これは実は文学の授業の中で書いた作文です。子供の頃読んだ本をあらたに読み直してみたら、賢治のエキゾチックな世界にふたたび魅せられてしまいました。つたない感想文ですが…
宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を読んで

ジョパンニという少年が主人公である。病弱な母と二人暮し、嫁いだ姉と、漁に出ている(あるいは監獄にいる)父がいる。ジョパンニは学校に通う傍ら、活版所で活字拾いのアルパイトもしている。貧しくて疲れている。そんな彼をクラスメイトたちは苛めてからかう。しかし、幼馴染みのカムパネルラだけは、そんなジョバンニを気遣うやさしい気持ちを持っている。物語はこの二人の繊細な心の動きを追って進んでいく。

それは「銀河のお祭り」の日の出来事である。青いあかりをこしらえて川へ流す、とあるが、精霊流しのような感じを私は抱いた。賢治は銀河と川の流れをシンクさせ、「死」をイメージするように仕向ける。精霊流しの灯りと銀河の星の光を対比させ、煌めいては消えていく命のはかなさを暗示している。

活版所の仕事から戻ったジョバンニは、その日配達されなかった牛乳を、母のために取りに行く。時計屋の店先の星座盤や望遠鏡に心ときめかせ、この星座盤が話を進める役もする。道すがらクラスメイト達に会うが、ジョバンニは怖じ気づき、はやし立てられて心沈んでいく。その集団の中にはいじめっ子のザネリと、仲良しのカムパネルラの姿もある。気の毒そうな眼差しを送りながらも去ってしまったカムパネルラに、ジョバンニはなんとも云えずさびしい気持ちをいだく。

牛乳屋にあとでまたと断られたジョバンニは、牧場の小高い丘にどんどん登っていく。空には天の川が瞬き、草原に身を横たえたジョバンニは汽車の音を聞く。銀河ステーションと云う声とともにまばゆい光に包まれた彼は、いつしか夜の軽便鉄道の中に座っていることに気が付く。そして、そこにいるカムパネルラを発見するのだ。ここまでで、ジョバンニは感受性が強く沈みがちな気性で、やさしいまじめな心情の少年であることがわかる。彼のカムパネルラに対する思い、せつなさやさびしさが、冷たい澄んだ空気を吸い込んだように胸に迫ってくる。

ジョバンニとカムパネルラの銀河鉄道の旅がそこから始まる。全編に青白い光があふれている。金剛石、黒曜石、月長石、水晶、黄玉、青宝玉…煌めく石はひとの命のよう。白鳥座、双子座、蠍座、ケンタウロス、南十字星…銀河の旅は、ひとの一生を映す走馬灯のよう。車窓の景色は光にあふれ、不思議な光景は不安な気分を引き起こす。「死」の匂いがする。死をイメージさせるものが累々と重なっていく。島の上の白い十字架とハレルヤの声。プリオシン海岸の白い岩の中から発掘される青白い獣の骨。鷺や雁の押し葉が入った白い巾包み。カムパネルラの「おっかさんは、ぼくをゆるしてくださるだろうか」という言葉が不安感を煽る。彼等はそこで不思議な人々に出会うが、幼い姉弟とその家庭教師の青年の登場で、死出の旅への列車だということが確定的となる。カンパネルラはその娘と親しく言葉を交わすが、それがジョバンニのいらだちとさびしさを誘う。死に対するあこがれと怖れ、カンパネラを思う気持ちが、ジョバンニの心の中にさまざまな感情を引き起こす。

この列車の旅に、賢治はプロットを想起させるさまざまな仕掛をしている。たとえば車掌が改札に来る場面では、ジョバンニがどこにでも行かれる特別な切符を持っていたのに対して、カンパネルラのそれは片道切符を思わせるもの。登場人物には黒い服を着せ、賛美歌や新世界交響曲の美しい音を響かせ、タイタニック号の沈没やソビエトの革命のイメージも盛り込む。美しい花々やたくさんの鳥、バラやりんごの匂い、死は冷たく美しく、カンパネルラは馴染んでいく。ジョバンニは時に歓喜しわくわくしながらも、悲しみと孤独感を募らせていく。

列車はやがてサウザンクロスに着き、天上の音楽が鳴り響き、人々は光り輝く十字架めざし天の川を渡って行く。残されたジョバンニとカンパネルラは、「ほんとうのさいわいは一体なんだろう」と言葉を交わし、ジョバンニはそこで「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸せのためならば僕の体なんか百ぺん灼いてもかまわない。」「僕たちしっかりやろうねえ。」と新たな決意を口にする。だが振り返るとカムパネルラはいない…。

泣きながら目をさましたジョバンニ。すべては夢の中のこと。彼は母親の牛乳を受け取り、町へと降りて行く。だがそこでジョバンニは、川に落ちたザネリを助けたカムパネルラが行方不明になっていることを知る。すべてを悟るジョバンニ。物語の最初の部分でカムパネルラが言っている。「けれども、誰だって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸せなんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるしてくださると思う。」この時にカムパネルラは友を助け自らは死んだのだ。銀河鉄道の旅は、カムパネルラが別れを告げるためにジョバンニに見せた夢だったのかもしれない。


全編は善く生きることとは何か、ほんとうの幸せとは何かという問いかけに満ちている。美しい死へのあこがれと怖れ、先立たれるものの悲しみや孤独感、それらが胸に迫り、電気スタンドの下、しばし賢治の宇宙へと心が飛んでいった。

小学館 昭和文学全集第4巻より
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