どたばたと周りの生徒達が慌ただしく動き回る中。
 私は冬木の二傑にじろじろと観察されていた。

「わざわざ特注した甲斐があったわ〜」

 ありえない。

「はあ〜。流石と言うか何と言うか。やっぱり今年の主役はアンタのものだね」

 笑えない。

 目の前の大きな鏡に映っているのは、わたし。
 そこまではいい。

 …でも何故お姫様みたいなパールホワイトのドレスを着ているんだろう。
 みたい、じゃなくて実際そういう役回りなんだけど――





――きみを好きで、よかった〜学園祭狂騒曲〜――





 「はーい。遠坂さんを主役に据えての演劇をやれば他には絶対負けないと思いまーす」

 全ては美綴綾子のこの言葉から始まった。
 2週間後に迫った学園祭。その中でやるクラスの出し物を話し合っていた最中。

 出てきた案は無難なものばかりで、喫茶店とかお化け屋敷とか。
 それに真っ先に不満顔をしたのが担任の藤村大河。
 もっとこうみんなの思い出に残るお馬鹿なイベントがいいなー、当然他のクラスぶっちぎって勝利あるのみよーとか無茶を言ってくれた所へ。
 応えなくていい期待に応えた綾子が出した案がそれ。
 そしたら虎の顔は一気に融けたバターになっちゃって。クラス中までノリノリになってしまいもう止まらない。


 私の意見はとうとう本番当日まで聞いてもらえなかった。
 うう、すっかり完全にオモチャなのね…クラスぐるみで。
 ちゃんと渡された台本覚えて練習した私も相当真面目で馬鹿で人がいいと思うけど。


 …それにしてもこの台本は何なのよ?

 ”脚本・演出 : CHERRY&AYAKO with T”

 って部分が特に気になる。
 もう怪しい上にバレバレで突っ込む勢いも減退する…。

 ところが中身は…かえって不安になるほど普通、むしろコテコテの部類。
 各所から引用しまくりでじれったく引っ張った挙句に大円団を迎えるだけのラブストーリー。
 ギャグストーリーの方が正しいかも。綾子には悪いけど正に学園祭向け、三流以下。
 で、私は。

 ”ヒロイン・ジュリエッタ:遠坂 凛(笑)”

 なんか役名までコテコテなんだけど、綾子ー。
 いやそれより(笑)って何よっ!!
 全部終わったら何か酷いコトしてやるっ!

 うー、…せめて相手役が士郎だったらまだやる気が起きるんだけどなー。
 彼だけ違うクラスなのを本気で呪ったわ、ええ。





 そうして着々と準備とリハーサルが進んで。
 当日ギリギリになってやっとドレスが、藤村先生筋からのオーダーメイドであがってきのだ。
 …どんな筋なのかとか幾ら掛かったのかとかは聞かないで置いた方がいいかも知れない。



 こういう服を着る事自体はやぶさかではないんだけど…さっき体育館の方を覗いたらやけにいっぱいお客さん入ってたのよね…。
 その前で披露して更に演技までしなくちゃいけないと言うのが嫌だなあ。
 士郎もどこかで見たりするのかしら。あぅー、やっぱり恥ずかしいよう。


 以前の私なら必要以上に目立つ様な役回りは願い下げだった筈よね。
 でもそんな風に気を張る事に意味が無いって思うようになったのは最近。
 この程度で魔術師として状況が不味くなる可能性を気にするならはじめから学校なんて通わなきゃいい。
 大型船が細波を怖がってたら航海なんて出来ない。

 何より私は、誰でも無い遠坂凛。隣にアイツが居てくれる遠坂凛だから。
 それだけでロンドンでも宇宙の果てでも押し通せるわ。


 …でも恥ずかしいのは話が別よっ。完全に道化だし士郎今居ないしっ。

「ここまで来ちゃったんだ。まー腹を決めてやるしかないね」

 きしし、と他人事のように背中をばんばん叩いてくれる綾子。
 こんな所まで来させたのは貴女と虎よ。

「そうよねー。ステージでライトを浴びる遠坂さん…うふふ、いいわあ羨ましいわあ」

 なら代わって下さいタイガー。
 鏡越し、2人に恨みの目を向けていると。



びーーーーーーーーーーーーーっ

 …断頭台へ昇る合図が鳴ってしまった。


「お。さあお姫様行ってきな。あたしも楽しく拝見させてもらおうかね」

 ま、待ちなさいよー。

「だいじょうーぶ。遠坂さんならやれるっ」

 根拠がわかりません、先生…。
 はぁ。今日は登校してから士郎を一度も見てない。
 今頃客席なの?それともやっぱりお人良しの器用者はお手伝いに引っ張りまわされてるの?
 ちょっとくらい会いに来てくれてもいいじゃない。





