視覚による両眼立体視と神経心理学的なアプローチ

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初期視覚と高次視覚

私達は、眼の網膜と脳が実現する感覚機能である視覚によって『光の強さ・光の方向・照明(光源)の種類・事物の同定と定位・自己の身体の位置・姿勢の知覚・運動の状態』など様々な情報を取得しています。視覚は、瞬時的に膨大な視覚情報を的確に分類して処理することで、生体の生存と活動に有利な情報を摂取していますが、認知心理学では、『外界を見るという単純な行為』『(脳機能を介在して)外界の情報を内界で再構成するという複雑な情報処理』の間のプロセスを解明しようとします。

視覚の最も基本的な機能は、『形状による物体認識』であるが、認知心理学者のマー(Marr)は、『観察地点による見え方』の違いを解決する為に、見る角度によって変化するリアルタイムの『視覚による見え方』ではなく、『一般的な情報』によって物体認識を行おうとしました。マーは、観察地点に依拠しない一般的なヒトの見え方として、『頭部・胴体・右腕・左腕・右脚・左脚』を円筒で表して、6本の円筒で『一般的なヒトの形状』を表せる三次元モデルを考えました。即ち、ヒトを上下左右から見る『視覚による見え方』では、観察地点によって見え方が変わってしまうので、『6本の円筒の形状によって構成する物体がヒトである』という『ヒトの形状に関する一般的な情報』によって物体認識を行ったのです。

マーと西原の提起した『2・1/2次元スケッチ(2と1/2次元スケッチ)』のアイデアというのは、上記した『観察地点に依拠しない見え方(一般情報による物体認識)』とは反対のアイデアであり、『観察地点に依拠する観察者中心の物体のスケッチ』のことです。つまり、2・1/2次元スケッチとは、物体の表面の向きや奥行きなどを観察者に対して相対的に描いたスケッチで、『視覚による物体認識』に必要な『表面の形状(形態)』を観察者の視点で写し取ったものです。

マーの2・1/2次元スケッチは、人間の視覚機能による物体認知を簡略化したもので、光源の強度や向き、対象の表面反射率などを考慮せずに、物体の形状(形態)の知覚だけを問題にしています。このような物体の形状(形態)だけに特化した観察者中心の知覚を『初期視覚』といい、観察者の視点に依存しない普遍的な三次元の物体知覚を『高次視覚』と呼びます。網膜には二次元の画像が投影され、脳内でその画像は三次元の立体的な映像へと変換されるが、この立体視の情報処理過程も形態を主観的に知覚する『初期視覚』に分類されます。

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視覚の神経心理学的アプローチ

人間の視覚機能を脳の機能局在説を元に考えると、視覚機能を実現する脳の領野の多くは後頭葉に集中しています。マカクなどのサルを用いた動物実験によって、観察者の視点に依拠する『初期視覚』が脳のどの部位によって行われるのかが明らかにされています。

大脳新皮質の後頭葉の外側にあるV1(第1次視覚野)、月状溝と下後頭溝にかかっているV2(第2次視覚野)、月状溝の前部にあるV4(第4次視覚野)、上側頭溝の内部にあるV5(第5次視覚野)やMT野などによって初期視覚の機能が担われていることが分かっています。

後頭葉全域に分布している視覚野は、同じ視覚機能を担当しているとしても細かい機能分担が為されているのではないかと考えられており、V1やV2では物体の輪郭や両眼立体視の情報処理が行われていると考えられています。但し、その機能分担は、脳の領域(場所)によって明確に線引きできるものではなく、多くの場合、情報伝達過程の経路の独立性や分離性はそれほど高くありません。色彩や形態の知覚はV4、運動の知覚はV5というように視覚機能も機能局在説に従っているとされています。また、記憶機能を司る側頭葉と場所の近いV4(第4次視覚野)では、重要な人間の認知機能である『選択的注意』の情報処理プロセスが行われているという実験結果もあります。

複雑な色彩や形態の知覚は、V4野に相当する紡錘状回や舌状回などが担っているとされますが、紡錘状回や舌状回は、記憶機能と関わりが深い海馬や周嗅、内嗅の領域と近接しています。高次の運動の情報処理は、頭頂葉や側頭葉と接合しているV5野やMT野と呼ばれる部分で行われます。

生理学者のリヴィングストンヒューベルは、『大細胞系と小細胞系』という理論を1987年に発表して、視覚の情報処理過程の大まかな概略を示しました。外部の対象や事象の光刺激の情報を『網膜』で受け取ると、その情報は網膜から神経節細胞を通って『視神経』へと運ばれ、情報は視神経を通って大脳の視床にある『外側膝状体(LGN)』へと伝達されます。外側膝状体(LGN)からは3本の情報伝達経路が分岐していて、それぞれの情報経路がある程度の独立性を保って、『色・形・奥行き・運動・質感』などの視覚情報処理を行っていると考えられます。

