佃島

怪盗20面相

 江東区深川警察署の敏腕刑事・田所平八郎が仲町商店街の佐藤貴金属店から逃げて来た怪盗20面相を袋小路でついに追い詰めた。塀を後ろにして仁王立ちしている怪盗20面相に対し、20メートルの距離を置いて田所が両手を広げ中腰の姿勢で対峙している。
「怪盗20面相、もう、袋のネズミだ」
 田所が満面に笑みを浮かべながら男に言った。
「はて、ジョギングの途中でしたが、行き止まりのようですな。いけません、初めてのところは」
 男は額の汗を拭いている素振りをしている。
「ふふ、追い詰められて冷や汗をかいているようだね」
 そう言いながら田所はまた1歩、男に近づいた。
「ほら、このトレーニングウエアを観ていただければ、ジョギングしていたと一目瞭然ではありませんか」
「お前の顔がよく分らないが怪盗20面相だろ? 」
 そう言いながら、田所はまた1歩男に近づいた。
「いかにも私はこの街の区議の鈴木一郎でございます。ここを走るのは私の健康維持のための日課でもあります」
「考えたな。ジョギングしながら貴金属店の周囲を偵察するなんてな。それも区議の鈴木さんの顔に変装したのか? それで?」
 そう言いながら、田所はまた男に1歩近づいた。
「ひょっとして、あなたは刑事さんですか? それなら、誤解ですよ。私は正真正銘の区議の鈴木一郎ですから」
「あくまでも、しらばっくれる気かも知れないが、そのマスクが何よりの証拠だ」
 男は初めて慌てた。慌てた様子を見て田所はにやりと笑い、また、1歩、男に近づいた。
「ほら、この季節、花粉が飛ぶもので、あたし、花粉症なんですよ。これも、マスクの一種ですよ。ほら、あそこの人もマスクしていますよ 」
「ふふ、その手には乗らない。私の隙を突いて逃げようという魂胆だろ? 」
 そう言うと、田所はまた1歩、男に近づいた。田所は男の直ぐ目の前に来ていた。そして、田所は満面の笑顔を浮かべながら、男の顔を両手でつかむと顎から覆面を引きはがした。怪盗20面相がいうところの鈴木一郎のマスクが空中を舞った。
「さすがだな、田所平八郎、私の負けだ」
 そこへ駆け付けた同僚の刑事が怪盗20面相に手錠を掛けながら田所に言った。
「また、このこそ泥怪盗20面相ですか? 」
「ああ、また、例のごとく罪状は窃盗未遂の現行犯逮捕だな。しかし、このゴリラのマスクは目立ち過ぎだろ? 」


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