短期記憶のメカニズムを説明する基礎理論

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アトキンソンとシフリンの二重貯蔵モデル

人間の認知機能で重要な位置づけにある『記憶(memory)』とは、『記銘・保持・想起(再生・再認)』の3つの過程から構成される情報処理(情報の保持と再生)の機能のことです。高次脳機能によって実現される記憶は大きく分けると、一時的に小さな容量の情報を保持する『短期記憶(short-term memory)』と継続的に大きな容量の情報を保持する『長期記憶(long-term memory)』に分けることが出来ます。

長期記憶は、言語的な情報(言語的な記述・事実・意味)が記憶される『宣言的記憶(declarative memory)』と言語的情報とは無関係に無意識的な行動や思考の手続きが記憶される『手続き記憶(procedural memory)』に分けることが出来ます。言語的な情報の記憶であり言語表現で再現することが可能な『宣言的記憶(declarative memory)』は、更に、『エピソード記憶(episodic memory)』『意味記憶(semantic memory)』に分けることが出来ます。

自分自身の直接的な過去の経験や他人の過去の思い出など『時間的・空間的な文脈』で表現できる出来事(エピソード)に関する記憶のことを『エピソード記憶(episodic memory)』といいます。専門用語の定義や客観的な知見など学習行動によって身に付ける『一般的な知識教養』に関する記憶のことを『意味記憶(semantic memory)』といいます。本人が明確に意識できない記憶で、意図的な想起もできないが長期的に保存されている無意識的な記憶のことを『潜在記憶(implicit memory)』といいます。

短期記憶で保持できる情報の容量は極めて小さいので、長期記憶へとつなげる反復学習やリハーサル(頭の中での復唱)の時間が十分に取れない場合には、人間の認知機能によって支えられる知的活動はかなり制限されたものになってしまいます。エビングハウスの忘却曲線の記憶研究を嚆矢とする記憶分野の研究活動の発展によって、現在では、短期記憶を『作動記憶(作業記憶, working memory)』という概念で表現することもあります。短期記憶の概念では、アトキンソンやシフリンが仮定した『情報の短期的な貯蔵庫』としての意味合いが強くなっていますが、作動記憶(ワーキングメモリー)の概念では、読書・計算・コミュニケーション・記憶課題への回答・学習行動などの認知活動で、情報がどのように操作されて利用されるのかという『情報処理機能としての記憶』の意味合いが強くなっています。

短期記憶という場合には、情報を短期的に保存しておく貯蔵庫がイメージされており、短期記憶は他の認知機能から独立しています。一方、作動記憶(作業記憶・ワーキングメモリー)という場合には、短期的に保持した情報をどのように操作(活用)していくのかという情報処理機能がイメージされており、作動記憶は他の認知機能と相互作用を及ぼし合っています。

誰もが直感的に理解できる短期記憶と長期記憶の区別を、『記憶の貯蔵庫(保管場所)』という理論モデルで説明したのがアトキンソンとシフリン(Atkinson & Shiffrin, 1968)であり、彼らの短期記憶と長期記憶の貯蔵庫に関する理論モデルを『二重貯蔵モデル(dual storage model)』といいます。アトキンソンとシフリンは、感覚器官から入力された情報が短期的(一時的)に保存される場所として『短期貯蔵庫(Short-Term Store:STS)』を仮定し、短期貯蔵庫にある情報の一部がリハーサル(反復学習・復唱)やコーディング(体制化・符号化)を通して『長期貯蔵庫(Long-Term Store:LTS)』に転送されると考えました。

アトキンソンとシフリンは、外界から入力された情報(刺激)は、最初に自動的(無意識的)に感覚登録器(sensory registers)に入力され、その情報は感覚記憶(sensory memory)としてごく短時間だけ保持されると考えました。視覚刺激の感覚記憶は『アイコニック・メモリー(iconic memory)』と呼ばれ、その持続時間はスパーリング(Sperling)の実験によると約500ミリ秒以内であるとされています。聴覚刺激の感覚記憶は『エコイック・メモリー(echoic memory)』と呼ばれ、その持続時間はグルックスバーグとコワン(Glucksberg & Cowan)の実験によると約5秒以内であるとされています。本人が意識しない間に自然に外界から入ってくる情報は、感覚登録器で感覚記憶となりますがその持続時間は極めて短いことが分かります。

