『大学』の名言2:知を致すは物に格るに在り

四書五経の一つである『大学』『中庸』と並んで、元々は『礼記』の中の一篇だったが、宋の時代以降に独立した書物として扱われるようになった。『大学』は成立年代も作者も不明であるが、『論語』『孟子』『中庸』と合わせて四書の一冊としたのは南宋の朱子(朱熹,1130-1200)である。朱熹は『大学』を経の1章と伝の10章とに分けて、経の部分は孔子の弟子である曾子が書いたもの、伝の部分は曾子以下の弟子が記録したものと考えた。それとは別に、『大学』は秦・漢の儒家が後世になってから再編集したものという説もある。

朱熹(朱子)の創設した『朱子学』は、江戸幕府の徳川将軍家が国学として採用した事から封建主義社会の身分秩序を支える学問というイメージが強いが、実際には万物を統御する普遍原理としての“気”を仮定した高度な抽象的理論であった。人間・社会・宇宙・モノは“理”の普遍原理によって結合しており、君子としての徳を高める自己修養(修己)で理を把握した者が、他者や社会を統治することができるという『修己治人』の思想を説いた。この『大学』においても、政治を司る君子が実践すべき道を説いており、その内容は『修身・斉家・治国・平天下』の儒教的な徳治主義(王道政治)へとつながっている。『大学』は、前近代の儒教文化圏では学問・政治を志そうとする君子(為政者・支配階級)の必読の書であった。

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金谷治『大学・中庸』(岩波文庫),宇野哲人『大学』(講談社学術文庫),伊與田覺『「大学」を素読する』(致知出版社)

[白文・書き下し文]

致知在格物。(経一章)

知を致すは物に格る(いたる)に在り。

[現代語訳・補足]

人間の理性が導き出す普遍的な知(良知)に到達しようとするならば、直接の事物に当たってみて、その事物に流れている“天理(道理)”に気づかなければならない。

『大学』にあるこの部分は、『格物致知(かくぶつちち)』という故事成語を生み出しているが、この格物致知は世界に通底する普遍的な理(天理・道理)を重視する朱子学の教義を構成することにもなった。万物は天理によって貫かれており、動物・植物には『物の性』があり、理性を持つ人間には『人の性』があるのだが、人の性としての本質である良知を研鑽しようとするならば、まず物の性を知るために物に到らなければならないのである。人間の良知を研磨するための理論的な帰結が『格物致知』である。

[白文・書き下し文]

自天子以至於庶人、壱是皆以修身為本。(経一章)

天子より以て庶人に至るまで、壱是(いっし)に皆身を修むるを以て本(もと)と為す。

[現代語訳・補足]

身分の最高位である天子から下は庶民に至るまで、ひたすらに我が身を整えて徳を修める“修身”こそが根本なのである。

儒教の段階的な政治統治論である『修身→斉家→治国→平天下』のうちの“修身”の普遍的な大切さを説いた部分であり、我が身を道徳的に修めて他者に仁の思いやりを持つという道は、たとえ人臣ならぬ天子(皇帝)であっても例外ではないという事である。

[白文・書き下し文]

其本乱而末治者否挨。(経一章)

其の本乱れて末(すえ)治まる者は否ず(あらず)。

[現代語訳・補足]

その根本が乱れていれば、末端の部分も治まるはずはない。

儒教の社会観では、自己の道徳を修めて家庭の安寧を維持することが、君子の為政の基本であり、幾ら優れた才覚を持つ人物といえども、自己の修身と家庭の安寧がないのであれば、良い政治を行いようがないという事である。人間の徳を実践する上での『基礎・基盤・根本』の大切さを訴えている部分になっている。

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