 心の中で色々泣き言を唱えつつ渋々真っ暗なステージへ擦り出る。
 暗闇に慣れてくると目の前は本当に満員のお客さん。

 ぱっ。

 瞳孔を無理矢理動かされて、スポットの中に私の姿だけ浮かび上がると。

 おおお……

 辺りから上がる判断しづらいどよめき。それを合図にしたかの様にBGMが流れ始めて。

 ――ああもう。どうにでもなっちゃえっ。
 無理矢理に演劇用の表情を作って、台詞を客席へ向かって放り投げて行く。






 恥ずかしい筈の劇も後半になるとだいぶ麻痺してきた。
 表で完璧に演じながら内側では悪態モード。
 モヤシ貴族主人公・ロミーと、私演じるお姫様・ジュリエッタのひとまずの別れのシーンなんだけど。
 台本を渡されて以来何度も読み直しては気が遠くなりそうになったストーリーが麻痺の主な原因。

『おおジュリエッタ。どうして君はジュリエッタなんだい?』

 知らないわよ。親に聞きなさい。
 やっぱり心の中だけで突っ込みを入れ演技は続く。

『もっと近くへ来て顔を見せておくれ。ああ、2人を隔てるベランダが忌々しい――』

 ベランダ如きで隔てられる程度の想いなんて捨ててしまえ。

『ああロミー。駄目よ。もう行かなくてはならないの。これから森の奥深く、毒林檎を食べて眠りに就くの――』

 言いつつ、この台詞あたりから改めて目眩がしてくる。やっぱり意味が解らない。
 ひょっとして綾子は阿保なの?
 いや、大阿保は共同脚本のCHERRYと”with T”のTか。

 よよよ、と泣き真似と共にひとまず下手に消える私。ステージではロミーの三文芝居がクライマックス。

『運命は2人を引き裂こうと言うのだね。だが運命よ。私はお前などに負けはしない。森だろうと月だろうと探し出して、彼女の眠りを覚ましてみせる――』

 決意に天を仰ぐ前に、そのベランダを飛び降りてジュリエッタを追いかけたら面倒しなくて済むと思う。


 暗転。


 次は森のセット。自ら迷い込んだそこで、私は魔法使いのお婆さんに貰った毒林檎を食べてしまう訳だ。
 …どういう訳?


 ぱっ。


 はい、呪われた魔の森の完成。スポットが私へ。次の台詞だわ。

『何て恐ろしい森なのかしら。お婆さん、何処なの?早く、毒林檎が食べたい――』

 ジュリエッタは絶対病院へ行ったほうがいい。


 キョロキョロと演技をしているうちにいよいよ登場、ずるずるとローブを引きずった魔法使いのお婆さん。
 手にした籠には山盛りの林檎。
 あれ、なんか妙に背が小さいような気がするんだけど。

『ホッホッホー。わざわざこんな物食べたいなんて、物好きなお姫様だねえ』


 ・・・え。


『まあ私には関係ないけどねー。はい。いっぱいあるからたーんと召し上がれっ』


 ・・・え?


『貴女が眠っちゃったら、彼は私が貰っとくから心配しなくていいよ?』


 ・・・うん、間違いない。あれって。


『魔法の力でね、私にメロメロにしちゃうんだ〜』


 かちん。お姫様歩きも忘れてずかずかとお婆さんの傍へ。台本には無い。
 むんず。


『あれ?何よリン…じゃなかったジュリエッタ――。きゃっ!』


 だらしないローブを一気に剥ぎ取るとそこには。


 おおっ!


 不意に観客から歓声。
 …ええまあ確かに外見は可愛いけどねこの白くて小さいのは。

 ねえイリヤ?

「ばかっ!!リン何してくれるのよっ!?」

「それは私の台詞よっ!ここ学校よしかも学園祭よっ!何でアンタがいるのッ!!」

「だってさくら…コホン、CHERRYと”T”っていう人から出てくれって頼まれたんだもん。ちょっと面白そうだったし」

「きぃーっ。まったくあいつ等はーっ」

「それより台本どおり進めてよー。みんな見てるわよ?」

 観客席にちらっと視線を流すと一度歓声を上げたきり皆が止まっている。
 うっ。ちょっと不安になって再びイリヤを見ると。
 さあやるのやらないの?と勝ち誇っている。
 がーっ、台本どおりじゃないのはアンタ達なのにぃ。

 イリヤが私の手からがばっとローブをむしりとって、マントのように掛け直す。
 …お婆さんはすっかり魔法少女になってしまった。いつの間にやら変なステッキも持ってるし。

 おおおっ!!

