『詩経』の名言1:維れ鵲巣あれば、維れ鳩之れに居る

四書五経の一つである『詩経』は中国最古の詩集として知られており、前近代社会では儒教圏の貴族階級における必須の教養ともされていた。五経は『詩経・書経・易経・礼記・春秋』の五冊によって成り立っているが、『詩経』に収載されている詩は『風(ふう)・雅(が)・頌(しょう)』の3つに分類されている。風とは地方に伝承されている民謡のような歌であり、雅とは王宮で演奏されたり歌われたりしている格式ある雅楽のようなものである。頌は宗教的な祭祀に用いられていた祝詞(呪文)のようなものであると考えられている。

『詩経』には周の初頭から戦国時代に至るまでに作成された多数の歌が収録されている。歌の作者も王侯貴族や武人、文人、庶民までその階級がバリエーションに富んでいて、日本の『万葉集』を彷彿させるような部分もある。孔子自身が過去の重複していた歌を削除して、現存する『詩経』の三百篇を選んだという説もあるが、孔子は『論語』において『詩三百、一言以て之れを蔽う、曰く、思ひ邪なし』という言葉も残している。秦の始皇帝の焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)によって失われたものもあるというが、漢の文帝の治世の後になると、燕の韓嬰の『韓詩』、魯の申培の『魯詩』、斉の猿固生(本当の漢字は猿のけものへんがくるまへんである)の『斉詩』などが新たにまとめられる事となった。

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目加田誠『詩経』(講談社学術文庫),白川静『詩経―中国の古代歌謡』(中公文庫BIBLO),石川忠久、 福本郁子『詩経』(明治書院)

[白文・書き下し文]

維鵲有巣 維鳩居之。(召南 鵲巣)

維れ(これ)鵲(かささぎ)巣あれば、維れ鳩之れ(これ)に居る。

[現代語訳・補足]

鵲の巣があれば、そこにはその巣を借りた鳩が住んでいる。

『鵲巣(じゃくそう)』は借家の意味であり、『鳩居(きゅうきょ)』は借家住まいの意味である。男性の家に嫁いでいった女性が、その家で自分の新たな家庭を築き上げていく事の喩えともされる。中国では結婚した女性も『男性の姓』を名乗れない夫婦別姓(男系の財産継承)なので、正に結婚した女性も『鳩居(借家住まい)』という意識があったのかもしれない。

[白文・書き下し文]

我心匪鑑 不可以茹。(北風 柏舟,“北”の正字には作りにおおざとが付く)

我が心鑑(かがみ)に匪ず(あらず)、以て茹る(はかる)べからず。

[現代語訳・補足]

私の心は物事を映し出す鏡ではない、だから他人の心をそのまま映し出すようにして推量することなどはできない。

自分の精神を鏡になぞらえて、『自己と他者の相互理解』の難しさを説き、他者の内的世界というのは自我にとって『永遠の謎(ブラックボックス)』である事を示している。

[白文・書き下し文]

凱風自南 吹彼棘心。(北風 凱風)

凱風(がいふう)南よりし、彼の棘心(きょくしん)を吹く。

[現代語訳・補足]

万物に生命の息吹を吹き込む風は南から吹いてくる、その生命力に満ちた風は茨(いばら)のような棘を持っている木にも差別なく吹き付けて、木々を芽生えさせていくのである。

どんなに出来の悪い子でも、悪事を働いた子でも、母親は決して我が子を見捨てずに慈しんで育て上げようとする事の比喩としても用いられる歌。母親の子に対する無償の愛情、我が子を分け隔てなく育てようとする母性などを象徴しており、温かく柔らかく吹き付ける『凱風(南風)』が生命と愛情の源泉として描かれている。

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