人間の言語獲得とE.M.マークマンの制約論

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言語獲得に関するクラークの意味特徴仮説

人間がコミュニケーションや記録の道具として使用する『言語(language)』は、『音韻・意味・語彙・統語(文法規則)』を含む非常に複雑な体系ですが、私たち人間は比較的短期間のうちに母語を習得することができます。外国への長期留学(長期滞在)をしなければ『外国語』を習得するのは非常に大変な作業ですが、日常生活で利用する『母語』であれば、大半の人が生後3~4年ほどで日常的なコミュニケーションが可能な言語能力を獲得します。赤ちゃんは1歳頃から『マンマ・ブーブー・ワンワン・ニャンコ』などの一語文を話し始めますが、1歳半~2歳になると急速に語彙の数を増やして3歳頃には簡単な単語を組み合わせた会話(コミュニケーション)ができるようになってきます。

どのようにして人間が言語を獲得するのかという説明理論には、『ヒトの遺伝的能力・生得的な概念的装置』を重視する仮説と『ヒトの言語的な成育環境・双方向的な親子間の言語活動』を重視する仮説とがあります。E.V.クラークは人間の言語獲得についてシンプルな『意味特徴仮説(semantic feature hypothesis, 1973)』を提示しましたが、意味特徴仮説とは『ある特徴を持っている・ある特徴を持っていない』という特徴リストの学習的な拡張によって言葉の意味を増やしていくという仮説です。

クラークは言語体系を『階層的な意味単位の集積』であると考えて、子どもの言語学習は『意味単位の増大・より詳細で分類的な特徴の把握』によって進むと語りました。ゾウという言葉(名前・名辞)が指示する対象は『動物である・四本足で歩く・鼻が長い・大きい・のしのし歩く』などの特徴(意味単位)を持っていますが、こういった意味単位をさまざまな対象や現象に拡張していくことが言語学習であるというわけです。

クラークは『一般的な特徴→特殊的な特徴・分かりやすい特徴→分かりにくい特徴』へと意味単位の学習が進む法則があるとしましたが、クラークの意味特徴仮説は結局、おおざっぱな『特徴リスト論(属性リスト論)』へと行き着きます。しかし、個別の対象や概念には大人でもすべてを列挙することができないほど『膨大無数の特徴・属性』が存在しており、子どもの認知能力では無数の特徴(属性)を分析統合してカテゴリー化することができないのではないかという批判もあります。

意味特徴仮説に従った言語学習を的確に遂行するためには、『特徴の分析能力・特徴の概念化(カテゴリー化)・対象とカテゴリーの相互参照(仮説検証)』という複雑な認知活動が必要になってくるわけですが、1歳半~2歳頃の子どもの語彙が飛躍的に増大する『語の爆発的増加(word explosion)』などの現象を意味特徴仮説ではうまく説明することができません。

何百、何千という語彙(単語)を理解して発言・応答する場合に、いちいち膨大な対象の特徴を記載した『特徴リスト・属性リスト』を参照しているとは考えにくく、『子どもの言語学習のスピード』を考えると意味特徴仮説とは異なる説明理論が求められてきます。属性リスト論としての意味特徴仮説の問題点は、『膨大な数の特徴(属性)』を毎回検証して意味を確認することは難しいということですが、E.M.マークマンは意味特徴仮説の短所を改善するために『属性リスト』を大幅に簡略化した仮説を立てようとします。

マークマンは、人間の言語学習で参照される仮説をごく少数の仮説に絞り込み、人間は言葉と対象の間の『意味の結びつき』を考える場合に幾つかの簡単な意味論的な仮説しか検討していないとしました。対象(事物)と言語(単語)の間の意味の結びつきは、クラークが言う属性リスト論を検証するような複雑で厳密なものではなく、もっとアバウトで分かりやすい仮説検証過程によるものだというのがマークマンの基本的な考え方です。

