『孟子』の離婁章句の書き下し文と現代語訳

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弱肉強食の論理が優先される戦国時代に、軍事力による覇道政治を戒めて、道徳による王道政治の理想を説いたのが儒学の大家である孟子です。孟子と戦国諸侯の含蓄のある対話や孟子と高弟たちの言行・思想を集積して編纂した『孟子』の離婁章句(りろうしょうく)の書き下し文を掲載して、簡単な解説(意訳や時代背景)を付け加えていきます。ここでは『孟子』の離婁章句(孟子 第七巻, 第八巻)の一部を抜粋して解説しています。冒頭にある1,2,……の番号は、『孟子』の実際の章とは関係なく便宜的につけているものです。

[書き下し文]1.孟子曰く、離婁(りろう)の明、公輸子(こうゆし)の巧も、規矩(きく)を以てせざれば、方員(ほうえん)を成すこと能わず。師廣(しこう)の聡も、六律(りくりつ)を以てせざれば、五音(ごいん)を正すこと能わず。尭・舜の道も、仁政を以てせざれば、天下を平治(へいじ)すること能わず。今、仁心・仁聞(じんぶん)ありて、而も民その沢(たく)を被らず、後世に法す(ほうす)べからざる者は、先王の道を行わざればなり。故に曰く、徒善(とぜん)は以て政(まつりごと)を為すに足らず、徒法(とほう)は以て自ら行わるること能わず。詩には、愆らず(あやまらず)忘れず、旧き(ふるき)章(おきて)に率い(したがい)由る(よる)、と云えり。

先王の法に遵いて(したがいて)過つ(あやまつ)者は、未だこれあらざるなり。聖人既に目の力を竭くし(つくし)、これに継ぐに規矩準縄(きくじゅんじょう)を以てする。以て方員平直(ほうえんへいちょく)を為すこと、用うるに勝るべからず。既に耳の力を竭くし、これに継ぐに六律を以てする。五音を正すこと、用うるに勝るべからず。既に心思(しんし)を竭くし、これに継ぐに人に忍びざるの政を以てする。而して(しこうして)、仁、天下を覆う。故に曰く、高きを為すには必ず丘陵に因り(より)、下き(ひくき)を為すには必ず川沢(せんたく)に因ると。政を為すに先王の道に因らずんば、智と謂うべけんや。是(ここ)を以て惟(ただ)仁者は宜しく高位に在るべし。不仁にして高位に在るは、是れその悪を衆に播く(まく)ことなり。

上(かみ)に道もて揆る(はかる)ことなく、下(しも)に法もて守ることなく、朝は道を信ぜず、工は度(のり)を信ぜず、君子は義を犯し、小人は刑を犯して、国の存する所の者は幸いなり。故に曰く、城郭(じょうかく)完き(まったき)ことなく、兵甲(へいこう)多からざるは、国の災いに非ざるなり。田野辟けず(ひらけず)、貨財聚まらざる(あつまらざる)は、国の害に非ざるなり。上礼なく、下学なければ、賊民興りて(おこりて)、喪びる(ほろびる)日は無し。詩に曰く、天の方に(まさに)蹶かん(うごかん)とする、然く泄泄(えいえい)たることなかれと。泄泄とは猶沓沓(とうとう)の如きなり。君に事えて(つかえて)義なく、進退礼なく、言えば則ち先王の道を非る(そしる)者は、猶沓沓の如きなり。故に曰く、難きを君に責める、これを恭(きょう)と謂い、善を陳べ(のべ)邪を閉じる、これを敬と謂い、吾が君能わずとする、これを賊と謂う。

[口語訳]孟子がおっしゃった。『離婁のような優れた視力、公輸子のような優れた技巧、それらがあっても、規矩(ものさしとコンパス)がなければ正方形も円も描けない。師廣のような優れた聴力があっても、六律という調律に依拠しなければ、五つの音階(宮・商・角・徴・羽)を正確に演奏することは出来ない。尭・舜の正しい道も、仁政をもって行わなければ、天下を平穏に統治することは出来ない。現在、仁愛の心を持っていて、天下に仁愛の君子としての名声が聴こえていながら、人民がその恩恵を得られず、後世の模範となれないのは、古代の聖王の仁政の道を実践しないからである。そのため、昔からこう言われている。「ただ善意だけで政治を行うことはできない、ただ法律だけで法律が実施されることはない。」と。

