傘が、ない。


 別に嫌にローテンションな古い歌とかじゃなくて。
 言葉どおり傘が無いのだ。
 学校の玄関で立ち尽くす私。

 鈍重な雲が意地悪して空を隠している。それだけならまだ許すんだけど。
 ご丁寧に必要以上にお土産をくれるものだから。
 うーん。ちょっとダッシュで誤魔化しきれる降り方じゃないわね。

「あーもー。ついさっきまでいい天気だったのに、やってくれるわね」

 思わず文句が出てしまう。その意地悪な奴から返事が返ってくる訳ではないけど。

「士郎は遅いしなー」

 ま、待つ事自体は問題ないかな。
 むしろゴメン待った?ううん今来たところよーとか一回ぐらいやって見たいかも。うん、すっかり馬鹿だ私。

 と、廊下の角からいきなり。

「お、どうした奥様。旦那待ちか?」

 ぴしっ。ショートカットのくろいやつがあらわれた!どうする?

「…」

 無視した。貴女に使うコマンドはこれだけで十分。

 士郎と私が付き合いだして6日。
 その間、桜は宣言どおり色々振りまいてくれた。
 それどころか虎まで一緒になって吼えまくった。
 生徒の進退切り落とすような真似、教師としてどうなのよ?

 ギリギリそこまではOKとしても。私の人格形成についても暴露及び捏造された気がするんだけど。
 正に電撃のスピードで学校中にそれらは広まってしまい。
 どういう訳か皆の私への認識が半分面白キャラみたいになってるのが気になる。何しゃべった桜&タイガー。
 私自身かぶる猫の皮の数を半分くらいにしたのも一因かも。がおー。

 おかげで綾子は言うに及ばず、この蒔寺楓とかも絶好調でからかいまくってくれる。
 それでも士郎にも私にも嫌な風当たりが不思議と無いのもやっぱりふたりのおかげなのかな。

「つれないな遠坂嬢。生まれてこのかた日照りっぱなしの蒔の字に少しくらい潤いを分けてやろうという優しさはないのか?」

 …考えている所に、挑発、もとい長髪眼鏡も現れた。
 うるさい。雨にでも打たれてきなさい。

「ふ、ふたりともー。からかっちゃだめだよー」

 さらに眼鏡の後ろからほにゃほにゃした生き物。
 アンタ達やっぱりワンセットなのね。

「はー。由紀っちも何だかんだで結構、いやかなりモテるからねー。アタシの気持ちなんて解らないさねー」

「ふえ?なにー蒔ちゃん?ふええ」

 いじけたふりでそのほっぺをふにふにする蒔寺さんと、されるがままの三枝さん。

「うるさいわねもう。さっさと帰りなさいよね」

「おお怖い。君子も凡俗も危うきに近寄らず、だ。ふたりとも、嫁が鬼嫁にならぬうちに退散するぞ」

「そうだな。うひゃ、凄い雨だな。置き傘しといてよかったー。じゃあな奥様。旦那と仲良くな〜」

 手は三枝さんのほっぺをつまんだまま下駄箱のほうへ。
 許されるなら、そして懐が許すならガンドの10発もかましたい所だけど、罪の無いほにゃほにゃを巻き添えにするのは忍びないのでこらえる。きぃ。

「ふひゃあ。と、遠坂さんごめんなさい、ふたりがひふへいはーー」

 あー、はい。解ったから。

「三枝さん、また明日。気をつけて帰ってね」

「あ、はいっ。また明日ですー」

 この子の素直さを残りの2匹も見習うべきだわ。
 ばいばいです、と手を振って下駄箱の向こうへ消えていく。

「そういえばわたし傘なかったよぅ。どっちか入れてくれる?」

「マジかよ。まったくしょうがないなー。鐘やんのはちっさいからこっち入れ」

「うふふ。ありがとう蒔ちゃん」

「ああ。こら、もうちっとこっち来ないと濡れるって」

 …まあ仲はいいわよね。ほほえましい程に。
 雨の叩く音に負けない声を(主に蒔寺さんが)出しながら遠ざかっていくのを感じる。
 そしてまた独り、煩わしい演奏の中へ。

