『大学』の書き下し文と現代語訳:9

儒教(儒学)の基本思想を示した経典に、『論語』『孟子』『大学』『中庸』の四書(ししょ)がありますが、ここでは儒者の自己修養と政治思想を説いた『大学』の解説をしています。『大学』は元々は大著の『礼記』(四書五経の一つ)の一篇を編纂したものであり、曾子や秦漢の儒家によってその原型が作られたと考えられています。南宋時代以降に、『四書五経』という基本経典の括り方が完成しました。

『大学』は『修身・斉家・治国・平天下』の段階的に発展する政治思想の要諦を述べた書物であり、身近な自分の事柄から遠大な国家の理想まで、長い思想の射程を持っている。しかし、その原文はわずかに“1753文字”であり、非常に簡潔にまとめられている。『大学』の白文・書き下し文・現代語訳を書いていく。

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金谷治『大学・中庸』(岩波文庫),宇野哲人『大学』(講談社学術文庫),伊與田覺『『大学』を素読する』(致知出版社)

[白文]

詩云、瞻彼淇奥、緑竹猗猗。有斐君子、如切如磋、如琢如磨。瑟兮|兮、赫兮喧兮。有斐君子、終不可諠兮。如切如磋者、道学也。如琢如磨者、自修也。瑟兮|兮者、恂慄也。赫兮喧兮者、威儀也。有斐君子、終不可諠兮者、道盛徳至善、民之不能忘也。

[書き下し文]

詩に云く(いわく)、彼の淇奥(きいく)を瞻れば(みれば)、緑竹(りょくちく)猗猗(いい)たり。斐(ひ)たる君子有り、切するが如く磋するが如く、琢するが如く磨するが如し。瑟(ひつ)たり|(かん)たり、赫(かく)たり喧(けん)たり。斐たる君子あり、終に誼るる(わするる)べからずと。切するが如く磋するが如しとは、学を言うなり。琢するが如く磨するが如しとは自ら修むるなり。瑟たり|たりとは恂慄(じゅんりつ)なり。赫たり喧たりとは威儀なり。斐たる君子有り、終に誼るるべからずとは、盛徳至善(せいとくしぜん)、民の忘るる能わざるを道う(いう)なり。

[現代語訳]

『詩経(衛風淇奥の篇)』にいわく、あの淇水の川辺を見れば、緑竹が青々と生命力を燃やして茂っている。(美しく力強い竹のごとく)毅然として知性のある君子がいる。器の原料となる石・骨などを切るように磋く(みがく)ようにして、打ち付けるように磨くようにして、学問と人徳を磨き上げて研ぎ澄ましている。瑟|として謹厳な精神を持ち、外見も赫々として力強く生命力が漲っている。毅然として知性ある君子がいる、このような君子は最後まで忘れることができないと讃えられる。切るように磋くようにとは、学問・知性のことを言っている。打つように磨くようにとは修身・徳行のことを言っている。瑟|(しつかん)とは、己に厳格でありながら慎みがあることである。赫たり喧たりとは、威儀を正して礼節を守り、堂々と振る舞っている外見的な様子を言う。毅然として知性ある君子が終に忘れられないというのは、衛国の武公のように徳に溢れて善を実践する君子のことは、それを敬愛する人民から忘れられることがないということである。

[補足]

衛の武公を理想の君主として取り上げ、『切磋琢磨』の故事成語を引いて、その理想の君主の具体的な精神と所作、外見について説明している。毅然とした知性ある君子は、自己の学問の知性と堂々とした礼節を守る外見を磨き抜いており、修身の豊かな人徳を身に付けているのである。文の知性と武の毅然のバランスの大切さを説いており、君子はただ礼儀正しくて温厚なだけの人物ではなく、不正義を正そうとする毅然とした力強さ・勇敢さをも備えた人物なのである。

[白文]

詩云、於戯前王不忘。君子賢其賢、而親其親、小人楽其楽、而利其利。此以没世不忘也。

右伝之三章。釈止於至善。

[書き下し文]

詩に云く(いわく)、於戯(ああ)、前王(ぜんおう)忘れずと。君子はその賢(けん)を賢としてその親(しん)を親とし、小人はその楽しみを楽しみてその利を利とす。ここをもって世を没して忘れざるなり。

右伝(みぎでん)の三章。至善に止まるを釈す。

[現代語訳]

『詩経(周頌烈文の詩)』にいわく、周の文王と武王を賞讃して、ああ、前王を忘れないという言葉がある。後世の君子は過去の賢を賢として遺訓に従い、祖先崇拝の念から親を親として尊敬するが、小人(庶民)は太平楽の世の中で楽しみを楽しみとし、前王の善政によって利益を受けている。このために、偉大な前王は崩御して後も世の中から忘れられないのである。

右は伝の三章である。前時代の至善に止まるということを解釈している。

[補足]

周王朝を創始した文王とその支配領域を拡大した武王の徳について賞讃している部分であり、儒教は古代の周王朝の政治や礼儀、道徳を理想的なものとして行為の基準に置いていた。

[白文]

子曰、聴訟吾猶人也。必也使無訟乎。無情者、不得尽其辞、大畏民志。此謂知本。

右伝之四章。釈本末。

[書き下し文]

子曰く、訟え(うったえ)を聴くは吾(われ)猶(なお)人の如きなり。必ずや訟え無からしめんかと。情なき者はその辞を尽くすことを得ず。大いに民志(みんし)を畏れしむ。これを本を知ると謂う。

右伝の四章。本末を釈す。

[現代語訳]

孔子がおっしゃった。人々の訴えを聴いて裁断するときには、私もまた他の人たちと同じようなもので大したことがない。私はいつか民の訴えが無くなるような明徳の世の中にしたいと思う。情(まこと)なき者がその虚偽の言辞を尽くすことがなくなる。その結果、人民が君子の明徳を畏敬するようになり訴えが無くなっていく。これを明徳の大本を知るというのだ。

右は伝の四章である。物事の本末について解釈した。

[補足]

人々が不正・不満・利害を訴える『訴訟社会』を、孔子は人々が徳に従った生活を送ることができていない『好ましくない社会』だと考えていたようである。孔子は『君子の明徳・徳行』と『人民の勤勉・畏敬』によって自然に成り立つ社会秩序を理想と見ており、そういった秩序が自発的に形成されれば自ずから訴訟というものが無くなるという風に考えていた。『法治主義』ではない『徳治主義』を唱導する儒教らしい視点・価値観がこの部分には見られる。

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