後頭葉のV1をはじめとする視覚野は『6つの層』に分かれており、その中の第4層は更に細かく『4A層・4B層・4Cα層・4Cβ層』へと分かれています。後頭葉の6層に分かれている視覚野の第2層と第3層には、チトクローム酸化酵素が高濃度に含まれている『ブロッブ』と呼ばれる部分があり、そのブロッブも視覚情報処理過程に関与していることが分かっています。

上記したリヴィングストンとヒューベルの『大細胞系と小細胞系』の理論では、外側膝状体(LGN)の小細胞層で出力される情報は4Cβ層に投射され、大細胞層で出力される情報は4Cα層へ選択的に投射されます。視覚の情報処理の伝達経路を『大細胞系』と『小細胞系』で分類すると、以下のようになります。

A‐神経節細胞→大細胞層→4Cα層→4B層→太い縞層→MT野

B‐神経節細胞→小細胞層→4Cβ層→ブロッブ→細い縞層→V4野

小細胞層→4Cβ層→ブロッブでない層→薄い縞層→V2野より高次の視覚野

『薄い縞層・太い縞層・細い縞層』というのは、大脳新皮質の解剖学的な所見に基づく分類であり、ブロッブと同じく、チトクローム酸化酵素の濃度によって縞状の模様の見え方が異なることによって生まれた分類です。大細胞系の特徴として、『時間解像度が高く、空間解像度が低い』という特徴があり、MT野から頭頂葉に選択的に投射する大細胞系は、空間知覚や知覚運動協応を司っていると考えられています。V4から側頭葉に選択的に投射する小細胞系の特徴として、『時間解像度が低く、空間解像度が高い』という特徴があり、物体・事物・色彩の認識を司っていると考えられています。

視覚の両眼立体視の成立要因

二次元の画像を三次元の立体的表象へと変換するためには、『奥行き手がかり』が必要となってきますが、初期視覚である両眼立体視も奥行き手がかりの一つです。奥行き手がかりとなる要素には、両眼立体視以外にも、線遠近法、テクスチャ(texture, 肌理)の勾配と陰影、運動などがあります。

ユレシュ(Julesz)の考案した白と黒の点を配列した『ランダムドットステレオグラム(random dot stereogram)』では、人間が『両眼視差』と『白と黒の点の配列=ランダムドットステレオグラム』という極めて限られた情報だけから、三次元の立体像を再構成できることが分かりました。

特定の情報だけを処理して機能を発現する過程を『モジュール(module)』と呼ぶが、視覚系は『両眼視差の情報』だけを利用して二次元の画像から三次元の表面の知覚を取り出せる『両眼立体視』のモジュールを持っていると言えます。認知心理学の領域では、実際の適応的な行動の選択の手がかりとなるものを『実働的手がかり』といい、科学的な理論形成の客観的な手がかりとなるものを『有効な手がかり』といいます。

両眼視差は、両眼立体視を成立させる要因であり、実際に人間が『対象の奥行き』を知覚しているので『実働的な手がかり』になりますが、同時に、両眼視差は『対象の奥行き』と1対1で対応する科学的な指標でもあるので『有効な手がかり』といえます。『物体の大きさ』によって物体までの大まかな距離を主観的に推測するような場合には、物体の大きさは『実働的な手がかり』となっていますが、正確な距離を測る為の指標とはならないので『有効な手がかり』とはいえません。

人間の右眼と左眼は約6~7センチほど離れて位置しているので、両眼に写る網膜像には若干の違いが生まれます。この違いが両眼立体視の要因の両眼視差であり、人間は両眼視差やその他のテクスチャ(肌理)の勾配や陰影の要因などによって、事象の奥行きを知覚することが可能となります。

『一つの対象』の網膜の座標系における位置の違いを『絶対視差』といい、『複数の対象』の網膜における絶対視差の違いを『相対視差』といいますが、ユレシュの行ったランダムドットステレオグラムの実験は、両眼の相対視差を利用して、奥行きと形状を持った三次元の物体を知覚させる実験です。

認知心理学の研究では、与えられた情報をどのように利用して実際的な行動につなげていくのかという『実働的な手がかり』が重視されますが、マーは『有効な手がかり』を探究する視覚研究を計算理論のレベルの研究と考え、『実働的な手がかり』を探究する認知心理学的な研究をアルゴリズム・表現(algorithm and representation)や実装(implementation)の問題であると考えました。

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