カウンセリングにおける人間関係


ここでは、カウンセリング場面におけるカウンセラーとクライアント(相談者)の人間関係についての説明をします。クライアントの中には、カウンセリングに自発的に相談して自分の抱えている心理的な苦悩や問題を解決したいと思う人たちもいる一方で、引きこもり問題や家庭内暴力といった形で本人の希望ではなく、周囲の人たちの『どうにかして本人を助けてあげたい。私達も本人の苦しむ内面的心理を理解して、この問題の解決の手がかりを得たい』という切実な思いを持って、間接的に代理人の親族の方が相談される場合もあります。

間接的な代理人とのカウンセリング(面談)では、本人自らの発言を得る事が出来ないので、最低限の客観的な説明に止まらざるを得ない場合も多く、引きこもりや不登校といった問題の本質的な解決の為には本人とのカウンセリングが欠かせないのですが、代理人の親族の方とのカウンセリング(面 談)も広義のカウンセリングとここでは考える事にします。

そこで『正に初めて顔を合わせる』カウンセラーとクライエントとの関係は、私達が日常の生活や仕事の中で築く人間関係とは全く異なったある種独特な人間関係で、特別な場面設定(限定された場所・時間)の中で体験される関係です。
カウンセリング場面における人間関係がどのようなものであるかという事について、カウンセリング心理学の主流である『来談者中心療法』を確立したカール・ロジャースの説明方法を借りて説明したいと思います。

ロジャースの説明の方法は少し変わっていて、『カウンセリングにおける人間関係は〜である』という肯定型ではなく『カウンセリングにおける人間関係は、日常生活で体験する〜(親子・友人・師弟...etc)という関係ではない』という否定型によってなされています。それは、私達が普段、体験している日常生活の中の親子関係などの人間関係との違いを対比的に示すことで、カウンセリングの中での人間関係がどのようなものであるかを分かりやすくする為であると考えられます。これから、その対比的な説明方法に依拠して分かりやすく説明していきたいと思います。

カウンセリングは、まず血縁や親としての愛情で結ばれる親子関係とは当然の事ですが異なります。親は子どもに対して『保護責任者』としての立場に立ち、子どもの行為に対して未成年者であればほぼ全面的に責任を負い、責任を負う代わりに保護義務に付随する一定の子どもに対する権威や指示権を持っています。
一方、カウンセラーは命令・指示等の強制力は一切行使しませんし、クライアントの行為や人生に対してカウンセリングによる支援や援助、助言は行いますが、行為や人生に対する責任は当然ながら負う事は出来ません。また、カウンセリングの関係は、親子関係のように生涯にわたって続く恒常的な関係ではなく、クライアントが関係をやめたいと思えばいつでも関係をやめる事ができ、反対に関係を持ちたいと思えば随意に関係を持つ事が出来るという『契約的な関係』です。

契約的な関係というのは、『カウンセリング料金を介在して、一定の時間をカウンセラーがクライアントの為だけにカウンセリングをして費やすという契約によって成り立っている関係』であると言う事です。
親子関係は、時間の制限もなく、場所の制限もない極めて連続的な生活と一体化した血縁的・情緒的な関係である点がカウンセリングとは異なる点です。これは、友人関係や夫婦関係、恋人関係、教師と生徒の関係などにも当て嵌まる所で、それらの関係は会話をするにあたって料金を必要としない代わりに、『自分の話したい話題や悩みや問題などを一方的に聞いて貰う事が難しく、相手の言い分を聞いて上げたり、時には相手の立場や気分を考慮して相手に合わせて話して上げなければいけない関係。即ち、ギブ&テイクを基本とする関係』といえるでしょう。

更に、学校の教師と生徒といった師弟関係ともカウンセリングの関係は異なります。師弟関係は、必然的にその関係が上下関係となり、『教える教師=上位・教えて貰う生徒=下位』といった厳然とした区別の中で知的領域における知識を教師が生徒に教授していくといった関係になりますが、カウンセラーは教師のように生徒の上に立つ存在ではなく、クライアントと基本的に対等な関係を保持します。そして、教師のように臨床心理学や心理療法の知識を教授する役割を持っておらず、知的理解よりも情的体験や内的心理の変容を重視し、クライアントの心理的問題や苦悩の解消に全力を傾注していきます。

そして、医師と患者の関係ともカウンセリングの関係は異なります。医師は国家資格を持つ医療行為の専門家で、公的証明力のある診断書を出せると同時に、薬物療法を行う権限を持ちます。医師は共感を持って親身に話を聞くように努力はしますが、その対話そのものを目的とするカウンセラーとは違うので会話時間はごくごく限られた短い時間(通常診療で10分以上の会話時間を取る事は極めて稀です)のやり取りとなります。また、医者と患者は通常対等な関係ではなく、一方的な薬剤や病態、治療法の説明を行うだけという場合も多くあります。カウンセリングは、(一部の心因からくる精神障害を除いて)病気を対象とするのではなく、心理的な悩みや問題を対象としますが、医師は通常、身体症状や明確な精神症状の無い日常的な心の問題や対人関係の悩みにはほとんど関与しません。