感覚登録器(sensory registers)に自動的に入力された情報の中で、選択的注意(selective attention)を向けられた情報は、『短期貯蔵庫(STS)』に格納されて情報保持の持続時間が約15~30秒に延長されるとアトキンソンとシフリンはいいます。短期貯蔵庫に情報を一時的に保存することによって、人間は『意図的な情報処理の選択』を行うことが出来るようになります。情報の短期貯蔵庫が存在することによって、リハーサル(rehearsal)やコーディング(coding)といった記銘処理をしてその情報を更に長い時間保持するのか、それともその情報をリハーサルせずにそのまま忘却してしまうのかを選択できるというわけです。

リハーサルというのは、予行演習あるいは反復学習のことであり、短期貯蔵庫に格納された情報を繰り返し声に出して覚えたり、心の中で復唱して記憶を強化するというものです。コーディングというのは、水泳や野球、テニスという言葉をスポーツという概念でグループ化したり、遊園地やショッピングセンターという言葉を具体的な視覚イメージと結びつけたりすることで、一般的に認知の体制化や符号化の作業として理解されています。

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容量に制限のある短期貯蔵庫(STS)に保存された情報は短期的にしか保持されませんが、容量に制限のない長期貯蔵庫(LTS)に保存された情報は永続的に保存されることになります。アトキンソンとシフリンは、短期貯蔵庫から長期保存庫に転送された情報は、忘却されることなく永久に保存されると考えました。短期貯蔵庫の容量は小さく新しい情報が入力されると古い情報が忘却されるという特徴がありますが、複数の保存場所(スロット)を持つ『リハーサルバッファー(rehearsal buffer)という仕組みを持っているので、スロットの数の範囲内で情報を循環させながら保持することが出来ます。

短期貯蔵庫のリハーサルバッファーの仕組みによって、スロットの数の範囲内の情報をぐるぐると循環させて保持することが出来ますが、反復して頭の中で情報を復唱するリハーサル(rehearsal)を行っているとその中の幾つかの情報が長期貯蔵庫へと転送されていきます。リハーサルの回数と選択的注意の強度が大きいほど、短期記憶の情報が長期記憶として定着する可能性が高くなります。また、短期記憶は『系列位置効果(serial position effect)』の影響を強く受けています。

系列位置効果(serial position effect)というのは、記憶課題として『記銘リスト』を記憶する場合に、リストの項目数と関係なくリストの最初と最後の数項目の再生率が、リストの中間部分の再生率よりも高くなるという効果です。記憶する情報の相対的な位置(順番)によって、再生率が変化する効果のことを系列位置効果といいます。リストの最初の項目が再生されやすい効果を『初頭効果(primacy effect)』といいますが、この効果が生まれる原因は、情報が短期貯蔵庫に初めに格納されるため、繰り返しリハーサルが行われて長期貯蔵庫に転送されやすいからだと考えられています。

リストの最後の項目が再生されやすい効果を『新近性効果(recency effect)』といいますが、この効果が生まれる原因は、最後に情報が短期貯蔵庫に格納されたため、リハーサルバッファーのスロット(保存場所)から直接的に情報を再生できるからだと考えられています。記憶の忘却に関しては、アトキンソンとシフリンは、リハーサルがなければ時間経過と共に情報は急速に忘れられていくという『減衰説(decay theory)』を唱えました。減衰説以外にも、新たに短期貯蔵庫に入ってきた情報の記憶痕跡によって、古い情報の記憶痕跡がかき消されていくという『干渉説(interference theory)』で短期記憶の忘却を説明する立場もあります。

短期記憶の容量がどのくらいあるのかについては、ミラー(Miller)『チャンク(chunk)』という情報のかたまり(情報のまとまりある単位)の概念を導入して、『7±2チャンク』の容量に限られていることが分かっています。アトキンソンとシフリンの二重貯蔵モデルで考えると、短期貯蔵庫のリハーサルバッファーにあるスロット(情報の保管場所)の数は7±2であるということになりますが、情報のかたまりであるチャンクは語呂合わせなどによって長くすることが出来ます。即ち、歴史の勉強で年号を覚えるときのように、『1192(いい国)作ろう鎌倉幕府』のようにチャンキングして覚えれば、1192年という記号が一つのチャンクになります。

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動的な認知機能を説明する作動記憶(作業記憶)