「詩経」でもこう歌っている。「誤ることなく、忘れることなく、古代の規範を守るように」と。古代の聖王の法に従って、過ちを犯した人はまだいない。聖人が自分の視力の限りを尽くし、規矩準縄(ものさし・コンパス・墨縄)を使うのであるから、完全な正方形・円・平面・直線を描くことができるのである。聖人が聴覚の限りを尽くし、六律の調律に依拠するのだから、五音の音階を正確に演奏することが出来るのである。聖人が思考と心情の限りを尽くし、惻隠の情をもって政治に当たるのだから、その人民を思う仁愛が天下を覆うのである。「高台の設営には、丘陵を選び、人工湖を造るには、川や沼地を選ばなければならない。」と昔から言われる。政治を実施するのに古代の聖王の道に従わないのであれば、その為政者に智恵があるとは言えないだろう。このように、仁者こそ高位にあるべきなのである。仁徳のない者が高位に上がれば、その悪徳を大衆に撒き散らしてしまうのである。

上位にある者が道徳に背き、下位にある者が法律を守らないと、朝廷に仕える者は道徳を信じず、職人は尺度を信じず、君子は正義を行わず、小人は犯罪を犯すようになるが、この状態になると、国家が存立しているというだけで幸運と言わなければならない。昔からこう言われている。「城壁が完全ではなく、武器・甲冑が多くないことが、国家の災難なのではない。農地が開拓されず、財貨が集らないことが、国家の害悪なのではない。」と。上位にある者が礼を失い、下位にある者が学問をしなくなると、君主に背く賊民が勃興して、国家は滅亡する。「詩経」ではこう歌っている。「天は今にも動こうとしている、泄泄(えいえい)としていてはならない(国家の秩序を乱してはならない)。」と。泄泄とは沓沓(とうとう)ということである。主君に仕えて忠義に背き、行動に礼節が伴っておらず、発言すれば先王の道を誹謗するのが、沓沓ということなのである。その為、次のように言っている。「困難なことを主君の責任にすることを恭といい、正しい意見を述べて、間違った発言をする者を批判することを敬といい、我が主君には出来ないとして諦める(逆らう)ことを賊という。」と。』

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[書き下し文]2.孟子曰く、桀紂(けっちゅう)の天下を失えるは、その民を失えばなり。その民を失うとは、その心を失うなり。天下を得るに道あり。その民を得れば、斯ち(すなわち)天下を得べし(うべし)。その民を得るに道あり。その心を得れば、斯ち民を得べし。その心を得るに道あり。欲する所はこれを与えこれを聚め、悪む(にくむ)所は施すなからんのみ。民の仁に帰するや、猶(なお)水の下き(ひくき)に就き、獣の廣(こう)に走るがごときなり。故に淵の為に魚をかる者は、獺(だつ)なり。叢(くさむら)の為に爵(すずめ)をかる者は、センなり。湯武(とうぶ)の為に民をかる者は、桀(けつ)と紂(ちゅう)なり。今天下の君、仁を好む者あらば、則ち諸侯皆これが為にからん。王たることなからんと欲すと雖も、得べからざるのみ。今の王たらんと欲する者は、猶七年の病に、三年の艾(もぐさ)を求むるがごときなり。苟しくも蓄えざるを為さば、身を終うるまでも得じ。苟しくも仁に志ざずんば、身を終うるまで憂辱(ゆうじょく)して、以て死亡に陥らん。詩に、それ何ぞ能く淑からん(よからん)、載ち(すなわち)胥(あい)及(とも)に溺ると云うは、この謂(いい)なり。

