競輪選手

 

 小学6年生の平八郎は将来競輪選手になるのが夢だった。

 あるとき、彼は父と一緒に自転車でサイクリングに出た。父の自転車の後ろにぴったりと前輪を付けた。わずか10センチの隙間。風の抵抗を受けないための高度な走行テクニックである。

「ふふ、親父、悪いなあ。風よけになってくれ」

 そう思ったとき、父の後輪に追突した。泥よけに当たり、父の片方のフクラハギに彼の自転車の前輪がぶち当たった。

「痛てててー」

 父は振り向いて、にらんだ。それから自分の自転車を見て、曲がった泥よけを見た。おもむろに自転車から降りると、曲がった泥よけを元に難なく戻した。そして、すまなそうにしている彼に近づくと、思い切り拳固を一発彼の頭に落とした。

「ちゃんと、前を見て走れ、信号が赤だろうが」

 彼は初めて公道には信号があるからこういう走りができないのだと合点した。まだまだ青い平八郎だった。

 

 

超短編小説の目次に戻る