 再び歓声。何かむかつくっ。


『こ、こんなにたくさん。ありがとうお婆さん。ではさっそく――』

 それに負けない様、敢えて呼び方はお婆さんのまま何とか台詞を繋ぐ。
 例によってストーリーの流れはサッパリわかんない…。

 しゃく、と林檎をかじる真似をして、

『ああ、ロミー。さようなら、愛していたわ――』

 ゆらり倒れていく演技。
 私なにしてるんだろ。ちょっと泣きそう。
 あと少しで終わりだしもうどうでもいい…。

『ホッホッホー。おやすみジュリエッタ、良い夢を。ホーッホッホッホ〜〜』




 再び暗転しそれが解かれるまで、魔法少女イリヤの笑い声だけが客席に届けられていた。




 舞台はまだ、森の中。私はその中央に設置された寝台に横たわっている。
 はあ、目を閉じていられるだけで随分楽だわ…。

 と、足音が近づいて来て。

『嗚呼…、君は何処に居るんだい。森へ入ってもう8度も夜を越えてきたというのに――』

 見た目ヘナチョコ貴族っぽい割に頑張ってサバイバルしてきたのねロミー。

『あ、あれはッ!?、君なのかいジュリエッタっ!別れの夜と変わらず、いやますます美しい…』

 どたどたと残りの距離を詰め、半笑いになりそうな台詞。

『本当に眠っているのだね。今、目を覚まさせてあげる――』

 ロミー役の子がキスをしようと上から近づいてくる。もちろん演技だけど。
 ああやっと終わりだわ。早く舞台から降りたい。着替えたい。何より、士郎に会いたい――。




 ”士郎に会いたい”

 心からそう求めた私に。奇跡は、起きた。

 かなり迷惑な形で。



『ちょ、ちょちょちょちょっと待ったーーーーーーー!!!』



 !?

 何処からか響いてきた声に、びっくりして瞼が上がってしまった。起き上がらなかっただけ偉いと思う。
 目だけ動かして辺りを窺うと。
 む、何でお客さん達後ろの方を向いてるの。
 あれ。入り口の暗幕が割れて光が漏れてるわね。

 ――。

 その埃っぽい光の中に、すっくと立つシルエットが。
 カッコ…いいのかどうか物凄く微妙。

 あ、こっちに走ってくる。

『そ、そのお姫様はお、俺のだー、わたさないぞー』


 正直涙が出ました、はい。


 …何してるの――?士郎ッッ!!その棒読みの台詞は何ッ!?何故タキシードなのっ!?
 いやそもそもなんでアンタがっ…。

 疑問とか良く解らないものが次々と頭に浮かんでくる私。
 その間に舞台の上に昇ってきた士郎がロミーを指差して言う。

『ロミーの偽者めえっ、去れっ』

 彼に演技の才能が全く無い事だけはよく伝わる台詞です。

『ひ、ひいっ!!ごめんなさーいっ』

 どうやら今までのロミーは偽物だったらしい。
 腰を砕きながらわたわたと逃げていった。明らかに演技で。


 ああ。冬も近くなってきたというのに頭の中でたくさんセミが鳴いてるわ…。

 今の流れからすると士郎の登場は折込み済みなのかしら。
 イリヤの事といい、私の台本には一切載ってなかったわよ、こんなの――。
 本番前に見た綾子の笑顔が頭を掠めていく。

