誰も知らない名窯のすべてトップにもどる

 鈞窯のすべて


唐代きん窯
 リストに戻る

 素焼き底 無銘


北周 A.D 556-A.D 581

Emperor Xiaomin of Northern Zhou ((北)周孝閔帝) (542–557)

孝閔帝墓(こうびんてい)

2006 8/16 2014/02/16 更新

管耳 双耳 四耳はセットで旺位を表す三種の神器です

法からこの帝が、当たる。ゆう薬は、まるでガラス。ゴールドパック(砲金飾り)は、唐と少し違う。

売り手はShan 商と言ったが、あまりに常識から遠い。

北魏の青磁以降として今回、北周とする。


法は高さ上から 財-六合 首 興-貴子 包金 死-離郷
長さ 苦-去財 
横幅 害-災至 首 害-病臨 
耳 苦-失脱 横幅 害-死絶 高台 害-災至 苦-無嗣

三爪龍から皇太子 災至が2つあり余程運が悪い
 そう親(実際は弟)も思ったようす
 災至 離郷 病臨 死絶 無嗣は典型的な島流しの
パターンです 重厚な作りに似合ったきちんとした法です
高さ 死-死 玄紋上 官-官 耳 官-富貴 
玄紋下
 苦-無嗣 包金高さ 旺ー進宝

幅 上から旺ー進宝 害-死絶 耳 旺ー進宝 腹 苦-去財

高台 旺ー進宝 
高さ 興-興旺 興-喜事 首 死-離郷 包金 苦-失脱
幅 害-死絶 首 害-病臨 肩 苦-去財 高台 旺-喜事
離郷 病臨
 死絶は 遠方に島流しされやがて病を得て死ぬ
死絶 失脱で一族郎党 皆殺されたとなります

皇太子の墓から出たと考えます


左 孔雀瓶の底 唐代きんは、V型のすりあげです
やや平らな感じ、こびりつきを防ぐ砂の掛け方など
違いがあります。砲金飾りが上の管耳瓶、双耳瓶
のものと同じ。同時代とする。


孝閔帝


大統8年(542年)、西魏の実力者宇文泰の三男として同州の官舎で生まれた。母馮翊公主北魏孝武帝の妹である。9歳の時に西魏の略陽郡公に封ぜられた。『周書』孝閔帝紀によれば、高貴となるが長寿には恵まれない人相と占われたとされる。


556年3月、安定公世子となり、宇文泰の嫡子と認められた。4月、大将軍に任ぜられた。10月に宇文泰が死去すると、太師・大家宰の位を継いだ。12月、周公に封じられ、恭帝から禅譲の詔が出された。557年1月、天王として即位した。これにより北周が建国されるが、宇文泰の甥で孝閔帝擁立の立役者である宇文護が、趙貴独孤信などの政敵を粛清して、実権を掌握した。


『周書』によると孝閔帝の性格は剛毅果敢とされ、その年の9月には宇文護の専横を排除すべく近臣たちと宇文護殺害の計画を練るが、事前に露見して廃位され、略陽公に落とされて幽閉ののちに殺害された。時に16歳。庶兄の宇文毓が宇文護に擁立された(明帝)。


後に宇文護が弟の宇文邕(武帝)によって誅殺されると名誉回復がなされ、孝閔皇帝とされた。

唐代きん窯リストに戻る

三彩人物ヨウリストはこちら