越後妻有アートトリエンナーレ
2000年に始まったトリエンナーレも今回が4回目。初回から気になっていて行きたい行きたいと思っていたのだけれど、今回やっと行くことができた。アートも大地も素晴らしかった。
最初に見たのは廃校を使ったクリスチャン・ボルタンスキーとジャン・カルマンの作品群。タイトルは「最後の教室」。
入口を入るとすぐに、かつての体育館の真っ暗な中に電燈がたくさんつりさげられている。下には干し草が敷き詰められ、たくさんの扇風機が風をあおり、弱い光の粒粒の映像が館内に映されている。
体育館を抜けると廊下がやはり暗くなっており、ずーっと電燈がつるされ、つきあたりには強い照明が換気扇のようなものとセットで置いてあって、光が渦になって流れてくる。
いきなり最初からインパクトの強い作品群に圧倒され、意識レベルが通常とは違う次元にシフト。
これは今回もっとも見たかった、塩田千春さんの作品。「家の記憶」。
今年、塩田さんの作品を見るのは何回目かなぁ?
例によって、糸を張り巡らしたもの。
廃屋の中をこのように網で埋め、ところどころに古着や古い道具などを編みこんでいる。
心の痛みや孤独を感じさせる今までの作品とはちょっと違う印象があった。「さみしさ」はあっても、どこか暖かく懐かしい。
これは、このトリエンナーレの「場」によってもたらされるものだろう。
イベント全体を通じた魅力も、そういう部分にあると思う。
集落や田んぼ、そのまわりの山や川、池などの自然も美しい。
都会の人が眺めれば「あぁ、自然だな」と思うようなところも、実は相当に劣化したものである場合がきわめて多い。
でも、ここに見られた湿地のように、思わずうなってしまうような植物・昆虫・魚が豊富にいて、しかも全体がとても美しい景観を作っているような、そんな風景があちこちにあった。
ちなみに、こういう湿地は原生自然的なものではなく、人と自然のかつてのかかわりの中で作られてきたものである。
これは初回からある有名な作品で、マリーナ・アブラモヴィッチの「夢の家」。泊まれる作品である。
銅製のバスタブで薬草湯に浸かり、地元のものを食し、指定の寝巻を着て、水晶の枕のあるこの箱の中で寝る。部屋は「夢を見るための部屋」と呼ばれ、紫、青、緑、赤の4色ある。
翌朝、その晩に見た夢を「夢の本」に綴る。
もともとはやはり廃屋で、4つの部屋以外にこの家の「Spirit」のための部屋が中央に設えてあり、昔からの民具などが置かれたまま開かずの部屋になっている。
うーん・・・いつかやっぱり泊まってみたい。
通りがかりに見た棚田の風景。本当に美しい。まちがいなく世界に誇れる。
参加型の作品もある。
滝沢達史の「やまもじプロジェクト」。
スキー場の斜面に「山」という文字になるように白い布を1万枚ほど飾る。9/12に燃やされるらしい。
9656番目の布にはこんな名言が書かれていた・・・・
すいません、ごめんなさい、他に何も思いつかなかったんです・・・(しかも字が汚い・・・)
ちなみにすっごく眺めの良いところです!
これも初回からある作品で、このイベントのもっとも象徴的な作品として有名なもの。
イリヤ&エミリア・カバコフ夫妻の作品で、「棚田」というシンプルなタイトル。
文字の垂れ幕は麓のセンター施設の展望台に掲げてある。
クリスチャン・ラピの「砦61」。
タイトルや作品に込められた意図はわからない。わからないから面白くないかと言うとそうではなくて、むしろ逆。
これは「いけばなの家」と称してさまざまな作家さんの作品が置いてあった。
周囲の風景、家の空間、そして作品の魅力が相乗効果を発揮してとても美しい。
今回もっとも印象的だったのはこの作品だろうか。
アンティエ・グメルスの「内なる旅」という作品。新潟在住のドイツ人女性の作家さんらしい。
お昼を食べたお店のおばちゃんが「テレビで見たけどこれだけは見てみたい」とおっしゃっていたので、どれどれ・・・と見に行ってみたのだ。行ってよかった。
薬師堂への散策路を歩いていくと、途中から白く塗った石や赤く塗った枯れ枝、鏡などがたくさん置かれており、ブナの林が広がる平たん部に着く。その林には無数の「青い目」と銀紙が張り巡らされ、中央の地上部には金色の石で囲われた丸い鏡、中空には梯子が設えてある。
場の力と共鳴したすごい作品だった。
そしてまた棚田・・・
国道沿いの田んぼには、いかにも遊び心あふれる感じのイナゴ型滑り台の作品が置いてあった。
塩澤宏信のこの作品は「イナゴハビタンボ」と名付けられている。イナゴとタンボはそのままの意味。あいだをつなぐ「ハビ」は生き物が棲む場を意味する「ハビタット」からきているらしい。
イナゴは稲作にとって害虫であるけれど、虫一匹いないような田んぼで作られたお米は果たして人間にとって良いものなのだろうか・・・そんな問いかけをしている作品。
これは「米」。石塚沙矢香の「うかのめ」という作品。“うかのめ”とは食をつかさどる神様なんだとか。やはりこれも廃屋の中に米が無数につるされ、ところどころにお茶碗なども。部屋には神棚があり、玄関にはお札がいっぱい貼ってあった。
1泊2日ではせいぜい1/4の作品を見るのがやっとだった。とても見きれない。一つ一つの作品も、もっと時間をかけて味わいたかった。
土地の魅力とアートの魅力がこれほど相乗効果を発揮しているなんて、期待以上の驚きだった。
でも、この美しい地域は、あと10年、20年経ったら一体どうなっているのだろうか・・・