★2006年演劇部夏合宿Bチーム作品 「金の斧 銀の斧」パロディ★ 「お…お前…!」 「や。久しぶりだねー、木こりくん」 「何でお前がここに!?」 これは、泉の精霊より金の斧と銀の斧を与えられた正直者の木こりの、その後のお話。 「何で、って。ここは僕のテリトリーなんだけどな」 当然という様子の泉の精霊にそう言われて、初めてきこりは辺りを見回す。 陽が差さないために少し薄暗い歪に開けた地。 かつて、そして今も自分が手に持つ斧を落とした、その泉が奥に佇んでいる。 「いつの間に…」 自分はいつもと同じように、仕事に出かけたはずだった。 いつもの道を通り、いつもの分かれ道でいつもと同じ方角へ進む。 それなのに、ここへ辿り着けるはずがない。 第一、木こり自身はこの泉への道など覚えてもいなかったのに。 「僕が君を呼んだからだよ」 「呼んだ?」 「そ。ちょっと用事があってさ」 精霊が人に用事があるなど、聞いたこともない。 いや、そもそも人と精霊が相見えること自体が珍しいのだが。 怪訝な様子のきこりを気に留める様子もなく、泉の精霊は一人で勝手に彼に向かって話し出す。 それはさも楽しそうに。 「君の事は風の精から噂で聞いてるよ。  僕があげた斧を、ご丁寧にも神棚に祀って、相変わらずあのボロい斧でお仕事してるらしいねー」 「余計な世話…」 「しかも働くことが一番だとか言っちゃって、隣家の娘さんの淡い想いにも気付かなかったとか」 「あ、いや、それは…」 「そして周りを見渡せば、いい歳をして村の若者で独り身なのは自分だけ!嗚呼、なんてかわいそ…」 「いい加減黙れオマエ」 思わず空いていた手で目の前の精霊をはたいてしまった。 マシンガントークが喧しいとかいう以前に、精霊に憐れまれる覚えはない。 「いたた…精霊に手を上げるなんて冒涜も良いところだよ?だがしかし、今回は仕方がないから見逃してあげよう」 「偉そうだな…」 頭をさすりつつ言う台詞ではないが。 「まぁそんなわけで。詰まるところ僕は、君にお嫁さんをあげようと思うんだ」 「………は?」 *          *           * 「お嫁…さん?」 「そうそう。お婿さんでもなくお母さんでもなくはたまたお犬様でもなく、ちゃんとしたお嫁さん」 お犬様は時代が違うのではないか…。 ツッコミをなんとか飲み込み、胡散臭そうな顔で木こりはじっと泉の精を見た。 満面笑顔で悪気なんてサラサラなさそうな表情。 「いくらなんでもそこまでお世話になる気は…」 「嗚呼駄目駄目、人生仕事一筋でいくなんて今の時代ナンセンス!  可愛い可愛いお嫁さんに子供は2人ないし3人。  仕事から帰ってきたら、お帰りなさいの声と笑顔。  暖かい夕飯にはその家庭の温もりが詰っている。  神様精霊さま今日も1日ありがとーう!!ほらどうだい、理想だろう?なんて優しい僕」 やっぱり胡散臭い。 ていうか最後の方、ちゃっかりと恩着せがましいし。 すっかり自分の世界に入ってしまっている精霊を、暫くは見ていた木こりであったが、 小さくため息をつくと、その場を離れようとすたすたと歩き始めた。 「待ちたまえ青年」 「ぶっ!」 腐っても精霊と言うべきか。 丸い球体のようなものを出したと思えば、それは水の塊。 そしてそれを後頭部目掛けて投げつけてきた。 お陰で、木こりは全身びしょ濡れになってしまう。 「な、なにするんだよ!こっちはこれから仕事が…へ?」 もう付き合ってられるか、と一言文句を言おうとした振り向いたら 「さ、どちらの女性がお好みかな?」 笑顔の精霊に背中を押されるようにして立つ、二人の女性がそこにいた。 一人は、木こりの住む街で時折見かける宿屋の看板娘。 働き者で優しく、面倒見の良い彼女は旅人や街の人々のマドンナで、沢山の男たちから交際を求めらていると評判だ。 思わずじっと見てしまっていた木こりに、その娘は柔らかく微笑んでお辞儀をした。 そしてもう一人は隣の国のお姫様。 美しく気高いお姫様には、各国の王子達から結婚を申し込まれていると、こちらの国でももっぱらの噂だ。 ドレスをつまみ、優雅に一礼するその姿にも思わず目を奪われる。 「さささ、どちらも申し分なく良い娘だよ!!