タイ編

お写真

ノンカイ
バンコク
カンチャナブリー
コン島
スコータイ

D タビビトたち


ワットポー 

の日記 3.9

〜バンコク到着〜

朝6:20、定刻より少し遅れてバンコク・ホアランポーン駅に到着した。天気はいきなり小雨まじりだった。

バンコクはいまや卒業旅行シーズン真っ盛り。コン島のウイリアムさんに勧められたmerry v.もフル。5ヶ所くらい断られ、ルーフガーデンという怪しげなところにチェックイン。

カオサンは50%くらいが日本人。あっちもこっちも日本人。うるさくて人が多くて、4年前と比べてもぜんぜん垢抜けていて疲れてしまう。


ビン・ジュオン同窓会 

の日記 3.12

〜ビンジュオンの同窓会〜

今日はビンジュオンの同窓会だった。しかし、朝から雨・・・。これでバンコク到着から4日連続雨だ。乾季のバンコクでこれだけ雨が降ると、サスガに自分の雨男パワーを認めざるを得ない。

場所決めは難航したが、カオサン近くの小さい公園の石のベンチの上で行うことにした。参加者は予定より多く14名も集まった。

一斗缶を利用して米炊きとカレー作り。中華街で買った七輪に炭を入れて火を起こす。

バンコクのバスどおりの真ん中で一斗缶で料理を作るなんて行為はかなり破滅的で、それだけで面白かった。


生ビール屋台 

の日記 3.16

〜動物園〜

今日はドゥシットズーに行った。
孔雀がめすヲ追っかけまわしている様が面白かった。見たことないものもいっぱいいた。
象がパインを食った。

夜はビンジュオンであった男の子にばったりあって話していたら、バイヨンがまたバイヨンビルから抜け出してきた。

屋台で飯食って、ビール飲んで、寝る。

あ、リンちゃん到着。まつさん、いちこさん入院


瀕死の病人 

の日記 3.18

〜マツ、入院す〜

今日はバイヨンとともに、まつさんの見舞いに通称「ゼネラルホスピタル・ホテル」へ行った。

エアコン、ホットシャワー、3食日本食、水飲み放題、テレビ、景色よし。すばらしい。しかもFREE。すばらしい。

いちこさんはつややかで小麦色で健康そのものだったが、まつさんは余命いくばくもない病人そのもので、うつろっていた。

チャンプ、シェフ、ジン君も来て松さん人気をうかがわせた(その後カッキー、リンちゃんも来たらしい)


スパゲッティーパーティー 

の日記 3.25

〜スパゲッティー大会〜

今日はやるかやらないかはっきりしなかったスパゲッティー大会をついに決行することにした。

9時20分にマツさんに起こされ、チャイナタウンへハヤト君と4人で買出し。すぐキレるタイ人に閉口しながらも何とか12時に終了。

そしてスパゲッティー作り。一斗缶は2個20Bだったにもかかわらず、水漏れの粗悪品。しかし、水漏れしながらハヤト君の作ったソースはめちゃめちゃうまかった。

予定より人数が少なかったため、さすがのチャンプとキャップも食いきれず、まわりのタイ人に配給。

そして夕方はみんなでお昼寝。

夜はいつもの屋台でバカ話をして楽しい時間をすごす。

そして気がつけばバンコクは16日目。いよいよ重い腰を上げ、明日の朝(多分)、バイヨンの待つカンチャへGO!


魚の塩焼きと肉じゃがを作る。 
の日記 3.26

〜カンチャナブリーへ

今日は珍しく朝6時に起き、なっちゃん&チャンプとともにカンチャへ向かった。

列車の窓から眺める景色は日本の田舎を思い出させてなんともなつかしい感じだ。バンコクの喧騒とは違い、ゆっくりとした気分にさせてくれそう。

そしてバイヨンが住む リバーゲストハウス(J.GUEST HOUSE)へ到着。

早速思い思いにぐうたらする。うーん沈みそう。

夕飯はチャンプの同級生Mも加わり、6人で食いに行く。味は貝を抜かし、なかなかで、あっという間に片付いてしまった。しかも一人39Bというよく分からん安さ。さすがカンチャ。


疾走! 

