視覚の空間認知や色彩知覚の恒常性

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大きさと色彩の恒常性(constancy)

『恒常性(constancy)』とは、網膜などの感覚器官を刺激する対象の『実際の性質』と異なる網膜投影像の『見せ掛けの性質』を修正(補正)しようとする生理学的・認知科学的な作用のことです。恒常性の代表的な作用として知られる『大きさの恒常性(size constancy)』では、観察者からの距離が変われば『見せ掛けの大きさ』は距離に応じて変わりますが、観察者は視覚刺激を自動的に修正して『実際の大きさ』を大まかに推測することが出来ます。

無論、距離が遠くなるにつれて見かけの大きさは段々と小さくなり、距離が近くなるにつれて見かけの大きさは段々と大きくなりますから、『見かけの大きさ』から『実際の大きさ』を誤差なく導き出す『完全恒常』を実現することは出来ませんが、大体、標準刺激(初めに提示した対象)の大きさと等しいくらいの比較刺激(距離の違う場所にある対象)を選ぶことが出来ます。

標準刺激の大きさを“W”、比較刺激を提示する距離によって標準刺激と等しい視角を得られる比較刺激の大きさを“P”、標準刺激と等しく見える比較刺激の大きさを“S”とした場合に、ブルンスウィック(Brunswik)は、R(恒常指数)=(S-P)/(W-P)の公式が成り立つとしました。同じくザウレス(Thouless)という心理学者は、Z(恒常指数)=(logS-logP)/(logW-logP)という公式が成り立つとして、完全恒常が成り立つときにZが“1”となり、恒常性が全く成り立たないときにはZは“0”になると主張しました。

色覚を生じる網膜の錐体細胞には、赤・緑・青の3種類の波長を感じる受容体があるとし、『あらゆる色を、赤(R)・緑(G)・青(B)の三原色の混合によって生み出すことが出来る』というヤング・ヘルムホルツの三色説で知られるヘルマン・フォン・ヘルムホルツ(1821-1894)『対象の光反射率』に関係する恒常性の研究に貢献しました。

ヘルムホルツは、照明の強度を変えることで、対象表面の『見かけの明るさ』が変わっても、観察者は『同じ反射率の対象』を選べることを実験的に照明しました。『明るい部屋』で見せた対象の反射率と同じ反射率を持つ対象を『やや暗い部屋』でも選ぶことが出来るという意味で、人間には明るさ(反射率)に関する恒常性の認知機能が備わっていると言えます。この事は、明るさの異なる2つの部屋を準備して、色彩の知覚に関する実験を行ったカッツ(Katz)の二室法実験でも確認されています。

『暗い部屋』に置いてある対象の色彩と『明るい部屋』に置いてある対象の色彩を同じように見えるようにする為には、暗い部屋に置いてある対象のほうを少し明るめにしなければならないように思えますが、実際には同じ明るさの色彩にしておけば(暗い部屋の色を明るめにする必要なしに)、部屋の明るさに関係なく両者を『同じ色彩』として知覚することが出来るのです。人間の視覚には、『見かけの色や明るさ』とは別に『実際の色や明るさ』を判断できるという色彩と明るさに関する恒常性が備わっていると考えられます。

カッツは、二室法実験で確認された『色の恒常性』について更に面白い実験結果を示しています。それは、目の前にある紙に穴を開けて対象を見ると、即座に『色の恒常性』が失われてしまうということです。この事実から示唆されるのは、表面色(surface color)は部屋の明るさと無関係に恒常性を示すが、平面色(film color:紙に開けた穴から見る色)になると途端に恒常性を失って部屋の明るさの影響を受けるようになるという事です。つまり、周囲を見渡すことが出来ない状態で、紙の穴から対象を覗いて見る『平面色(film color)』のように、三次元的な空間位置が認知できない場合には、実際の色を正確に認知することが難しくなり、『色の恒常性』を失ってしまうという事です。