社長サ〜ン・・・どっちの娘、指名しちゃう? よ!この、色男!!参ったね!チクショ〜イ!!」 もはや言語中枢が麻痺しているような精霊は、木こりを『このっ!この!!』と肘でつついた。 「その、いや、キャ・キャバクラ??  そうじゃなくてさ!!そんなに素敵な女性なのに、どうして、僕のお嫁さんにって勧めてくれるの?  だって、他にも候補が沢山いるんでしょ?ひょっとして、訳有りなんじゃ…ないんですか? そう言って木こりは、二人の女性を変わるがわるに見つめた。 2人の女性は照れた風な仕草をしてはにかんでいる。 「むむむ…何か、疑っているね?では、普段の様子を見てみるとしよう。  まず、街娘から…」 泉の精は街娘をその泉の中へと沈めると、もう一度引っ張り出した。 「うあ、乱暴な…」 木こりの心配をよそに、街娘がずぶぬれになりつつ、泉から再び現れる。 すると、彼女は濡れたままの姿で一人芝居を始めた。 「私は、街娘。この宿屋の看板娘…あ、いらっしゃいませ!お疲れではございませんか?  ああ、大丈夫です、私、こう見えても結構力持ちなんですよ?」 そう言うと娘は、目の前にいるらしい旅人から荷物を受け取ったようなジェスチャーをしてみせる。 「さぁさぁ、いらっしゃいませ〜」 輝かんばかりの笑顔と共に、くるっと回って踊るような動きをすると、その後ピタっと止まった。 「ほら、働き者の良い娘でしょ〜?」 泉の精も満足そうに笑っている。 が、木こりはまだどこか決めかねている様子で首を捻った。 「う〜ん、…もう少し様子を見て見たいな」 と、その言葉を合図に、街娘が再び動き出した。 「ああ〜ん、今のお客さん、男2人連れ!ねぇ、男二人で同室よ!!  どうしよう…やっぱり、ベッドはダブルで用意してあげた方がいいのかしら?  きっとラブラブよね、ああ〜ん目くるめく熱い夜がまっているんだわ〜!!  はっっ!!あっちのお客さん、何て歳の差カップルなのかしら?  そうね、男は70前後、女はどう見ても20代前半!!  もしや…遺産目当てね!きっとそうだわ!!  遺産が手に入ったら、若い男を囲ってハーレムのような暮らしをするのよ!!  はぁ…みんな楽しそうだわ…私は何時だって想像するだけ。  私の妄想にぴったりの素敵な人は、現れないのかしら…」 まるで夢見る乙女のようにはしゃいでいても、内容が内容だけに微笑ましいものは微塵も感じられない。 そこまで一息で言い切ると、街娘は木こりを見つめつつ、またぴたりと動かなくなった。 「な…なんて、妄想娘なんだ!!」 「そ、そうだね。そうだよね〜?あはははは〜!!  じゃ、じゃあさ、こっち!!こっちのお姫様はいいよぉ〜?」 泉の精は、今度はお姫様の方をその泉の中へと沈めると、もう一度引っ張り出した。 「ちょっ、いいの?お姫様だよ?そういうことしていいの?」 そんな木こりの言葉など、さも聞こえていないかのように今度はずぶぬれになったお姫様が一人芝居を始めた。 「私は隣の国の姫。美しいドレスに美味しいお料理、毎晩舞踏会で優雅に踊るの…。   ごきげんよう、今宵も月が美しゅうございますね…」 優雅に四肢を動かし、踊っているような仕草はまるで風に揺れる花のように可憐だった。 月へと手を差し伸べるような仕草をすると、ピタリっと止まった。 「ほら〜、上品で綺麗なお姫様だよ〜?結婚したら、隣の国の王様になれるんだよ??  どうだい、ここでキメちゃいな!」 泉の精も今度こそ決まった、とばかりに推してくる。 が、先ほどの娘のこともあった木こりはぶんぶんと顔を振った。 「さっきの娘の事もあるし、もう少し様子を見よう!いや、むしろ見たい、見せて!!」 そしてまた、お姫様は再び動き出した。 「あー!!!!もう、やってられないぜ!!  もぉ、なんだよなんだよなんだよ!!毎日毎日訪ねてくる王子って言ったらナヨナヨした男ばかりじゃないか!  さっきなんかお尻を触られて、頭にきて思わず背負い投げしちゃったぜ。  『た・たすけてくんろ〜』だってさ!!ははは!!一昨日来やがれだ!  はぁ〜、オレ様にぴったりの力強い男は現れないのか…?」 乱暴な口調と、腕を振り回すような乱雑な仕草は、その容姿とドレスに全くもって似合わない。 