中国古典の故事成語・名言録

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古代中国では紀元前1万年以上前に“長江文明”が起こり、紀元前5千年前頃になると世界四大文明の一つ“黄河文明”が稲作農耕と共に勃興して、周辺地域が石器時代の生活に留まる中、アジアの政治的・経済的・文化的な中心地となる基礎が形成されていった。紀元前2千年頃には、三皇五帝の系譜を次ぐ“夏(B.C.2070頃‐B.C.1600頃)”の王朝が勢力を強め、その夏を神権政治(卜占を行う宗教政治)の統率力によって滅ぼした“商(殷,B.C.1700頃-B.C.1046頃)”が都市国家連合の盟主となった。

夏王朝の最後の王である“桀(けつ)”は美女に溺れて暴虐な統治を行った暴君として知られ、有能な賢者の宰相である“伊尹(いいん)”に補佐された商(殷)の“湯王”によって滅ぼされた。夏を転覆させた商王朝にも“紂(ちゅう)”という酒食に惑溺して重税をかけて民を虐げる悪政を行う暴君が現れ、太公望呂尚に補佐された周王朝(B.C.1046-B.C.256)の“武王”に滅ぼされる事になる。夏・商・周は古代中国の『三代』とも呼ばれますが、この時期に儒教的な世界観の礎石となる“桀紂(暴君の代名詞)”“湯武革命(孟子の説く易姓革命)”のエピソードが起こっており、その逸話を『史記』の司馬遷(しばせん)などが記述しているのである。

武王が周公旦・太公望・召公らの名臣に援助されて建国した『周王朝(西周, B.C.1046-B.C.771)』は、儒教の始祖の孔子が礼楽・徳治・仁義による政治が実践された理想の時代としている王朝である。儒教では『周礼』に還るという原理主義的な回帰が目標とされたりもするが、その周(西周)も次第に衰退されて悪政を行った12代幽王の時代に申・犬戎に追われて、首都を洛邑(らくゆう)に遷都する『東遷』が行われた。小国となった東周の下で諸国・諸民族が『周の権威』を利用して群雄割拠する『春秋時代』が訪れ、B.C.403年に晋が三国(韓・魏・趙)に分裂すると実力で覇権を争い合う『戦国時代』へと突入した。

春秋戦国時代(B.C.771-B.C.256)には『諸子百家』と呼ばれる儒家・道家・兵家・墨家・法家・縦横家などの思想家集団が次々と登場して、古代とは思えない百家争鳴の知的・思想的な興奮が創出されたが、ここでは儒教の経典である『四書五経』や道教の『老荘思想』などを中心にして、古代中国の古典に書かれている文書と知恵、その解釈を取り上げている。四書とは『論語』『大学』『中庸』『孟子』、五経とは『易経』『書経』『詩経』『礼記』『春秋』のことである。

諸子百家が活躍した春秋戦国時代の思想・言行を書き記した古典だけではなく、司馬遷の『史記』や曾先之の『十八史略』、『漢書』『後漢書』『唐書』などの史書(歴史文献)の興味深いフレーズや考えさせられる言い回しも色々と取り上げていきたい。

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