「あー、士郎遅いなー」

 もう一度溜息。
 そこへ。

「あ、そういえば遠坂。衛宮なら生徒会室ではないか?柳洞と一緒にいたからな」

 ひょこ、いや、ぬーっと現れて氷室さん。まだいたの。
 というかそれを始めに言いなさいよね。





――成すべきは、ただひとつの道――





「やっほー。士郎いるー?」

 ノックもせずにドアを開けると。

「む」

「あ。悪い凛。ちょっと手伝いしててな」

 手を真っ白にした士郎。あー、黒板消しのクリーナーね。
 こういうところは相変わらずの彼。
 結構楽しそうにやってるのを見ちゃうと遅刻を叱る気も起きないじゃない。

 その向こうから何か強い視線を感じるけど気にしない。

「まあいいわ、待たせてもらうから」

 気にしないついでに勝手に座ってしまいました。

「…貴様、何をさも当然の様にいけしゃあしゃあと」

「だから、士郎のお仕事終わるまで待ってるって言ってるじゃない」

 貴方が突っかかって来なければ争う気は無いわよ?今の所。

「女狐には人間の礼節や慎みなど無いと見える」

「へえ…面白い事言うのね柳洞君」

「…お前らなあ」

 もはや士郎も慣れっこの様で苦笑い。手だけは器用に動いている。
 作業の邪魔になりそうなので始まりかけた言い争いを一気に寸断。

「あーそうだったわ士郎。貴方、傘持ってる?」

 うふふ、相々傘なんてクラシックなものに少し期待が沸いちゃってます、わたし。
 家まで送ってもらって、中に上げちゃったりしてー、お茶なんか振舞っちゃおうかしらっ。
 うん、そう考えるとたまには雨も悪くないかな。
 玄関先で出した文句は取り消しておこう。

「いや、今日は持ってきてないぞ。朝あんだけ晴れてたし」

 …ガクリ。乙女の目論見は消え去りました。
 やっぱり雨を恨みなおす事にします。
 はあ。仕方無い、やっぱりダッシュか。

 と、士郎の手が止まって。

「よし、完了だ」

 やはり彼の手によりコンセントを差されスイッチを入れられたそれが、ぶおーっと元気に唸る。

「うむ。流石だ。天より与えられし才と呼ぶ他無い」

 それには同感ね。あと主夫の才能とかも。

「あはは、大げさな奴だな。じゃ、ラスト行くか」

 士郎が何か持ち上げる。
 どんっ。机の上には今の奴の双子の兄弟が。むー。

「なんだ、もう1つあるのね。じゃ、こっちは私が置いてきてあげる」

「あ、そうか悪いな。2-Bに持っていってくれるか」

「うん、わかった。あー、貴方にはコレ」

 ポケットから出したハンカチを机の上に置いた。

「そっちの直したら手、洗って来なさいよね。そのまま繋ぐのはちょっと遠慮したいかな」

「あ、さんきゅー。解ってるよ、子供じゃあるまいし」

 不満そうな声とは裏腹に、純情少年はこのくらいの発言でも赤くなってくれるので堪らない。
 そしてハンカチは持ってないわけね。

「…」

 何よ柳洞一成君。珍しいもの見るような目、しないで頂戴。
 別に善行を積もうとかそんなんじゃないわよ?さっさと終わらせて帰りたいだけ。
 私の視線に気付いた柳洞君は一瞬厳しい顔をしたけど、すぐに目を閉じて瞑想するような振る舞い。
 微妙に引っかかるけど。