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知覚(視覚)の恒常性を説明する理論

何故、『見かけの視覚情報』と『実際の色や大きさ』が異なるにも関わらず、正しい大きさや本当の色を瞬間的に自動的に判断することが出来るのでしょうか。この恒常性が成立する原因については、多くの心理学者たちが様々な仮説を立てて考えてきました。

熱力学の自由エネルギーやエネルギー保存則、知覚心理学(色彩心理学)のヤング=ヘルムホルツの三色説で著名なヘルマン・フォン・ヘルムホルツは、知覚の恒常性が成り立つ理由として、フロイトの精神分析のような無意識概念を取り入れた無意識的推論説を主張しました。ヘルムホルツによれば、外界の対象や事物の正確な性質・属性を判断するために必要な情報が不足していたり、間違った情報が与えられている場合には、過去に習得した知識・経験・記憶を無意識的に活用して的確な判断を下す能力が、先天的に人間に備わっているといいます。

しかし、無意識領域にある知識や記憶、欲求、期待が、『不完全な情報(間違った情報)』を『正確な情報(適切な情報)』に自動的に変換してくれるというヘルムホルツの無意識的推論説は反証可能性を持たない為に、『正しいかどうかを検証できず非科学的である』という厳しい批判に晒されました。

行動科学(行動主義心理学)分野で、C.L.ハルと同じく新行動主義者(neo-behaviourism)に分類されるウッドワースは、パヴロフの犬の実験で確認された古典的条件付け(レスポンデント条件付け)のS-R理論(S-R連合)を改良して、工学分野の『Input-Blackbox-Outputモデル』を行動科学の理論に持ち込みました。刺激(S:Stimulus)に対する反応(R:Response)であるS-R連合で人間の行動原理を説明する古典的条件付けに変わって、有機体の情報処理過程(認知・知覚過程)であるO(Organism)を加えて、S-O-R理論を提唱しました。

ヴェルトハイマー(1880-1943)が創始したゲシュタルト心理学(Gestalt Psychology)では、刺激に対する反応(感覚・知覚)が絶えず機械的に同一であるとする恒常仮定を否定して、実験心理学の祖ヴント以来の要素主義心理学(構成主義心理学)に批判的な姿勢を見せました。知覚研究からスタートしたゲシュタルト心理学では、知覚の要素還元主義を否定する『仮現運動』の実験などが行われ、心理現象の全体性とまとまりが重視されました。

視知覚研究の分野でも多くの貢献をしたゲシュタルト心理学の初期の研究者コフカ(Koffka)は、『遠刺激(distal stimulus)』『近刺激(proximal stimulus)』の概念を提起して、視覚(知覚)の恒常性を説明しました。コフカは、外界にあるテレビや車などの物理的対象を『遠刺激』とし、網膜像に投影される光刺激のことを『近刺激』と定義していますが、直接的に本当の性質を知覚できない遠刺激の性質(属性)を、近刺激によって駆動される『内的過程』によって理解できるとしました。即ち、コフカは、遠刺激は『不完全な情報・間違った情報』しか生体に与えてくれないが、遠刺激が反射した光の刺激が網膜に到達した近刺激は『客観的な情報=恒常性のある情報』を与えてくれると考えたのです。

ヴェルトハイマーとケーラー、コフカから始まるゲシュタルト心理学は、部分的な要素に分解する要素還元主義に対するアンチテーゼであり、『ゲシュタルト(形態・全体性)』として心理現象を理解していこうとする心理学派の潮流です。その為、コフカは、『視覚の大きさの恒常性』は、『全体空間の枠組み(フレームワーク)』によって規定されると考え、距離の差によって視覚対象の恒常性が崩れないのは、それぞれの対象と等しい距離にある周辺の事物が枠組み(フレームワーク)を形成するからであると考えました。

つまり、対象の周辺にある柱や建物などと対象との大きさの比率が常に一定であるという『全体空間の枠組み(フレームワーク)』が自動的に形成されることによって、視覚の恒常性が維持されていると主張したのです。