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マークマンの制約論による言語学習の説明

E.M.マークマンは、驚異的な学習スピードを誇る人間の言語獲得を説明する理論として、人間が言葉の意味を理解する学習プロセスに大きく3つの制約があるとする『制約論(constraint theory, 1989)』を考えました。マークマンは、言語と対象の意味の結びつきを理解する学習プロセスには、以下の3つの制約があると言います。

事物全体制約(whole object constraint)とは、『モノ(事物)』が提示されてそのモノを指し示す『言葉(単語)』が語られたときには、その言葉は『モノの部分』ではなくて『モノの全体』を指示するという制約のことです。子どもに対して母親が、自動車を指差しながら『あれは車だよ』と教えてあげたとすると、その『車』という言葉は『車のミラーやエンジンなどの部分』ではなくて『車の全体』を自動的に意味することになります。

私たちの日常生活におけるコミュニケーションでは、事物全体制約によって大幅に『指示対象に対する説明の省力化』が行われており、その言葉が具体的に何を指し示しているのかについて悩むことは殆どないわけです。専門的な知識や具体的な情報について語るときには、より分析的な物事の認知が必要になってきますが、乳幼児の段階の言語世界では事物全体制約による『大まかな対象の指示』という制約があったほうが、より効率的にスピーディーに言葉を覚えることができるのです。

事物分類制約(taxonomic constraint)とは、『モノ(事物)』が提示されてそのモノを指し示す『言葉(単語)』が語られたときには、その言葉は『モノが所属するカテゴリー』を指示するという制約のことです。事物全体制約と事物分類制約は相乗的に作用して、『モノのラベリング(単語習得)の効率化』に大きく貢献します。事物全体制約によって細々とした分析的名称の可能性について悩む必要がなくなり、事物分類制約によって一般概念としての名称を簡単に理解することができるようになるというわけです。『自動車』という言葉を教えてもらったときにも事物分類制約によって、『走っている車・お父さんが所有している車』だけを『自動車』と呼ぶのか、それとも『車という一般概念』を理解して類似した形態・特徴を持つ『車全体』を『自動車』と呼ぶのかについて悩むことが無くなります。

相互排他性(mutual exclusivity)『一事物一名称の原理』と呼ばれることもありますが、『一つのモノ(対象)』には『同一カテゴリーに属する名称』しかつかないという制約です。この相互排他性の制約によって、『犬』を猫やライオンなどと呼ぶことはできないということになりますが、犬と同一カテゴリーに属するチワワやプードルという風に呼ぶことはできます。相互排他性の制約には、カテゴリーの分類整理とカテゴリーに包摂される諸概念について明確に理解できるという言語学習上のメリットがあります。相互排他性の制約は言語獲得において非常に重要なものであり、一つの対象に対して『両立可能な名辞・概念』『両立できない名辞・概念』を区別することで、より正確で適切な言語の使用法を発達させていくことができるとマークマンは考えました。

E.M.マークマンの制約論は論理的次元では非常に説得力が高い仮説ですが、K.ネルソンは乳幼児期の言葉の使い方には、事物分類制約や相互排他性の制約が通用しない情動的・コミュニカティブな『過拡張的用法(overextension)』が見られるとして制約論に批判を加えました。現実問題として、人間の言語発達の過程では『制約論』に規定されない『状況即応的・文脈解釈的な言語使用』が見られるので、マークマンの制約論が絶対的な言語獲得の前提として機能している可能性は低いでしょう。

現在の発達心理学研究では、言語獲得において親子間(母子間)の『生活行動の共有』と相互的な名指しによる『意味の推測』が重要な役割を果たしていると考えられていますが、この成育環境条件による言語学習の促進はマークマンの制約論を補完するものだと言えます。『子どもの内面』のみに言語獲得を可能にする生得的な概念装置(認知機構)があるのではなく、『子どもの外部』にある母子関係や環境刺激、意味の推測(および探索行動)なども言語発達と深い関係を持っていると考えられています。子どもの言語獲得は、内部的な概念装置と外部的な環境条件の相互作用(インタラクション)によって効果的に進んでいくのです。

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