 ま、いいか。

「私が戻ってくるまでに終わらせときなさいよねー」

 クリーナーを持って生徒会室を出た。


 人の居ない廊下を歩いていく。
 視線の先の空は一向に飽きてくれず、入念に地面を叩き濡らし続けている。
 まあ何とかなるか。士郎と私だし。

 …2-Bと。こっちの廊下歩くの久し振りだわ。
 正直そんなに楽しい記憶があるわけではないけれど。
 間違いなく、今に繋がる思い出たちだから全て大切だと思える。

 何だか嬉しくなって、行き帰りの間ちょっとスキップしちゃった。







「貴様はあ奴に騙されておるのだッッ!!」

 戻ってきてまた、扉を開けようとした私の手が、止まる。
 近くに雷が落ちたんじゃないかと思うほどの怒号。

 …今の、柳洞君の…声よね。

「違うぞ一成。別に脅迫されてる訳でも何でもない」

 ちょっと今中に入っちゃいけない気がするな。
 自然とドアの傍の壁に寄りかかって、良くないと思うけど聞き耳を立ててしまう。


「では衛宮ッ。ならどういう了見なのだっ!よりにもよってあの女狐などとっ」

 噂の広まりで憤慨してる人がひとりだけいたんだ。
 しかもなにやら怒り方が尋常じゃない。
 私が出てた間に何があったんだろう。

「了見て言われてもな。しょうがないだろ、こういうのって」

「馬鹿者!しょうがない、で人生を棒に振る気かっ。許さんぞっ」

「一成。それも間違ってる。俺、あいつと一緒じゃ無い方が人生踏み外す」

「…衛宮?何を言っておるのだ…?」

 急に、トーンの下がる柳洞君。
 やけに落ち着いている士郎に押されてか。

「俺をちゃんと歩けるようにしてくれたの、凛なんだ。それ所か告白までされちまった」

 …な、ななななっ。そんな事柳洞君に教えないでよっ。馬鹿っ!阿保っ!スカタンっ!トウヘンボ――

「そして俺も、あいつが好きだ」

 ぼーん。
 不意打ちは、良くないです。たとえ盗み聞きしてる相手に対してであっても。はい。

「だから、一緒に居たい。おかしいか?」

 ――。とても穏やかな声。だからこそ、よりいっそう染み入る。普段から嘘の無い士郎の言葉なら尚更。

 「…衛宮、お前は本気で――」





 2人が止まった。私も身動きしない。
 時折波打つ音だけが廊下を包む。
 台詞を忘れてしまった役者の動きを待つ観客の様な気持ちになる。

 そんな気持ちが届いたのか、多分柳洞君が、ふーと溜息して。
 ぎし、と聞こえたのは椅子に背中を預けた音かな。





「一成?」

「ああ…忌々しいが、伝わってしまった。この不肖の身でも、衛宮に友愛の情を持つ人間ならばな。その言葉の真実性、健全さが」

 回りくどいのか素直なのか解りにくい物言いね、全く。

「もうよい。あの女狐…いや、すまん。お前の想い人に対しもう二度とこのような呼称は使わぬ。中学からの腐れ縁だ、遠坂凛の事なら多少は見てきたつもりだ」

「ああ」

「正直な所を申せばな。いけ好かぬ。相容れぬ。遠坂凛は魔性だ。だが全くの悪性では無い事くらいなら解っている」

「あいつは普通の女の子だぞ。意地は悪いし直情的だけど。それを含めてとんでもなく可愛いと思う」

 ――むず痒い。

「ふ…。衛宮の口からそのような言葉が出ようとは。いや衛宮だからこそか。俺などには決して言えぬ、思いつかぬ言葉だ」

「そうか?一成、ホントは結構解ってるんじゃないのか?」

「知らぬわ。だが感じた事はある。この半年余りの間、あ奴がお前の顔を見るたび何故か涙を堪えていた様に思えた」

 ――ッ。

 「理由は俺などの及び知る所ではないがな。あれが本当に遠坂凛であったのか、少なくとも俺の知るそれとは別物であったぞ」

 そんな事、士郎に言わないでよ――。

「しかしながら噂が流れた頃からのお前は、また遠坂も、目釘が完全に定まったかの様だ。そしてお前と遠坂の間には、確かな暖かさが溢れていると感じる」

「全く信じ難い事ではあるが、それ正に愛情の成せる業、と呼べるものなのではないか。遠坂凛がお前を遂に人間にしたのではないか」

「?俺はちゃんと人間だぞ」

「ふ。そうであってそうではなかったのだ。お前に説明しても解らん。解っているのは俺を含め近しい幾人かと、あ奴のみ」

「うーん。ま、凛のおかげだな、とにかく」

「ふむ…そういう事になるのかも知れんが――翻して衛宮。ではお前は…遠坂を救ってやれるか?もはやあ奴からは、厳めしい鎧は消えた。お前によって弱さを手に入れたからだ。ではその弱さは何処へ向ければいい?どんなに張っていても、支える側のはずの人間もその心根では、相手に支えて欲しいのではないか?――どうなのだ、遠坂凛」

 え?あ、あう――。
 私が聞いてるのに気付いてる――!