の日記 3.28 

〜エラワン滝へ〜

今日はツーリングデー。バイク4台に7人で乗り、カンチャから68q先、エラワン滝まで行った。

オレは初路上で平均80qのスピードに約2時間耐えた。スピードに乗ってしまえば80qでもうっかり走っているのを忘れるほどだ。ノーヘルなので、小石が顔面に当たると針で刺したように痛い。気分はサイクロン号にまたがった仮面ライダーだった。

滝は入場料200Bと、タイ王国を滅亡させたくなるほどの高額だったがディスカウントできず(警官まで出てきた)。

30分かけて一番上の7番滝まで上がる。滝つぼはキレイな池になっていて、水はオドロク程冷たい。しばらく泳いだり、滝の上まで登ったりして過ごした。

つかれたけど、たびしてるなーとかんじた1日だった。


   酔っ払いを担いでカオサン横断。 

の日記 4.1

〜さよならバイヨン〜

ついに4月になってしまった。時間のたつのは遅いようで早い。タイのビザも5日までなので、明日マレーシアへ向かうことになった。

今日は(も)1日何もせず過ごした。バイヨン最後の夜はバイヨンの歌など作って楽しんだ。バイヨンはバイヨンらしくさっぱりと59番のバスに乗っていった。

もうカオサンもチャンプとまこっちゃん、カズエのみ。淋しくなったな。


E 旅の退屈

堕落 

経過報告17(イン またまたバンコク)

マツザワイサム(30歳、無職、〈元魚屋〉。アパート全焼の保険金で旅する元バックパッカー。右手に虎の刺青をし、背中にまるく 背毛を生やし、かなりロリコン入り気味のちょっとおしゃまなロマンチスト。)(仮名)との同棲生活は3週間で破局を迎えた。

別に、マレーシアで久しぶりにウイスキーを飲んだ時、「俺の話し相手になってくれよー。500RM(約20000円弱)だすからさー。」とかいって、眠りを妨げられたせいでも、牛歩につきあわされ、延々と歩き回ったせいでもない。

マツさんの夜遊びグッズは、日を追って増加の一途をたどり、ついに襟付きの、ポロのばったもんのチェックのシャツを買い、挙げ句に脱色し茶パツになってしまった。成り金おやじの1人息子みたいな感じである。そして、バンコクでの生活は贅沢を極め、昼は毎日日本食。竹亭、ゼン、花屋...今日はチャイデーで食ったが、「あそこエアコンついてねーしな。」と、ぼそり。こうなってしまったのも、うちらのアッサリペースに惑わされたせいではないか、と苦悩する日々。

あまりにも変わってしまった彼の姿は見るにたえず、「イサムさん(仮名)私達ちょっと距離をおいた方がいいとおもうの」
今日の17時のあずさ2号で旅立ちます。こんなあちいバンコクとはさらばじゃ。タオ島でリゾートしまくりじゃ。うちらはブルジョアパッカーになってやるー。                          りえ

 ソンクラーンが終わり、虚脱感に満ちたカオサン通りに引けを取らぬほどのナゲヤリマレー旅行を終え、その余力で、毎日日本食三昧の日々を送っておりますのは前記の通りであります。

それに、この時期のバンコクは恐ろしく暑く、トリプルルームの広さを無視した小さいファンが、かんらかんらと回っているのを悄然とした気持ちで眺めやり、日本語放送で、日本が6月下旬並の暑さだった...と言っているのを腐った脳みその片隅で聞き流し、昨日は缶ジュース3本、シェーク2杯、水900mm1本あと、昼飯に冷たいお茶をお姉さんが飲んでも飲んでも注いでくれるもんだから5杯おかわりして、ゲップの度に微量の反芻を繰り返しつつ、「松さん(仮名)じゃなくて俺が牛になったかもしれん」なんてことは全くかんがえてないんだよー、なんて言ってるから、うっかりアイスコーヒーをネット屋の床にこぼしてしまった辺りで、この文章の異常な長さに気づき、それをいかに収集付けるかを当面の課題と考えております。それほど暑いという事か...。

何も茶髪になったのは松さんだけではなく、しかも、ブリーチの付け方が素人仕事、完全にまだら頭。まえいた会社の人々には頭を向けて寝られません。                          まわ

の日記 4.22

〜タオ島着!〜

どうやっていくのか全くわかっていないままコ・タオに着いた。着いたはいいが、なっちゃんの情報だけを基に。山道をひたすら歩く。

この道違うんじゃねーか?と思ったところでバンガローに到着。フー、すげー疲れたぞ。

その後プライベートビーチで泳ぎ、休み、魚を見つけたりして、健康的な1日を過ごした。

宿もまあまあ良いけど白人ばっか。なっちゃんの教えてくれた「Saiam Cockie」はすぐ隣だった。

の日記 4,23

〜甘いカレー〜

朝、雨が少し降って心配だったけど、スグ止んだ。

今日もまる1日泳いだ。午後、シュノーケルセットを借りて、隣のSaiam Cookieのほうまでズーっと水中観察。いろいろな熱帯魚やらうにやら直径1メートル以上ありそうなサンゴ(?)やらそれこそ水族館。