そしてこのお姫様もまた、きこりを見つめるとピタリと動きを止めた。 精霊は二人の女性に微笑みかけた後、木こりにも笑顔を向けてこう言った。 「はい。これで二人のことはわかってもらえたかな?」 「えぇ…まぁ。ですがっ」 「では、どちらの女性がお好みかな?」 精霊は、木こりが何か言おうとしたのを遮ると再び問いかけた。 何も言えなくなった木こりは、思わず女性二人を見つめてしまう。 彼女たちの気持ちはどうなのだろう? 突然こんなところに連れて来られてしまって。 しかも彼女達の求める理想の男性と自分では、かなり違う部分が多いと思うし。 それを問うべきなのか…いや、それよりも自分には。 何やら思いつめて考える様子の木こりを見て、精霊は首を傾げた。 「おや。真剣に考えるのはいいことだけれど、お嬢さん方をあまり待たせるのもよくないよ」 精霊は、あくまでも楽観的である。 確かに待たせるのはよくない。 彼女たちは、確かに個性的で魅力的かも知れない。 けれど、木こりは再び女性達を見つめると、首を横に振った。 「違うんだ!」 突然叫んだ木こりに、女性二人と精霊は驚いたように顔を見合わせた。 「何が違うんだい?」 精霊がたずねると、木こりは思いつめたように話出した。 「…すみません、実は私には好きな人がいて。  いや、ただ見てるだけというか…たぶん、確実に片想いだけれど  彼女のことがどうしても気になってしまって、二人を選べません!!」 「そうですか?それなら私は帰ります」 「他に想う人がいるなら仕方ないかなぁ」 姫と街娘。 彼女達は、実は木こりと結婚してもいいと思っていたけれど、木こりにその意思がないのならと あっさり帰ることを希望した。 「なぁんだ。せっかく僕が用意してあげたのに残念だなぁ。でも君がはっきりと認めたから許してあげよう」 精霊は何故かにこやかに言うと女性二人をさっさと帰した。 そして木こりに手を振ると、泉の精霊も姿を消した。 木こりは、今更ながら思わぬ告白をしてしまったことに気付くと、急に恥しくなり泉に背を向けて駆け出した。 *     *     * その後どうなったかと言えば。 木こりは想い人に決死の告白をし、そして無事にその人と結ばることとなる。 そして今では、野球チームが作れるくらいの子ども達に囲まれて、ずっと木こりの仕事を続けていったという。 そして泉の精によって木こりのお嫁さん候補にされた2人の女性はと言えば。 お姫様の方はどこかの王国の王子様と恋愛結婚をして、一姫二太郎という、 いわば縁起のいい数の子供にも恵まれた。 少しはお淑やかなるかという王様の淡い期待をよそに。 お姫様は子供達と、毎日のように城の中を元気に走り回っているという。 街娘の方は、相変わらずといった感じに妄想にふけったりしているらしい。 結婚してないかと思えば、意外にもこれまた結婚をした。 その旦那をネタに妄想に拍車がかかってしまって大変だということなのだが、それはそれで幸せそうだったという。 「本当はストーカー呼ばわりされたこともあったんだけど、可愛い子ども達と結構楽しく暮らしてますよ」 あのお嫁さん候補の一件から数年後。 木こりは3度目の泉訪問をし、現状を知らせにきた。 「うわー・・・いいなーっ。僕の力なんて必要じゃなかったみたいな顔してさ!」 泉の精の腹いせだろうか、木こりは何もされていないのに少しずつびしょ濡れになっていった。 「そうそう、さっき彼女たちも来たよ。彼女たちも幸せそうだったから・・・」 泉の精が、意味深に途中で言葉を濁す。 木こりは少し先を促すように問いかけた。。 「だったから・・・なに?」 「ちょっとイタズラしちゃった」 泉の精は、してやったりと言わんばかりの顔でそれだけ言うと、そのまま泉の中へと帰っていった。 木こりはしばらく呆気に取られていたが、無理やり自分を納得させるかのように そのままその泉を立ち去っていった。 それは森の奥にある精霊が住まうという泉で起こったほんの些細な出来事。 の、その後のお話でした。 *     *    * +CAST+ 木こり*村河さよ  泉の精*湊睦月 お姫様*綺咲小鳥 街娘*桜沢蓮希 ナレーション*神室歩