『大丈夫かジュリエッタッ』

 …はっ。大根の芝居が私をこっち側に引っ張り戻してくれた。
 慌ててまた目を閉じて、士郎が傍まで来るのを待つ。

『よかった。間に合ったみたいだな――』

 寝ている私のすぐ上から声が聞こえたのを確認して。

「…アンタ何やってんのよ」

 もちろん小声。

「すまん。…美綴たちに勝てなかった」

 彼も小声。その一言で十分だわ。
 よく解らないけどあいつらが人のいいコイツと私をはめたのは間違いなさそう。

 あはは、綾子絶対泣かす。桜もへし折る。虎は皮でも剥ごうかしら。
 これでもし士郎にバラとか咥えさせてたら間違いなく血袋3つだった所よ。

「…いいわよ貴方が謝らなくても。それよりさっさとお芝居終わらせちゃいましょ?」

 泣き喚く3人を想像したら、とたんに死刑執行が待ち遠しくなってきた。

「そうだな…ってやっぱアレなのか。目覚めの…キスなのか」

「何よ、今更恥ずかしがる事じゃないでしょっ。だいいち演技…なんだから――」


 …ごめん士郎。
 今の発言の途中からちょっと嘘入ってます。
 久し振りに悪戯心が頭をもたげてきました。


「わかった。じゃ、振りだけな」

 少し頬を染めた士郎の顔が近づいてくるのが、薄く開いた目に映る。

 うふふ。かもーん♪
 おもちゃにされまくって変な覚悟が出来上がっちゃった。
 ピエロもピエロなりに皆を驚かせてやろうじゃないの。

 やっぱり悪戯にはたまに自分を賭けないとね?貴方にも手伝って貰うけど。


『…ジュリエッタ』


 ――ロックオン。


 ぐいっっ。

 首根っこひっつかまえて、引き寄せて。本当に、唇を――。




 !!!!????・・・・・・おおおおおッッ!!!




 観客から大歓声。怒声の様な気もする。
 そりゃそうよね、わざわざ見える様に私も体起こしてるし。

「んむっ、むぐっ…ぷあっ!ととと遠坂ッ!?」

 ぷはあ。動揺するのは解るけど苗字で呼んでるわよ士郎。
 私だってもう心臓が痛いくらいどっくんどっくん叩いてるんだけどね。

 うろたえまくる目の前の林檎を見て思わず笑っちゃいそうになったその時。


「ばばば馬鹿士郎ッッ!!これは劇なのよッ!!何してるのっ遠坂さんもよッ!あなたたちまだ学生でしょっっ」

 手にした竹刀を振り回す勢いとは逆に完全に泣きながらタイガーが袖から。
 ぷくくっ、面白いわ藤村先生っ。そもそも悪いのはそちらなんですからねッ。

「だあ!?藤ねえ止めろっそんなモン振り回してこっちくんなっ」

 この分だと桜はどこかで卒倒してるかな?綾子の処分は追々考えるとして。
 ここはひとまず――。


「走るわよ士郎」
「え」

 言うのと同時に、呆けた返事をした奴の手を取って走り出す。
 士郎がここまで来たコースを逆走してドアへ一直線。
 ステージから出入り口まで約80メートル。
 私と士郎の足ならそうそう追いつける人なんて居ないっ。

 ざぁっ。

 お客さんの波を真っ二つに切り裂いて。
 タキシードの士郎とドレスの私が駆け抜ける。
 …有名な古典恋愛映画みたいになって来たわ、なんて気を抜きそうになったけど。

「やばいぞっ!だんだん詰められてるッ」

 焦りを含む士郎の声に振り返る。

「うがあああ〜〜!!待ちなさい、人として教育者としてあなた達を成敗するッ、赤い悪魔を叩いて砕くッ」

 うわっ。侮っていたわ冬木の虎、逆上してるとはいえ私たちより速いなんて!?
 しかもパイプ椅子を蹴散らしながらそのスピードは何っ。
 このままだと体育館出た辺りで捕まっちゃうかも――


 !


 ぱしっ。

 視界に入った瞬間閃いて思わず、走りながら私の手が何かをかっさらう。
 オチまで同じなんて上出来っ!

 手にしたのは、木で組まれた大きな十字架。次の劇の人、ごめんねっ。

「どうすんだそれっ」

 貴方はあの映画なんか知らないわよねやっぱり――。いいから走るのっ。


 だだだだだだだっ…。
 もう少しっ。

「士郎ッ!!左側の扉お願いっ」

「!――そうか、解ったッ」

 よしっ。いい呼吸ッ。
 そう満足した次の瞬間。

「もらった!ちぇぇぇすとおぉぉーーー!!」

 世代の差を感じる必殺の気合と共に竹刀を振りかぶった虎が、多分空を飛んだ。
 もう後ろを見てないから多分、なんだけど。


 せえのッッ!!

 出入り口を出たタイミングで、私たちも繋いだ手を離して左右へ飛ぶ。
 そして蝶番が壊れちゃう程の勢いで扉を閉める。
 更には、出会った左右の取っ手に十字架のかんぬきを渡すッ!