短期記憶は、『情報の保管場所』によって一時的な情報の保持を説明する『静的な説明概念』ですが、ワーキングメモリーと呼ばれる作動記憶(作業記憶)は、情報の保持と処理に関係する認知的な記憶機能を説明する『動的な説明概念』です。ワーキングメモリー(作動記憶)の概念を理論化して認知心理学の研究を前進させたのは、バドリーとヒッチ(Baddeley & Hitch)ですが、バドリーとヒッチは短期記憶の容量は、短期貯蔵庫(リハーサルバッファー)のスロットの数ではなく、『処理資源(processing resources)の量』で規定されると考えました。

処理資源という概念は認知機能の一つである『注意(attention)』と深く関わっていて、カーネマン(Kahneman)『注意の容量モデル(capacity model)』がアイデアの起点となっています。アトキンソンとシフリンの二重貯蔵モデルでは、『注意(attention)』は感覚登録器からの入力情報の取捨選択を行う制御過程として定義されていますが、カーネマンの容量モデルでは、『注意(attention)=処理資源(processing resources)』は認知の情報処理システムを駆動する一種の心的エネルギーとして定義されています。

人間は『処理資源である注意』の心的エネルギーを配分することで、読書・計算・学習・知覚といった認知(cognition)を実現しているが、この処理資源は有限なので人間が一度に遂行できる認知的課題や認知処理の速度(効率性)には限界があることになります。例えば、難解な数学の問題を解きながら、友人の雑談に的確に応答することは通常できませんが、これは、数学の問題を解くのに用いる処理資源と友人との雑談に必要な処理資源の合計が、その人の『処理資源の容量(キャパシティ)』を越えているからです。注意(処理資源)の容量モデルでは、認知課題に必要な『処理資源の需要』とその人が持っている『処理資源の供給』とのバランスによって、認知課題を効率的に遂行できるか否かが決まってきます。複数の認知課題をしている場合に、処理資源の需要が大きすぎて供給が足りなくなれば、認知課題のどれかを一時停止して一つの課題に集中しなければならなくなります。

バドリー(Baddeley)の作動記憶(ワーキングメモリー)のモデルは、基本的にアトキンソンらの二重貯蔵モデルを踏襲していますが、バドリーはリハーサルバッファーの仕組みを持つ短期記憶(短期貯蔵庫)を、更に複雑で機能分担的なシステムを持つ『作動記憶システム』の下位システムとして定義し直しました。バドリーは、人間が摂取して保持する情報は一元的なものではなく多元的なものであると考え、作動記憶は複数のコードに基づく『3つのシステム』より構成されると主張しました。

バドリーが定義した作動記憶(ワーキングメモリー)を構成する3つのシステムというのは、『音韻ループ(phonological loop)・視空間的記銘メモ(visuo-spatial sketchpad)・中央実行系(central executive)』です。

音韻ループ(phonological loop)とは、音声的コードとしての言語的情報を一時的(短期的)に保持する特殊システムであり、二重貯蔵モデルでは短期貯蔵庫に該当します。視空間的記銘メモ(visuo-spatial sketchpad)とは、音韻ループと相補的に機能する特殊システムで、視覚情報と空間的な位置情報を視空間コードを用いて保持するものです。作動記憶の中枢的な機能を果たすのが、『心の作業場』とも言われる中央実行系(central executive)であり、音韻ループと視空間的記銘メモは中央実行系によって制御され統合される『従属システム』として分類することが出来ます。

音韻ループと視空間的記銘メモは、感覚器官から入ってきた知覚情報の一時的保存の役割を果たしますが、中央実行系は従属システムの支援を受けながら、『計画・思考・推測・判断』といった高次脳機能(高次の認知活動)に必要な情報の処理と一時的保持の役割を担います。作動記憶(作業記憶)の中枢システムと従属システムでの情報処理には、上述した心的エネルギーとしての『処理資源(注意)』が必要であり、この処理資源の容量(キャパシティ)によって認知活動は制限されています。

記号を保持する音韻ループを用いた認知課題と、文章の内容を理解して正誤を判断する中央実行系を用いた認知課題は両立可能ですが、音韻ループの処理資源を越えた認知課題を課されると、中央実行系の処理資源が音韻ループに移されて、文章の内容の正誤を判断する認知課題の成績が低下します。この処理資源の容量による認知活動の制限は、バドリーの『二重課題法(dual-task method)の実験』によって確認されています。

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