 そう思った瞬間、足が、体が逃げていく。あれ?どうして?待ってよ、わたし――







 たたたたっ…。
 遠ざかり、雨と混じり消えていく足音。

「凛…?一成。アイツ、居たのか」

「ああ。ほれ、ドアの微かな隙間。そこから長い黒髪がちらちら覗いていたからな」

「なるほど。でも何で逃げて行ったんだ」

「ちと予想外ではあったな。理由は…慮る事は出来るが他人の口から更に無粋を言う所でもない」

「?」

「己自身を深く理解しようとする時は得てして慄き困惑するものだ。だが、傍らに見守る人間がいるのならそれだけで力になるであろうな」

「よく解らんが、わかった。あー、あいつ鞄置きっぱなしで行っちまいやがって。一成、悪いけど凛が気になる」

「うむ。では衛宮。これを持っていけ」

「え、傘?いや、確かに俺持ってないけど。お前のぶんが無くなっちまうだろ?」

「聞くな。こういう時は黙って受け取れば良いのだ」

「いや駄目だろ。見たところ他に持って無さそうだし」

「貴様という奴は。よいか、衛宮と遠坂凛がこれを差して行くならば濡れるのはひとり。俺が差して行くならば、ふたり。簡単な計算であろう?」

「でもお前なあ」

「衛宮。例え相手がどれ程いけ好かぬ奴でもな。女の肩が濡れるのを捨て置いて自分だけ能天気に帰れる訳が無かろう」

「一成…」

「遠坂と連れ立って下校する約束をしていたのなら、先にそう一言あれば時と場所を考慮したものを」

「悪い、考えなしで」

「謝るなら相手が違うであろう。良いか衛宮。遠坂凛は待っているはずだ。お前とおち合うべき場所で。あ奴のことだ、無理をして笑顔すら浮かべるかも知れぬぞ」

「…ああ、凛ならそうかも知れないな」

「遠坂凛の想いの大きさ。時にそれは重さとなってお前の肩にかかって来るかも知れぬ。お前が遠坂に救われたと言うならば。今度はお前がその想いを支え包み切る事が恩返しであり愛情であると思う」

「――解ってくれてありがとうな。今日の一成の言葉、一生忘れない」

「ふむ。理解せざるを得ぬ。だが納得はしておらん。果たして貴様がその道を全うする事が出来る人間か、残された学生生活を費やし見極めさせてもらおう」

「俺からも頼む。見ていてくれると嬉しい」

「ではもう行け。許す、速やかに全力を以てあ奴の元へ走れ。見つけたならば言葉など発するな。ただ、抱きしめてやれ」

「おう。じゃあな一成。また明日だ。傘、遠慮なく借りていく」

「泥濘に足を取られぬよう気を付け…もう行ってしまったか。ああなれば猪だな、全く」



「ふ。わざわざ仰々しく怒り諭す必要も無かったが…親愛なる輩の門出の折だ、手向けに少々の世話は構わぬよな?衛宮、そして――」

 走り消えた2人の友へ向け、ひとり呟く。
 窓の外、目を遣った先には未だ重く圧し掛かる雲が全てを洗い流している。

「たまには雨降りも悪く無いものだな。ひとつ心晴れ晴れと、濡れて帰るとするか」

 そう言って自然と笑みの出た自分に満足し、友の為に出した茶を飲み干したのであった――







 下駄箱の所に戻って来てしまった。
 何してるのよ私。
 別に逃げなくても良かったのに。

 アイツここに来るかな。
 ううん、きっと来る。
 士郎はもう士郎だから。


 だだだだだっ…
 近づいてくる、雨とは別の音。
 聞こえてくる方向にどうしても背を向けてしまう。

 だだっ…
 足音が落ち着く。

 ああ。――笑顔に、ならなきゃ。今の顔なんて見せられない。
 いつだって笑って、自信満々で彼を迎えなきゃ――。
 と。

 ふいに暖かさが、ぎゅうっと私を包む。
 …そんな事、してくれるの?私、ホントに弱くなっちゃったのかな。
 士郎を引っ張って生きていく意志は変わらないけど。

 でも、ホントは前から知ってた。
 支えられたい――ううん、支えられてるのはとっくに私の方だって。



「…遅いわよ」

 ああもう、繋がってない。目茶苦茶。
 なのに。

「うん。ごめん」

「遅いわよ馬鹿」

「うん。俺、馬鹿だ」

 ホント正反対みたいで、似た物同士の馬鹿と馬鹿。

「だけど、凛が好きだ。だから許してくれ」

「何をどう許すのよ。ばか」

 後ろから抱き締められたまま、その手に私の手を重ねる。

「凛。今俺、目茶苦茶キスしたい。こっち向いてくれ」

 わざわざ言わないでよね、ばか――


 さぁっ。無音となった世界に、ふたつの雫が融け合う。
 私の水面に波を立てるのは、温もり。
 その波を契機に奥から湧き出してくるのは。


 あれ。なんだ。弱くなっただけじゃないんだ。

 折角手にした弱さを大事に守りたいから、強くありたい。
 そう願うだけでもいいのかな?
 強く立つ為に、足元の弱さも理解しなくちゃいけない。
 じゃあたまには――涙もアリなのかな?