 じゃ、さようなら、藤村大河。



びっっった〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん


 辺りの人間が全員振り向く程の間抜けな音が。

 …幾らなんでも竹刀で扉は切れないわよね。
 それどころか思いっきり激突してるし。きゅう〜〜、って様子で気を失っちゃったみたい。
 猪突猛進…いや虎突猛進、むしろ盲進虎突かな。


「あはは。あー面白かった。ね、士郎?」

 あら。どうしたのそんなに息を切らせて。
 ぜえぜえ、危うく死ぬ所だったぞぜえぜえ?
 修行が足りないのよ修行が。もっとビシビシ鍛えてあげる必要があるわね。









「ふう。でもどうすんだ。着替えとか体育館の中だぞ」

 そうなのよねー。落ち着くまで体育館には戻らない方がいいかな。
 いっそしばらくこの格好ままでいない?いいじゃない、お祭なんだし。仮装行列みたいなものよ。
 とりあえず声出して喉は渇いたかな。少し休んで何か飲みましょっか。
 …もう。どうしたって人目を引くんだから堂々としてなさいっ。


 どこかのクラスの屋台の呼び込みや、ラジカセから流れてくるなんて事無い音楽。
 あまり人の居ない遠巻きから祭の様子を眺めながら座ってゆったりしていると。
 向こうの方からママに手を引かれた女の子が笑顔でこっちに来る。ママも笑顔。

「わあ、おねーちゃんきれーっ。おねーちゃんたち、結婚式なの?」

 とか聞かれちゃった。いい質問ねお嬢ちゃん。

「うふふ、そうねえ。予行演習みたいなものよ」

「そうなんだー。おめでとー」

 そう言って握手。
 半分くらい通じてないけどまあいいわ。ありがとう。うん、ばいばい。楽しんでってねー。
 見えなくなるまで手を振ってくれた親子を見送ると、士郎が背もたれにのし掛かってぐおーっと背を伸ばす。

「あーあ疲れた。でもまあ、俺も楽しかったよ」

「ん?」

「さっきの答え」

「ん」

「たまにはひたすら馬鹿も悪くないかもな」

 …貴方はいつもひたすら馬鹿の様な気がしますが。

「うん。当分学園の伝説に残りそうで怖いけどね」

 悪くないって感想には賛成するわ。
 あいつらを減刑してあげてもいいかな。

「ね、もう休憩いい?他のクラスの出し物見てまわろ…どうしたの?」

 たった今素敵な笑顔をくれた彼が急に両手で顔を抑え始めた。

「…悪い、やっぱあんな馬鹿は勘弁してくれ。…思い出すと俺たち目茶苦茶恥ずかしい事した様な」

 恥ずかしいとかのレベルじゃないと思うけど。校則やら何やらに引っかかるかしら。
 何かあったら責任なんかは全て虎に押し付ける予定。決定。

「えー、面白かったのになー。ねえ、またしちゃダメ?」

 彼の肩に顔を摺り寄せて見つめてみる。
 途端に首から上を真赤にしてくれるから可愛くて仕方無い。

「――ばばば馬鹿ッ!!駄目に決まってんだろっ何考えてんだお前ッ!!」

 むー。力いっぱい拒否しないでよ。
 何考えてるって…そんなの決まってるじゃない。
 貴方に悪戯して困らせたいとか、くっつきたいとか、キスしたいとか考えて、る――

 ぷしゅー。自爆。キスより先まで映像を思い浮かべちゃったっ。
 段々と妄想が生々しくリアルになってきてる。いやリアルを妄想に組み込むからいけないような気も。

「え、あれ。どうした?」

 こっち見るな士郎のばかっけだものっ。
 思わず俯いた私を見て落ち込んだと勘違いしたのか、彼がボソボソ。

「…別にその、キス…したくねえとかじゃないぞ。あんな皆の前とかでさえなければ幾らでもっつーか、あー何言ってんだ俺そうじゃなくてっ」

 ――あら。
 ぷーっ。
 今度は彼が自滅しちゃった。暫く赤いの戻りそうに無いわね。

 うん。
 私も貴方といっぱいキスしたいって思ってるよ。

 例えばたった今だって――



 ちゅっ。




 一瞬固まってくれた隙を突いてその手を引っ張り上げちゃう。

「ほら、士郎あれ面白そうよっ」

 慌てて付いてきた彼と行くその先には、丁度校舎の影で仕切られた日なたのライン。

 きらきらとドレスに光を遊ばせながら。
 ちょっと気の早いヴァージンロードをふたり、暖かい風になって翔けていった。