『大学』の書き下し文と現代語訳:12

儒教(儒学)の基本思想を示した経典に、『論語』『孟子』『大学』『中庸』の四書(ししょ)がありますが、ここでは儒者の自己修養と政治思想を説いた『大学』の解説をしています。『大学』は元々は大著の『礼記』(四書五経の一つ)の一篇を編纂したものであり、曾子や秦漢の儒家によってその原型が作られたと考えられています。南宋時代以降に、『四書五経』という基本経典の括り方が完成しました。

『大学』は『修身・斉家・治国・平天下』の段階的に発展する政治思想の要諦を述べた書物であり、身近な自分の事柄から遠大な国家の理想まで、長い思想の射程を持っている。しかし、その原文はわずかに“1753文字”であり、非常に簡潔にまとめられている。『大学』の白文・書き下し文・現代語訳を書いていく。

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金谷治『大学・中庸』(岩波文庫),宇野哲人『大学』(講談社学術文庫),伊與田覺『『大学』を素読する』(致知出版社)

[白文]

所謂治国必先斎其家者、其家不可教、而能教人者無之。故君子不出家、而成教於国。孝者所以事君也。弟者所以事長也。慈者所以使衆也。

[書き下し文]

所謂国を治むるには必ず先ずその家を斎うとは、その家教うべからずして、能く人を教うる者はこれ無し。故に君子は家を出でずして、教えを国に成す。孝は君に事うる(つかうる)所以なり。弟(てい)は長(ちょう)に事うる所以なり。慈(じ)は衆を使う所以なり。

[現代語訳]

いわゆる国を治めるには必ずまずその家を斉えなければ(ととのえなければ)ならないが、自分の家さえ教えることができないのに、国の人民を統治して教えることなどとてもできないからである。そのため、君子は家を出ずに、自らの修身・斉家の徳を通じてその教えを国全体に及ぼすことができるのである。親への孝は、主君に仕える忠につながる。兄への悌は、長者に仕える順につながる。子弟への慈は、大衆を慈しむ恵につながっているという所以である。

[補足]

儒教では『治国』の基盤に『斉家』があると考えるのが基本であるが、ここでは『国を治めること』と『家を斉えること』がどのように相関しているかを分かりやすく説いている。親に孝行を尽くす斉家の徳は、主君に忠誠を尽くすという治国の『忠』の徳につながっていく。同様に、兄に対する悌という斉家の徳は、目上の人に従順に従うという治国の『順』の徳につながる。そして子弟への慈愛は、大衆への『恵』の徳を生み出す母胎となるのである。

[白文]

康誥曰、如保赤子。心誠求之、雖不中不遠矣。未有学養子而后嫁者也。一家仁、一国興仁、一家譲、一国興譲、一人貪戻、一国作乱。其機如此。此謂一言憤事、一人定国。

[書き下し文]

康誥(こうこう)に曰く、赤子(せきし)を保つが如しと。心誠にこれを求むれば、中らず(あたらず)と雖も遠からず。未だ子を養うことを学びて而して(しかして)后(のち)に嫁(か)する者あらざるなり。一家仁なれば一国仁(じん)に興り(おこり)、一家譲(じょう)なれば一国譲に興り、一人貪戻(たんれい)なれば一国乱を作す(なす)。その機かくの如し。これを一言事を憤り(やぶり)、一人国を定むと謂う。

[現代語訳]

康誥(こうこう)が言うには、君子が百姓(人民)を愛することは、慈母が赤子を保つようなものであると。母親の心が真心を持って赤子の気持ちを知ろうと求めれば、当たらずとも遠からずである。いまだ子供を育てることを勉強して学んでから、その後にようやく嫁ぐという女性はいないのである。君子の家が仁であれば、それに感化されて一国の中にも仁の気風が起こり、家が譲であれば一国もこれに影響されて譲(控えめ)となり、君子が私利私欲をむさぼって暴虐であれば、一国は乱れて反乱が起こるのである。国を治める機会とはこのようなものなのである。これを古語で、一言の失言が事業を台無しにしてしまい、一人の正しい行いが国を安定させるに至ると言っているのだ。

[補足]

君子の百姓・人民に対する『仁徳』とは無償の愛に近いものだが、この章ではその君子の仁を『母親の赤子に対する慈愛』になぞらえることで解説している。君子が自分自身の家を斉えて、『仁・譲』の徳をきちんと実践していけば、一国の他の人々もその君子の模範を見倣って、国がより良く安定的に治まるということを述べている。

[白文]

堯舜帥天下以仁、而民従之。桀紂帥天下以暴、而民従之。其所令反其所好、而民不従。是故君子有諸己、而后求諸人。無諸己、而后非諸人。所蔵乎身不恕、而能喩諸人者、未之有也。故治国在斉其家。

[書き下し文]

堯舜(ぎょうしゅん)天下を帥いる(ひきいる)に仁をもってして民これに従う。桀紂(けっちゅう)天下を帥いるに暴をもってして民これに従う。その令する所その好む所に反して民従わず。この故に君子諸(これ)を己に有して而して后(のち)に、諸を人に求む。諸を己に無くして而して后に諸を人に非る(そしる)。身に蔵(ぞう)する所恕(じょ)ならずして能く諸を人に喩す(さとす)者は、未だこれ有らざるなり。故に国を治むるはその家を斎うるに在り。

[現代語訳]

堯・舜の聖人は天下を率いるのに仁をもってしたので、人民は進んでこれに従った。桀・紂の暴君は天下を率いるのに暴力をもってしたので、人民は不本意ながらもこれに従った。桀・紂の暴君は法令で命じている正しい規範(ルール)と、暴君自身が好んでやっている悪事・暴虐(ルール違反)が余りにも矛盾しており反対になっているので、人民はこれに従わず好き勝手にやるようになってしまう。このため、君子というのは自分自身が『仁・譲の徳』を有してそれを実践した後に、人民にもそれを求めるのである。また、自分自身に『貪欲・暴虐の悪』がないことを示した後に、人民の貪欲・暴虐の悪事を非難して取り締まるのである。自分の身に思いやりとしての『恕』がないのであれば、人民を諭すことなどできないし、今までそういった矛盾した言動(自分自身は徳を持たずにルールも守らないのに人民に徳・ルールを強制する矛盾)が受け入れられた君子はいないのである。そのため、国を治めようとすれば、まず自分の家や身を斉え(ととのえ)なければならないと言える。

[補足]

古代中国の理想的な聖人として有名な“堯・舜”と悪辣無道の暴君として知られる“桀・紂”を比較して、『君子としての資質・徳』を論じた部分である。人民を君子の徳に帰服させて従わせるためには、まず君子自身が『仁・譲の徳』を持っているのだというお手本を示し、『貪欲・暴虐の悪事』などはしないということを示さなければならない。『人民に命令している内容』と『自分自身の実際の言動』があからさまに矛盾しているのであれば、そんな君主(君子)に自ら進んで従って忠誠を尽くそうなどという人民が現れるはずがないし、人民が『君主の悪徳・非道』を真似することで世の中・国家が大いに乱れてしまう危険性があるのである。

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