エイムズ(Ames)とイテルソン(Ittelson)、カントリル(Cantril)が提起した『トランザクショナル理論(transactional theory)』では、後天的な経験と知覚の積み重ねによって形成される『知覚的仮説(perceptive assumption)』で大きさの恒常性などを説明します。人間(有機体)は、日々の生活によって蓄積される経験や知覚から知覚的仮説を構築しますが、その仮説は、外部世界や知覚、行動と相互的に関与し合っています。

知覚的仮説はいったん形成されたら長期間にわたって変わらないという性質を持っているわけではなく、更なる経験や行動の成否によって仮説は修正され訂正されていきます。人間個人の行動を規定する知覚的仮説の総体は『仮説的外界(assumptive world)』と呼ばれ、人間の知覚する現実世界では仮説的外界が外在化したものであると考えられています。仮説的外界における対象の大きさについての仮説によって、大きさに関する知覚の恒常性が成り立つとトランザクショナル理論では考えますが、これは本質的にヘルムホルツの無意識的推論説と変わらないものであるという批判があります。

ギブソンの生態学的アプローチによる視覚研究

認知心理学の分野で『環境世界を知覚する生体(主観)』と『環境世界にある事象(客体)』との相互作用としてアフォーダンス理論を提起したJ.J.ギブソンも、生態心理学の立場から知覚(視覚)の恒常性について考えました。ギブソンは、従来の知覚心理学(認知心理学)で常識であった抽象的空間の知覚説である『大気説(air theory)』を否定して、地平線や背景の事物との相対的な距離感を考慮する『大地説(ground theory)』によって、物体の知覚や恒常性を研究しました。

抽象的な空間の相対的な距離を、頭の中で仮想的に測定しようとする『大気説』では、網膜上の像として距離が近いか遠いかを測定することが出来ません。一方、周囲の地平線や地表面との関係の中で相対的な距離を測定しようとする『大地説』では、網膜上の像に序列的なパターンと格差が作られることになります。『大地説』で視覚を考えると、大地上の距離の違いや表面の凸凹などによって視角の差ができ、肌理(texture)の勾配(gradient)のパターン(変化とか連続性とか)から、網膜像から直接的に距離感を知覚することが可能となります。

ギブソンは、『知覚機能』を、大地説に基づく各要素(対象)の序列的な配置から、肌理や勾配などから一義的に推測される空間情報を抽出する作用であると考えました。また、知覚世界には対象や事物のように『変化する要素』と肌理や位置情報、勾配(傾き)のように『変化しない要素』があると考え、後者の変化しない要素のことを『不変項(invariant)』と呼びました。

ギブソンは、知覚対象となる環境世界にある事物や現象は変化するが、不変項(invariant)としての遠近法構造(環境世界の全体的配列)は普遍的に同一で変化することはないと考えました。これは、人間が観察点を移動すれば、視野が『オプティカル・フロー(optical flow)』と呼ばれる光学的な流動を起こすものの、遠方に見える地平線や景色そのものは不変項として変化しないということを意味します。ギブソンは、環境世界に所与のものとして存在している各種の不変項によって、人間がいつも一定の客観的な知覚を行うことが可能になると考え、このような環境世界からの普遍的な情報の付与をアフォーダンス(affordance)と呼びました。

ギブソンが『大きさの恒常性』が生じる根拠として上げたのが『環境世界に内在する不変項(invariant)』であり、その代表的な不変項が『等量の地形に対する等量の肌理(texture)』『地平線比率』です。前者はどんなに広大な空間であっても、大きさの基本単位となる肌理は変化しないという不変項であり、後者はどんなに遠くまで続く空間であっても、同じ高さを持つ物体は、地平線によって同じ比率で分割されることになるという不変項です。不変項が何故生じるのかという根拠を問うことに意味はないとギブソンは考え、人間の知覚に対応する不変項は所与のものとして初めから存在しているといいます。

『環境世界の所与の不変項』によって自動的に『対象の大きさの情報』が抽出されるというのが、ギブソンのアフォーダンスを踏まえた空間知覚理論ですが、ギブソンの立場に立てば、直接的に『大きさの恒常性』を知覚できる人間は、内的心理過程などを必要以上に考える必要はないという事になります。

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