オプティカルフロー(光学的流動)と感覚情報の統合

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オプティカルフローと自己移動感覚

私達は、視覚・聴覚・味覚・嗅覚・体性感覚といった感覚を活用して、外部の環境や対象の情報を知覚していますが、基本的に各種の感覚情報は『分散並列処理』をされ、必要に応じて『排他原理』に従って各感覚情報が統合されます。色彩に関する視覚情報は、可視光線(360nm-400nm, 760nm-830nm)の波長によって知覚される色のスペクトルが変わってきます。色彩知覚は、ヤング=ヘルムホルツの三色説に依拠すると、『赤色を処理する錐体細胞・緑色を処理する錐体細胞・青色を処理する錐体細胞』が可視光線を吸収する比率によって『知覚する色合い』が変化してくると考えられます。

人間が自分が動いていると感じる自己移動感の基本は、『自分が歩行している時』の視覚情報や体性感覚情報の一致にありますが、科学技術が進歩した現代社会では、自動車・電車・バスなどでの移動もあるので、足の体性感覚と切り離された視覚情報だけで自己移動感が生じることもあります。人間が歩いて移動する時や車などに乗って移動する時には、外部環境で視界に収まっている各点が、眼球の網膜上を一定の法則に従って移動します。この外部環境の視界に入っている点が動く時には、網膜上に光の流れが起きますが、この光の流れのことを『オプティカルフロー(optical flow, 光学的流動)』と呼んでいます。

ディチガンス(Dichigans et al.)らの実験によると、自分が動かない場合の自己移動感は、光刺激(対象)の提示時間が3秒以下で極端に短いと余り感じられませんが、5秒以上の提示時間があればある程度しっかりとした自己移動感を感じることが出来ます。対象のオプティカルフローの速度が、1秒間に視野の90度以上あれば、自分が動かなくても自己移動感を感じますが、視野の中心部(視野の30度以下)のオプティカルフローは自己移動感ではなく対象の運動を知覚することになります。反対に、視野の周辺部のオプティカルフローで、移動する対象の数(光の点)が多いほど、自己移動感を強く感じることになります。

ヨハンソン(Johansson)の1977年の実験によれば、視野周辺部(40~90度)のオプティカルフローであれば、全視野の2~3%の領域であっても自己移動感を感じるということなので、自己移動感に対する視覚情報の働きは相当に大きいという事が分かります。自己移動感は通常、自分が歩いている場合には視覚情報と体性感覚情報の影響を受けていますが、その割合は視覚情報のほうが大きいと考えられています。

『動く部屋』と動く部屋の中に設置した『乗り物』を使ったリッシュマン(Lishman et al, 1973)の実験では、人間は自己移動感に関してはその多くを『体性感覚の手がかり』ではなく『視覚の手がかり』に負っていることが分かっています。つまり、乗り物に乗った状態で見える『見かけ上の動き(部屋の動きと反対の動き)』によって、自分がどの方向に移動しているのかという自己移動感を判断しているということであり、『見かけのオプティカルフロー』が排他原理に基づいて自己移動感を規定していることになります。

オプティカルフローの特性として、ある静止点に向かって直線的に移動した場合には、その静止点から離れる方向へと放射状のオプティカルフローが起こり、その静止点から遠ざかって移動すると、その点へと向かう放射状のオプティカルフローが起こります。観察者が、ある軸を起点として回転運動を行えば、地球の天球の周囲を回るように動く星の日周運動のようなオプティカルフリーが起きるという特徴も持っています。

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感覚情報の統合を行う脳の上丘の部位

『視覚による両眼立体視と神経心理学的なアプローチ』に書いたように、人間の網膜から入った対象の視覚情報の多くは、外側膝状体(LGB)を経由して脳の後頭葉の各視覚野で処理されることになります。外側膝状体(LGB)から大脳視覚野の経路で処理される視覚情報というのは、基本的に対象の色や形態、運動といった物体認知ですが、体性感覚的手がかりと視覚的手がかりの統合など複数の『異種感覚の統合』上丘という脳の部位で行われるとされています。

パーマ(Palmer)キング(King)という心理学者は、ネズミを用いた視空間聴覚空間の異種感覚の統合実験を行いましたが、この実験結果からネズミの脳の上丘の表層部の神経細胞(ニューロン)が視覚刺激に対応し、深層部の神経細胞が聴覚刺激に対応していることを発見しました。この実験で分かることは、ネズミの上丘には、表層部に『視覚的方位選択ニューロン』があり、深層部に『聴覚的方位選択ニューロン』があるということですが、視覚的方位選択ニューロンが指示する対象の位置と聴覚的方位選択ニューロンが示す位置がほぼ一致していることから、パーマらは、上丘部で相互的な異種感覚間での情報統合が行われているのではないかと推測しました。

私達は、日常生活の中で複数の感覚器官から同じ対象に関する『多重表現の情報・多次元表現の情報・多種類表現の情報』を取得していますが、一貫性のない多重表現の情報に振り回されない為に体性感覚に視覚情報を優越させるような『排他原理』を取り入れています。対象のある特徴や性質を視覚・聴覚・嗅覚など複数の感覚器官で情報処理する際に、人間は分散並列処理を行いますが、それらの互いに競合する情報を排他原理を用いながら脳の上丘などで統合していくのです。これが、『異種感覚情報の統合』と呼ばれる高次脳機能に由来する効率的な認知となります。

『外部環境の奥行き知覚』では、陰影・運動視差・両眼非対応・透視法的手がかりなど『多重表現の情報』を取得することになり、『排他的統合』で効率的な認知を実現しますが、『色彩知覚』の場合には、色のスペクトルに対応する錐体細胞で並列処理されるので『多次元表現の情報』を取得して、各錐体細胞の相対的な光吸収率で情報を統合する『重ね合わせ的統合』を行い、的確な色の認知をすることになります。『相対的な大きさや分量の知覚』では、異種感覚の情報処理から新たな相対的属性(大きさや量を測定する単位)を作り出すので、『多種類表現の情報』を受け取って、『制御的統合』を行う事で目的的な認知を実現することが出来ます。

より高次な脳機能に基づく高度な情報処理である、適応的な行動の選択や判断、創造的な思考や計画、情動的な価値判断などに関しても『異種感覚の統合機能』が関係していますが、個別的なバラバラの情報を体系的な知識や理論、技術としてとりまとめる為には、ここで説明した基本的な『感覚情報の統合』以上に、前頭葉(前頭前野)・海馬・扁桃体などの脳器官を用いた高度な情報統合機能が必要になってくると考えられます。

つまり、感覚器官由来の『五感の異種感覚情報』を統合する比較的単純な統合機能は、脳の上丘のニューロンが果たしていると考えられますが、中期記憶や学習行動が関与する情報統合は『海馬』で行われ、スキナーのオペラント条件付け(道具的条件付け)で示されるような情動的価値判断は『扁桃体』で行われていると考えられています。海馬の神経構造や細胞形成に関する研究は、人間を人間たらしめている記憶機能の本質を探究することにつながりますが、同時に、大脳辺縁系の扁桃体や視床をドーパミンやセロトニン、アドレナリンといった神経伝達物質と絡めて研究することは、人間の喜怒哀楽の情動生起や情動的価値判断のメカニズムを解明することを意味しています。

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