妖怪・籠目

 

「今日はのどかな天気だなあ」

 そうひとりでつぶやくと、Mは荒川の堤防に腰掛け釣り糸を垂らした。1時間もここにいるというのに何もあたりがない。あまりにのどかな天気で、ついうとうとと眠りそうになった。

「ねえ、あんた、釣り竿落とすよ」

 その声にびっくりして目を開けた。辺りを見回すと、誰もいない。2メートルほど離れた堤防の上に白い体長30センチほどの鳥がこちらを見ていた。

「あら、あたいの声が分かるの? 」

「あたい、って言った… ? 」

 Mは再度辺りを見回した。やはり、10メートル四方にはこの鳥しか見あたらない。

「え? … 」

「へえ、人間にも鳥の声が聞こえるのがいるんだ」

「いや、俺は小学生の頃から鳥が好きで、ニワトリ、インコなんか、家で飼っていたけど、言葉なんて分からなかったな」

「ふーん、待ってな、仲間を呼んでみるから」

 白い鳥はその辺で滑空している別の海鳥に声を掛けた。別の海鳥が隣に来たが、キーキー言う声だけで言葉は理解できなかった。

「へえ、やっぱり、あたいの声だけが聞こえるんだ」

「そうみたいだね。不思議だ」

「あっ、引いてるよ! 」

 Mが釣り竿を慌ててあげた。ハゼが釣れた。

「おまえにやるよ」

 白い鳥はMに近づいてきて、もらったハゼをうれしそうに一飲みした。

「おまえは名前があるのかい? 」

「そんなものは必要ないよ。籠から飛び出したあたいはいつだって自由だからね」

「うちに来ないかい? 」

「… 」

 Mの申出には答えず、白い鳥はそのまま、天空に飛んで行ってしまった。

  ☆

ある夜、Mは夢を見た。

「かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀と滑った 後ろの正面だあれ? 」

 目を覚まし、時計を見ると、午前2時を回っていた。小学生の頃、仲間と一緒によく籠目をやった。ときどき、今もその夢を見る。夢の中でそれが誰なのか知ろうとすると必ず目が覚めてしまった。今は違う。こうして後ろを見ると、背中に寄り添って妻のミヤコがいつも隣に寝ていてくれる。もう、30年も連れ添った妻である。全てを知り尽くしている。こんなにも長生きしてくれるとは思ってもいなかった。

「いつみてもおまえの肌は綺麗だね」

 Mは妻・ミヤコの純白の羽をそっと愛おしくなでるのであった。

 

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