 ねえ、いいかな士郎――

「俺の胸でよかったら、好きなだけ泣いてくれていい。俺には、我慢しないで凛を全部見せて欲しい。ずっと抱き締めて待ってるから。それくらいしか出来ないけど」

 ううん。ありがとう。貴方の胸で泣くたび、また強い私になれそうよ。
 だから貴方も、私を抱き締めるたび素敵な士郎になって欲しいな。

 ホントにくっ付いちゃうんじゃないかってくらい強く抱き締め直されて、瞳が飽きるまでその胸を占領し続けた。


 雲よりは先に、私の方が枯れちゃった。
 またひどい顔見せちゃってるんだろうなあ。
 見上げた私の頬を、士郎がハンカチで拭いてくれる。
 …私のハンカチよね。あなたの手を拭いた奴でしょ、それ。
 くす、まあいいけど。士郎にしては気が利いてる方だものね。

「…雨、止まないね」

「いいさ。おかげで相々傘して帰れるだろ?」

 ――あは。さっきの私と同じ事考えてくれてる。
 もう大丈夫、行きましょ。



 靴に泥が付いちゃうけど、構わない。
 ちょっと濡れちゃうけど、風邪なんか引かないわ。
 貴方は小さな折り畳み傘を躍らせて。
 私は雨の音楽隊に合わせて貴方をエスコートしていくの。

 家に着くまでの間の、短い舞踏会みたいに、ね。














 次の朝。力いっぱい、晴れ。

「士郎ーっ。さっさと用意するっ」

 私にしては頑張って早起きして迎えに来た。
 流石に朝ご飯とか桜たちの登校時間には間に合わなかったけど。
 少しだけ眠いのは、アイツの顔を見るだけでどっか行っちゃうわ。

「待てよ。せっかちな奴だなあ」

 ごそごそと制服を気ながら出てきたその顔をね。

「おそいー」

「お前が早いんだって」

「気のせいよ。じゃ、いきましょ?」

「ああ」

 と、連れ立って門をくぐった所で。相々傘と同じくらいクラシックな事また思いついちゃった。

「そうだ…しろぉ〜♪」

 ちゅっ。
 自分でもどうしようもないなーと思うような声を出しながら、ちょっと背伸びして無防備なほっぺたをゲット。

「だあっ。うわっ?」

 そしたら、計算以上にうろたえてくれちゃった士郎が、石畳に不意につまづきそうになって。

「ちょっ?わわわっ」

 思わず手を出してつかまえた私も引っ張られちゃう訳で。

 よっ。
 はっ。
 とっ。

 ぎゅう。


 ぎゅう?


 ああ、なんだ。
 ふふふ、あったかい。
 いいなー士郎のこれ。お返しに私からもぎゅーってしてあげるね。


「なあ。朝迎えに来てくれるのは嬉しい。でもそれならいっそ――家で暮らさないか?」

 …うひゃあ。貴方朝から物凄い事言ってるわよ?
 もちろん即OKしちゃいたいけど、ちょっと意地悪。

「そんなに一緒の布団で寝たいの?独りの夜は寂しい?」

 あはー。一緒に寝たいのは私だけど。
 特に最近は、温もりを感じて同じ夢を見ながら朝を迎えたいって思っちゃう。

「それだけじゃないけど、…それもある。悪いかよ」

 ぷしゅー。
 うわあ士郎ったら男のコっ。顔真赤っ。
 そんな顔反則だってば。

 くぅ、可愛いなあもう――っ。

「まさか、そんな事ない。是非お願いしたいくらいだわ。ふつつかものだけど、宜しくされてくれる?」

 彼の胸に三つ指突いてお願いしちゃった。
 駄目、私も林檎みたいになってるわねきっと。



 よし、今日もいい天気。張り切っていきましょっ。
 それ柳洞君の傘?うふふ、私が返してあげるから、貸して?

 昨日の雨のおかげで、歩く先の道には小さな空がぽつりぽつり落ちている。
 彼と私は手を繋いで。
 ちょっとスキップしながら、その空を跳び越えていく。


 うん、たまには雨も悪くない――。