今日はバナナチョコクレープが胃もたれして、ずっと気持ち悪い感じだった。夜食ったグリーンカレーも、カルボナーラも妙に甘い。「辛くない」のではなく、「甘い」。顕かに砂糖の甘さ。参るなー。バンコクの日本食が情けなくも恋しい。


お寺に寄進して、メシをいただく。

の日記 4,29

〜スコタイへ〜

今日はスコタイに着いた。うわさのタイゲスに泊まる。チャンプが電車が安いというので、ホアランポーンに行ったら、高い電車しかなかったでも軽食はついていて、快適だった。

の日記 5,1

〜バンブーカフェ〜

今日は宿でぐうたらしていたが、夕方松さんと二人でチャンピーの店「bamboo cafe」に行った。

チャンピーと絵やカメラの話をして、ワット・シーサッチャナーライ近くの銀細工屋を教えてもらった。

そこでリエとの結婚指輪をオーダーメイドするのだ。

ベトナム茶を飲み、アイスと、豚足のカオパットを出してくれた。カオパットはうまくて、これなら金が取れると思った。

宿に帰ってみると、チャンプがスコタイに来てい



スコータイの洪水。宿は水浸し。

の日記 5,2

〜ユビワ〜

今日は昨日おしえてもらった「ナムタッド・シルバー」に、2台のバイクに4人で分乗していった。

銀屋はタイ文字の看板しかなく、行きは見落としてしまったが、帰りは偶然見つけることができた。最初、オーダーメイドできないなどといっていたが、最終的には工場の人を呼んで、できることになった。

仕上げも13日とか言ってきたが、インドに行っちゃうからと説明し、月曜に仕上げてもらうことにした。注文できてよかったが余りいい印象のない店だった。

の日記 5.5

〜ユビワ完成!〜

今日は銀細工のユビワが仕上がる日だ。

チャンピーが車を出してくれるというので、朝、バンブーに向かう。

坊主のお昼を作って寺に持って行くというので、その手伝いをした。しょうが焼きと焼きそばを作った。醤油の威力はさすがで、とてもうまくできた。

そしてお昼に間に合うよう、寺に行った。坊主に飯を手渡したり、残り物の飯をもらって食べたりして面白かった。

その後ピニッドさんの運転で、シーサッチャナーライへ行った。象のユビワは結構しょぼかったが、チャンピーの紹介だし、一応値切らずに買った。でもチャンピーが52B値切って200Bにしてくれた。

名残惜しさを残しつつ、夜行のバスでバンコクに向かう。

バス停に向かうサムローの中から見た景色は今までで一番切ないものだった。


じゃんぼーぐえーす!

経過報告19(イン 再々再々再バンコク)

旅に出てから早4ヶ月。しかし、未だバンコック。ヨーロッパまではまだまだ遠い。そして多分1番の難関になるであろうインドに向け旅立つ。最近は日本にいるのとたいして変らない生活を続けている。きれいな部屋、大勢の友達、おいしい食事(日本食)。その為かインドにいく緊張感は嫌が上にも高まっている。

自分自身のみが頼りの現在の旅行。常にアイデンテテイと戦い続ける毎日。それでも何時も隣りには責任転嫁が出来る人がいて、イライラは4倍にも募る。一体私は何やってんだろうな。しがらみが全く無いはずなのに、実家に電話をかけるたび、ブルーになる。現実と現在の違いを思い知らされる。何かに追いつめられれば、緊張感も乗り越えて、何かを成し遂げることは出来ると自負している。しかし、自分自身と真っ正面から向き合うことしか出来ない今、何物も背中を押してはくれないのだ。

でも、一通のメールのおかげで、私は比較的元気にインドに向かう事が出来る。日本で頑張ってる人に申し訳なく思いつつ、明日新たなスタートライン。                        りえ

インドのガイドブックを開く。インドは本当にカレーに溢れ返っているようだ。それは大丈夫。3年間毎年300日近くカレーを食べて培った経験がいま生かされる。

更に読み進む。インドの日々は「クソ」との戦いの日々だという。「クソ」を乗り越えたものだけがインドを満喫できるらしい。...それはちょっと困る。

インドはインドに選ばれた人しか行けないという。行きたくても選ばれなければ決していくことは出来ない。幸運にもおれ達はインドに選ばれたらしい(ビーマンバングラデシュ航空が落ちない限り)。バラナシで、生死の境を体感できるだろうか?ダライラマには会えるのだろうか?象の背中は柔らかいのだろうか?東南アジアの旅は、既に旅という非現実感や、好奇心を摩耗させてしまったように思える。だからこそ今、インドに行ってきます。                   まわ