[口語訳]孟子がおっしゃった。『暴君の夏の桀王・殷の紂王が天下を失ったのは、人民を失ったからである。人民を失ったとは、人民の心を失ったということである。天下を手に入れるには正しい道(方法)がある。人民を手に入れれば、天下を手中にすることができる。人民を手に入れるには正しい道(方法)がある。人民の心を手に入れれば、人民を得ることができる。人民の心を手に入れるには道がある。人民の欲しがるものを集めてあげ、人民の嫌うものを与えないようにすることである。人民が仁徳に帰属するのは、まるで水が低い方向へ流れ、獣が広野に走っていくようなものである。淵に魚を追っていくのが、獺(かわうそ)である、草むらに雀を追い立てていくのが、ハヤブサ(トビ)である。殷の湯王・周の武王のほうへと人民を追い立てていったのは、夏の桀王・殷の紂王である。今、天下の君主の中で仁政を好む者があれば、諸侯はみんなその君主のほうへと人民を追い立てていくだろう。天下を統べる王になりたくないといっても、(仁徳のある君主には)王にならないということは不可能である。今、天下の王になりたいと欲する者は、まるで七年間続いた持病を治すために、三年間乾燥させた艾(もぐさ)を求めるようなものである(まったくもって無益なことである)。もし、普段からもぐさを蓄えていなければ、死ぬまで病気の治療に必要な「古い乾燥もぐさ」を手に入れることは出来ない。もし、仁政に志していなければ、死ぬまで後世の恥辱を受けることを心配して、そのまま死亡することになるだろう。「詩経」ではこう歌っている。「その行為の何処が良いのだろうか?一緒に溺死するだけである。」と。この詩経の言葉は、仁政がその場凌ぎでは出来ないことを言っているのだ。(仁政を人民に施すには、常日頃からの弛まぬ心がけと迅速な行動が必要なのである。)』

[書き下し文]3.孟子曰く、自ら暴なう(そこなう)者は、与(とも)に言うあるべからざるなり。自ら棄つる(すつる)者は、与に為すあるべからざるなり。言(げん)、礼義(れいぎ)を非る(そしる)、これを自暴と謂う。吾が身、仁に居り(おり)義に由る(よる)能わざる、これを自棄と謂う。仁は人の安宅なり。義は人の正路なり。安宅を曠しく(むなしく)して居らず。正路を舎てて(すてて)由らず。哀しきかな。

[口語訳]孟子がおっしゃった。『自分で自分の価値を損なう者は、一緒に有意義な言葉を交わすことが出来ない。自分で自分の尊厳を放棄した者は、一緒に価値ある行動(仕事)をすることが出来ない。言葉を口にすれば、礼節や道義を誹謗中傷すること、これを自暴という。自分のような人間には、仁愛(思いやり)を持って道義(善悪の分別)に従った行動ができないということ、これを自棄という。仁とは人間が安楽に住める家宅であり、義とは人間が歩くべき正しい道である。仁の安らかな家を留守にして住まない、正しい道を捨て去ってそれに依拠しない、何と哀れなことであろうか。』

[書き下し文]4.孟子曰く、人の患い(うれい)は、好みて人の師と為るに在り。

[口語訳]孟子がおっしゃった。『人間の憂うべきところは、自ら好んで人の師になりたがることである。』

[書き下し文]5.孟子曰く、仲尼は已甚だしき(はなはだしき)ことを為さざる者なり。

[口語訳]孟子がおっしゃった。『孔子(仲尼)は、極端な振る舞いはなさらない人であった。』

[書き下し文]6.徐子(じょし)曰く、仲尼亟(しばしば)水を称して曰く、水なる哉(かな)、水なる哉、と。何をか水に取れるや。孟子曰く、原泉は混混(こんこん)として昼夜を舎かず(おかず)。科(あな)に盈ちて(みちて)而る(しかる)後に進み、四海に放たれる。本ある者は是くの如し。是れこれを取れるのみ。苟しくも本なしと為さば、七八月の間、雨集まりて、溝カイ(こうかい)皆盈つるも、その涸るるや、立ちて待つべきなり。故に声聞(せいぶん)情(じつ)に過ぐるは、君子これを恥じる。

[口語訳]徐子がお尋ねになられた。『孔子(仲尼)はたびたび水を褒めて、「水かな、水かな」と言われましたが、水のどういったところを取り上げられたのですか?』孟子は答えて言われた。『水源から出る水はコンコンと湧き出て、昼夜関係なく溢れ出している。水は穴を満たして更に進み、世界の海へと流れ出ていく。根本がある素晴らしいものは、水のようなものであるという。孔子はこれを取り上げられたのである。もし、根本たる水源がなければ、七、八月頃には、雨が集中して降るので、溝は水でいっぱいに満たされる。しかし、雨が降り止んでしまえば、立って待っている間にその水は涸れ果ててしまう。その為、君子は天下に鳴り響く名声が、自分の実力以上のものになることを恥じるのである。』

