善良な人々〜信号機〜

 



   
善良な人々〜信号機〜

 

 

善良な人々に心より花をたむける。

 

車の行き来のない閑静な町があった。6メートルほどの道路に信号機が付けられていた。何故、こんな所に付いているのだろう。住人は設置に至った経過を誰も知らない。

この街で最長老の男がいた。彼は散歩が好きだった。この信号機の前で立ち止まった。信号が赤だったからだ。右を見て、左を見る。車の姿は見えない。こんな所に何故信号があるのだろう。老人は思った。彼は誠実な男で、ルールを曲げたことはない。そうやって、きょうまで生きてきた。たとえ、小さなルールでも守らなければならない。彼の信念だった。

やがて、信号が青になった。彼はにっこりとほほえんだ。

「こんな所に信号機はいらんよ」

 ぽつりとつぶやいてわたったとき、轟音をとどろかせ、黒塗りのセダンが近づいてきた。老人はあっけなくはねとばされ、空中高く舞った。

 

 事故処理に到着した警察官が言った。

「信号機があっても事故は起きる。やはりこの街にはもっと信号機が必要だな」

 

超短編小説の目次に戻る