さて、多くの人が、人間関係でストレスを感じたり、嫌な気分になったり、人間関係を煩わしく思ったりする場合を考えてみると、

といった『現在の良好な関係を維持していく為・社会的な立場や関係を上手く取り持つ為』に、相手と『差し障りの無い範囲でのギブ&テイクの関係』を続けていかなければならないという現実的な対人関係の制約があるからです。
カウンセラーとの関係が日常的な人間関係と異なる最大のポイントは、(クライアントの抱えている問題の種類や性質、その為に要請されるカウンセリングの技法によっても異なりますが)『自分の抱える悩みや問題を中心に、徹底的に聞いて貰えて、その悩みに適した対応や提案をして貰える』という所にあると考えられます。

ここまで話を進めてくると、『それでは、私の日常生活で付き合いを持っている人たちは、思いやりに欠けていて不親切なのかもしれない』と思ってしまう方もいると思いますが、それは違います。カウンセラーといえども、『カウンセリング場面以外の日常生活場面』において、誰に対しても徹底的に親身になって話を聞けるわけではありません。いつも毎日顔を合わせる家族や親しい知人などに対して、絶えずどんな時も一方的に受け入れながら話を聞く事などは、超人的な精神力を持つ人でもないと不可能だからです。

つまり、カウンセラーは、専門的な知識や経験を持っているという事以外に、『カウンセリングという限定された場所と時間』に守られていて、限られた時間の枠組みがあるからこそ徹底的に相手の話を聞き取って、適切な返事を返し、気持ちを思いやりながら、問題解決に役立つと思える技法を提案していくことが出来るのです。家族は、毎日毎日長い時間をお互いに過ごしますし、友人は、あなたの悩み事や悲観的な気持ちや絶望的な心境を聞く為に友人になっている訳ではないという点がカウンセラーとは異なります。

カウンセラーは、『一緒に明るく楽しい時間を過ごす事を前提として関係を持つ友人』と違って『クライアントの抱える深い悩みや悲観的な気持ち、不快な出来事、心の傷となっている嫌な記憶などを聞く事を目的として関係を持つ』ところが根本的に違うので、悩みをとことん聞いてくれない友人が特別に冷たいわけではなく、多くの人は、暗くて悲観的な話題や深くて聞くのが辛い悩み、過去の癒されない心の傷を聞かされる事を出来れば避けたいという自然な防衛機制が働いてしまうという事です。

深い悩みに陥りやすい性格の人の多くが経験した事があると思われる事例に、自分の抑えようのない苦しみや悲しみを友人知人に訴えていると、初めは親身になって聞いてくれていたのに、その暗い悩み事ばかりを話している内に次第に疎遠になってしまい、最後には連絡をする事も殆どなくなってしまって、その結果、その友人に裏切られた思いがしていると言う例があります。

こういった事例で、その友人が本当に冷たくて、「他の人のことなんてどうでもいい」という利己的な人であれば、初めから悩み事の相談には乗らないのではないかと思います。
例え、相談をする側が、納得のいかない短い期間であっても親身に相談に乗ってくれた友人は特別に冷淡なわけではなく、ましてひどい裏切り者でもないでしょう。その友人は、いたって平均的な共感性と思いやりを持った人と言えると思いますが、やはり、友人関係という枠組みではいつもいつも暗くて楽しむ余地のない話が続いているとどうしてもその関係から離れていきたいという自己防衛の心理が働いてしまうのです。それは、暗くてつらい話を聞いていると、深刻な話を受容して聞く訓練が出来ていない一般の人では、そのマイナスの暗い感情に強く引き寄せられてしまい、自分もその悩みに落ち込んでしまう危険があるからです。

まして、友人関係は、時間と場所の限定されたカウンセリングの関係とは違って、相手が話したいという気持ちがあり、自分が聞いてあげようという気持ちがあれば、お互いの時間が許す限り、延々と何時間でもその悩みを巡っての取りとめのない話が続きます。心理学や心理療法を学んでいない友人が親身になって一生懸命に話を聞いても、その対応が間違ったものであれば、その場だけの憂さ晴らしやストレス解消のために友人を愚痴につき合わしているといった形にはまり込んでしまう事も注意を要するところでしょう。

相手の苦悩や葛藤を中心とした気持ちや思いを共感的に聞くというのは、友人関係でいえば『一方的なギブの関係』といえますから、相談をする側が延々と相手の優しい気持ちと時間をテイクし続けるならば、その関係がいつの日か破綻してしまうのは通常の友人関係では致し方ない事ともいえるのです。

その意味では、カウンセラーとの関係では、クライアント(相談者)が一方的にテイクし続けても何の問題もないし、むしろある意味で悩みや苦悩を徹底的に受容して、その問題の解決を探る為に分析しながら悩みを聞き続けるのは、必然的で当たり前のカウンセラーの役割だと言えます。友人関係は、与えて受け取るという相互恩恵的な関係が基本ですが、カウンセリング関係はクライアントが抱える心理的な問題を中心として、(時には何気ない雑談や世間話をすることがあるとしても)むしろその問題の解決だけを目的としながら言葉を交わす関係なのです。

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