨』を女性、『太陽』を男性に見立てることで、虹が『性交』のメタファーになっている事もあり、恋愛や男女関係に奥手だったり純情な人は、敢えて虹の存在を強調するような行為(指差し)はしなかったようである。

[白文・書き下し文]

相鼠有皮 人而無儀 (庸風 相鼠)

鼠を相れば(みれば)皮あり、人として儀なからんや。

[現代語訳・補足]

鼠でさえも鼠としての本性である皮があるものだ、そうであればこそ、人間には人間としての礼儀や威容といったものが備わっていなければならない。

人間が人間である由縁をこの文章では、『礼節・礼儀・威容』といった精神的な美しさ、徳の現れに置いている。鼠であればみんなが皮をかぶっているように、人間であれば本性的に礼儀や礼容を身につけるのが当たり前であるとする『儒教的な人間観』がここに見て取れるようだ。

[白文・書き下し文]

渉彼阿丘 言采其亡 (庸風 載馳 “渉”の正字はこざと偏である,“亡”の正字は亡の下に虫が横に二つ並んだ字である)

彼の(かの)阿丘(あきゅう)に渉りて(のぼりて)、言(ここ)に其の亡(ぼう)を采る(とる)。

[現代語訳・補足]

あの丘に登ってみて、その丘の上でハマグリソウという草を採る。

この文章は現代語訳だけでは意味が通じにくいが、単純に言えば『古代中国人のストレス解消法』としてのウォーキングであり軽登山のことである。『阿丘』は一方だけが高くなっている丘の事であり、『亡』はハマグリソウの事なのだが、このハマグリソウは古代では『憂鬱な落ち込んだ気分』を改善してくれる効果があると信じられていた。

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