時の神秘

時計

 昭和30年台、大川平八郎が小学生高学年の頃、彼の家の中にはゼンマイ式の振り子のついた壁掛け時計があった。7人家族の大川家では、良く言われる狭いながらも楽しい我が家であった。玄関6畳、台所6畳の板の間、4畳半和室、8畳和室が襖(ふすま)で仕切られ2つ並んだ、今で言うところ、3DKであった。それなのに、家に時計は1つであった。8畳和室の一部屋にこの掛け時計があった。この時計は1時間ごと丁度になると、低い音でボーンボーンと鐘を突くのである。部屋のどこにいてもこの低い音が聞こえてくる。夜、寝ても鳴る。寝静まった頃、寝ている人にお構いなく昼間の大きさで容赦なく鳴る。ひたすら、忠実に自分の仕事をしている働きものだった。
 その働きもののお手伝いをしているのが平八郎である。これが動く原動力はゼンマイであった。この時計、毎日、このゼンマイなるものを巻いて上げないと、当然ながら止まってしまう。
 毎日、彼が巻いてやった。それまでは、彼の父が毎朝、巻いていた。父がゼンマイを巻く姿をそばでで見ていた。
「平八郎、おまえ、巻くか? 」
 それから彼がその仕事を引き受けることになった。
 何故、ゼンマイというのか。植物のゼンマイに似ているからだ。この毎日、誠実に時を刻んだ時計も寿命があった。ゼンマイを巻くのが仕事の平八郎がいつものように、ネジを使ってゼンマイを巻いていく。このゼンマイ、巻いていくと段々と巻くのが重くなる。抵抗が出て来てもうそろそろ、時計もお腹一杯という感じである。そのとき、ガッツと音を立て、急に抵抗がなくなった。人間でいうところ、気を失ったという状態であった。
 こいつをバラバラにして直そうとしたが、時計の知識のない平八郎が直せる訳がない。時計の仕組みというものを全く知らないのであるから。ただ、こいつの中を見て上げれば、直るかも知れないと思った。止まっていたネジを外し、カバーを外すとこのゼンマイ式のバネが目に飛び込んできた。
 壊れてしまったこの時計、しばらく壁に掛かっていたが、ある日、平八郎が学校から帰宅したら、乾電池式の掛け時計に変わっていた。ものを大切に使う彼の父も修理をして使おうとしなかった。
 もう、巻かなくていいと思ったら、肩の荷が下りた。毎日、同じ作業を続けるというのは結構しんどい。ゴールがない。ただただ、続けることの根気のいること。こうやって、人間は仕事を1つずつ減らしていくのだなと思ったものである。彼の父もそのことを理解していてくれたのかも知れない。

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