[書き下し文]7.孟子曰く、人の禽獣に異なる所以(ゆえん)の者は幾ど(ほとんど)希(まれ)なり。庶民はこれを去り、君子はこれを存す(そんす)。舜は庶物(しょぶつ)を明らかにし、人倫を察か(あきらか)にす。仁義に由りて(よりて)行う、仁義を行うに非ざるなり。

[口語訳]孟子がおっしゃった。『人間と鳥獣とが異なっている点は、ほとんど僅かなものである。庶民は鳥獣との違いを失い、君子はその違いを保持している。舜は万物の理法を明らかにして、人間の踏み行うべき倫理を明らかにした。舜帝は、(先王から続く)仁義の道に依拠して行ったのであり、自分独自の仁義を実践したわけではないのだ。』

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[書き下し文]8.孟子曰く、君子の人に異なる所以(ゆえん)は、その心を存するを以てなり。君子は仁を以て心を存し、礼を以て心を存す。仁者は人を愛し、礼ある者は人を敬す。人を愛する者は、人恒に(つねに)これを愛し、人を敬する者は、人恒にこれを敬す。ここに人あり。その我を待つに横逆(おうぎゃく)を以てすれば、則ち君子は必ず自ら反するなり。我必ず不仁ならん。必ず無礼ならん。この物奚ぞ(なんぞ)宜しく至るべけんや、と。その自ら反して仁なり。自ら反して礼あり。その横逆由(なお)是くのごとくなるや、君子は必ず自ら反するなり。我必ず不忠ならん、と。自ら反して忠なり。その横逆由是くのごとくなるや、君子曰く、これ亦妄人(もうじん)なるのみ。此く(かく)の如くあれば、則ち禽獣と奚ぞ択ばん。禽獣に於いてまた何ぞ難ぜん、と。是の故に君子には終身の憂いあるも、一朝の患いなきなり。乃ち(すなわち)憂うる所の若きは則ちこれあり。舜も人なり、我も亦人なり。舜は法を天下に為して、後世に伝うべくする。我は由未だ郷人(きょうじん)たるを免れざるなり。是は則ち憂うべきなり。これを憂えば如何(いか)にせん。舜の如くせんのみ。夫の(その)君子の若きは、患いとする所は則ち亡し(なし)。仁に非ざれば為すなきなり。礼に非ざれば行うなきなり。一朝の患いあるが如きは、則ち君子は憂いとせず。

[口語訳]孟子がおっしゃった。『君子と人民との違いは、本心を保持できるか否か(道義に従う心を養えるか否か)ということにある。君子は仁によって本心を保持し、礼によって本心を保っている。仁者は人を愛するし、礼を身に付けた者は人を尊敬する。他人を愛する人は、他人もいつもその人を愛する。他人を尊敬する人は、他人もいつもその人を敬う。今、ここに人がいるとする。その人が、自分に無礼・乱暴なことをしてくるとすると、君子は必ず自分について反省をする。私に仁愛(思いやり)がなかったのではないか、私が無礼をしたのではないかというように。この人はどうして、こんなに無礼で乱暴なことをするに至ったのだろうか?、と。己を反省してみて、仁愛の心を失っていなかった、礼節を失ってもいなかったことが分かった。

それなのに、まだ相手は自分に対して横柄で乱暴な振る舞いを仕掛けてくる。君子は更に自省して、私の忠実(正直さ)が足りなかったのではないかと考える。反省してみて、自分が忠実であったことが分かる。しかし、それなのにまだ相手は自分に無礼・乱暴な態度を取ってくる。事がここに至ると、君子はこう言うだろう。「この人は、常軌を逸した狂人である。このような状態では、(人間といえども)鳥獣と何の変わりもないではないか。鳥獣に対して、何を非難しようというのか?(非難しても無駄である。)」と。この為、有徳の君子は、生涯にわたる重要な事柄に対する憂慮はあるが、ある日起きた取るに足りない些事(さじ)に悩むことなどはない。君子が生涯にわたって憂慮する重大なことは次のようなことである。舜帝は人間である。私もまた人間である。舜帝は人倫の法を天下に広めて、後世にその良い影響を伝えた。なのに、私は、まだただの村人に過ぎない。これは憂うべきことである。これを憂えばどうするべきなのか?舜のように正しい行いをするだけである。そういった君子は、必要以上の悩みとするような問題がない。仁でなければ何もしない。礼でなければ何もしない。ある日起こった取るに足りない問題のようなものは、君子は全く悩みとしないのである。』

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